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ファイトの系譜 

【 オールラウンド編 】

里見紗李奈が金メダル 新種目・車いすバドミントンの初代女王に

2021-09-04
9/4(土) 17:00配信
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 東京パラリンピック第12日の4日、バドミントンの女子シングルス(車いすWH1)決勝が国立代々木競技場であり、里見紗李奈(23)=NTT都市開発=がタイ選手を降して金メダルを獲得した。バドミントンは今大会から採用。
 【写真特集】里見紗李奈、初代女王の座をつかんだ決勝の熱闘  
里見は同種目で初代女王に輝いた。千葉県八街市出身。高校3年時の2016年に交通事故に遭い、下半身不随となった。17年に競技を始め、19年世界選手権優勝。世界ランキングは単複ともに1位。

50歳の金メダリスト 自転車 杉浦佳子のメッセージ

2021-09-03

本日2021年9月1日で開業57周年

2021-09-01
Facebook ホテルニューオータニ Hotel New Otani Tokyoさん曰く
1964年の東京オリンピックに際して開業したホテルニューオータニは、おかげさまで本日2021年9月1日で開業57周年を迎え、さらに今年は2度目となる東京オリンピックを迎えることができました。
写真は、今年の5月にホテルスタッフが撮影し、SNSで特に反響の大きかった一枚。さらなる安心・安全への配慮とともに、これからもたくさんのお客さまをお迎えできるよう、願いを込めて...

ボッチャ杉村英孝が接戦制し決勝進出「しびれました」 個人では日本勢初メダル確定

2021-09-01
7ポーツニッポン新聞社 2021/08/31 18:57
© スポーツニッポン新聞社 <パラリンピック ボッチャ>勝利し銀メダル以上を確定させ、観客席に笑顔でガッツポーズする杉村(撮影・木村 揚輔)
◇東京パラリンピック第8日 ボッチャ(2021年8月31日 有明体操競技場)

◇東京パラリンピック第8日 ボッチャ(2021年8月31日 有明体操競技場)

 個人(脳性まひBC2)準決勝で世界ランキング2位の杉村英孝(39=伊豆介護センター)がマシエル・サントス(ブラジル)を3―2で下し、個人種目の日本勢では初のメダルとなる銀メダル以上を確定させた。

 12年ロンドン大会覇者の難敵を接戦の末に下した。2―2で迎えた最終エンドの最終6投目。5投目をミスして追い込まれた中、ジャックボール(目標球)にピタリと寄せて土壇場で1点をもぎ取った。勝利を確信して何度もガッツポーズ。「本当にしびれましたね。準決勝の良い舞台でサントス選手と試合をさせてもらったことに感謝したいし、ファイナル進出を素直に喜びたい」と目尻を下げた。

 同日のスロバキア選手との準々決勝は終始主導権を握って快勝。準々決勝で散った16年リオデジャネイロ大会から「過去の自分に勝つことをテーマにやってきた」という壁を破って勢いに乗った。9月1日の決勝へ「特別な舞台ですけど目の前の試合一つ一つを大切にしたいというのは変わらない。チャレンジャーな気持ちで戦いたい」と力を込めた。

世界女王になった中西麻耶、4度目のパラもメダル届かず

2021-08-29
朝日新聞社 2021/08/28 17:24
© 朝日新聞社 女子走り幅跳び(義足・機能障害T64)で6回目の跳躍を終えた中西麻耶=2021年8月28日、国立競技場、西畑志朗撮影

■陸上 女子走り幅跳び(義足・機能障害T64)

 「今まで戦ってきたパラリンピックで一番苦しい大会になった」。陸上女子走り幅跳び(義足・機能障害T64)の中西麻耶にとって4度目の挑戦は6位。メダルは遠かった。

 前回リオデジャネイロ大会は4位入賞。2年前の世界選手権で初優勝し、「世界女王」の称号を持って臨んだ舞台だった。

 ライバルたちが次々と5メートル後半に届くなか、なかなか調子が上がらない。6位で迎えた最終試技は一般客のいない会場に手拍子を求めた。踏み切り板のぎりぎりを攻めたが、ファウル。立ち上がると一礼し、スタンドに手を振った。

 コロナ禍のなかで地元大分から関西へ拠点を移し、男子走り幅跳びで日本選手権優勝経験がある荒川大輔さんの指導を受けてきた。公園や河川敷を活用した練習で確実に走力は増した。ただ、この日は「スプリント力は上がっても、跳躍につなげられなかった」。

 これで一つの挑戦は終わったが、アスリートとしての道は続く。「大分の競技場に帰って、もう一度、楽しんでみんなと練習をしたい」。吹っ切れたような笑顔で言った。(松本龍三郎)

【 プロレス編】

【73’ 創立1周年ジャイアント・シリーズ/パンフレット 鶴田友美紹介】

2021-08-11
Facebook ジャンボ鶴田さん曰く

三冠ベルト (Triple Crown Championship Belt)

2021-08-03
Facebook ジャンボ鶴田さん曰く

ラテンの魔豹

2021-08-02
人間発電所 B.サンマルチノの後継者
ドロップキックの名手として知られ、日本では彼がジャイアント馬場に、この技を教え32文ロケット砲が誕生したというエピソードでも有名。

ペドロ・モラレスPedro Morales1942年10月22日 - 2019年2月12日)は、

アメリカ合衆国プロレスラー
プエルトリコクレブラ島の出身だが、少年期に家族と共にニューヨークブルックリンに移住。主にWWWFおよびWWFで活躍していた。
ニックネームは「ラテンの魔豹」。

ドロップキックの名手として知られ、日本では彼がジャイアント馬場に、この技を教え32文ロケット砲が誕生したというエピソードでも有名。

http://kuro.pinoko.jp/pro/w685.htm


All Japan Pro-Wrestling / Madison Square Garden Series

2021-08-02
当時のMSGのチャンプは“ラテンの魔豹”ことP.モラレス、G馬場に32文を伝授した師匠

WWA世界王座

2021-08-02

WWWF発足期の1963年には、バディ・ロジャースが保持していた世界ヘビー級王座にも挑戦した。ドロップキックを得意としていたように、若い頃は華麗な空中殺法の使い手として鳴らした。

その後、彼のスター性に目をつけたフレッド・ブラッシーの仲介で、ブラッシーのホームリングだったロサンゼルスWWAに移籍。同団体のスター選手となり、1965年3月12日にザ・デストロイヤーからWWA世界ヘビー級王座を奪取。WWA世界タッグ王座も1966年6月から1967年12月にかけて、ブラッシー&バディ・オースチンなどのチームを破り通算6回に渡って獲得した。その後も西海岸および太平洋エリアでの活動を続け、1969年11月4日にはハワイジン・キニスキーからNWA北米ヘビー級王座を奪取している。
http://www.showapuroresu.com/belt/los/index.htm

【 ボクシング編 】(アーカイブス)

大場政夫

2020-10-07
【 昭和の大ヒーロー ♪ 伝説のボクサー:大場政夫 大特集 ♪ 1998年放送 】
https://youtu.be/07POis-2g2k

1973年1月25日、3週間ほど前に逆転KOで5度目の防衛を果たしたばかりの大場は、首都高速5号線でカーブを曲がり切れずに中央分離帯を乗りこえ対向車のトラックと正面衝突。 愛車のシボレー・コルベットと共にチャンピオン・ベルトを巻いたままあの世へと旅立ちました。23歳でした。

永遠のチャンプ

2020-06-25
永遠のチャンプ・大場政夫。

私が最も敬愛するボクサーです。

1949年10月21日東京都足立区生まれ。

実父がギャンブル好きで、幼少期の暮らしは相当に貧しかったようです。

その実父がボクシングファンだった影響から、なんと小学校の入る頃には既に、将来は世界チャンピオンになり、両親に家を贈ろうと決めていました。

その後も決意はブレることなく、1965年の中学卒業と同時に帝拳ジムに入門、プロボクサーへの第一歩を踏み出すことに。

翌年には、渡辺和喜に1回KO勝ちでプロデビュー。

以降は、持ち前の負けん気と豊富な練習量で頭角を現し、次々と難敵を退けて世界ランキング上位へと駆け上がりました。

そして、プロ28戦(25勝2敗1分8KO)で、念願の世界タイトル初挑戦の切符を手中にします。

1970年10月22日、タイのベルクレック・チャルバンチャイを13回KOで倒し、WBA世界フライ級王座を獲得。

この時、大場は21歳。

プロキャリア4年で小学生の頃抱いていた夢を叶えました

その後、2年半足らずで王座を4度防衛。

そして1973年1月2日、WBA世界フライ級5度目の防衛戦を迎えます。

相手は「稲妻小僧」の異名を持つ元WBC世界フライ級チャンピオン、タイの英雄チャチャイ・チオノイ。

大場は1Rにチオノイの豪快な右フックを食いダウン。

その際に右足首を捻挫し、以降は足を引きずりながらのファイトを強いられます。

しかし、大場は驚異的な粘りで劣勢を挽回、8Rからは優勢に立ち、12Rを迎えます。

前半は打ちつ打たれつでしたが、中盤に機を見て大場が猛ラッシュ。

ロープ際で連打を浴びせられたチオノイは、遂に崩れ落ちます。

その後、チオノイは半ば戦意喪失状態になり、最後はレフェリーが試合を止め、大場は大逆転で5度目の防衛に成功しました。

1月2日のゴールデン枠に、人気ボクサーの世界戦生中継とあって、祖母の家に集まっていた親戚一堂はTVに釘付け。

終盤は皆が「大場〜っ!」と絶叫するほどの大熱戦でした

小学校3年生だった私も、感動で泣きそうになりました。

決して器用ではなく、打たれて強いわけでもなく、スピードもそれ程ではない……が、

猛練習で培った旺盛なスタミナと折れない心で、ただ愚直に左右のワンツーを繰り出す。

いつまでも、いつまでも、相手が倒れるまで繰り出す。

その闘志を前面に押し出したボクシングスタイルは、観る者の心まで奮い立たせる迫力がありました。

この試合の23日後、1973年1月25日。

大場は愛車シボレー・コルベット・スティングレーで首都高速5号池袋線を走行中、大曲カーブを曲がり切れず中央分離帯を乗り越え、反対車線に出たところを大型トラックと正面衝突。

現役世界チャンピオンのままこの世を去りました。

大場は3度目の防衛戦後に、それまでで得たファイトマネーで埼玉県に一戸建を新築購入し、両親に贈っています。

また、実弟の高校までの学費も全額支払い終えていました

中学卒業後、ボクシングに総てを賭けてきた大場が、4度目の防衛成功後に生涯で初めて自分自身へ贈ったご褒美が、当時日本に2台しかなかったシボレー・コルベット・ステイングレーでした。

大場政夫 
プロボクシング生涯戦績
38戦35勝16KO2敗1分
第25代WBA世界フライ級王座5度防衛

大場政夫  VS  チャチャイ・チオノイ (1973年)

2021-06-30
【昭和45年】大場政夫 vs.ベルクレック・チャルバンチャイ
1970年10月22日 WBA世界フライ級タイトルマッチ

大場政夫・最強の刺客を迎えて予想不利!

2021-06-30
花形 進 (横浜協栄)選手との日本人対決を制すると同時に、3度目の防衛達成、若き日の借りを返した大場選手。

4度目の防衛戦は、”最高の刺客”オーランド・アモレス(パナマ)を迎えて行なわれる事になった。

「最強の相手を選ぶのは、チャンピオンの宿命ではありませんか」

これはチャンピオンとしてのプライドだと説明した長野マネジャー。

パナマの黒ヒョウと異名されたアモレス。戦績28勝(19KO)1敗。

バスケスは、毒グモだ。(~~)
試合は昭和47年(1972年)6月20日、日大講堂で行なわれた。
試合開始早々、アモレスの左フックで大場選手ダウン。会場は静まり返る。前途多難なスタート。
3、4回と激しい打撃戦の中で激しいバッティング。額から流血のチャンピオン。
迎えた5回、右ストレートからチャンスを掴んだ大場選手は怒涛の連打。アモレスはマットに深々と沈んだ。

ラッシュ、ラッシュといえば、F原田であります。

2020-11-30
Facebook佐々木信雄さんの投稿

『日本最強のチャンピオン ファイティング原田』世界フライ~バンタム~フェザー級タイトルマッチ

https://youtu.be/g-P52YLkZRI
ファイティング原田氏の栄誉を称え、
リングネームである「ファイティング」は
JBCで欠名扱いで現役選手が名乗る事は現在不可能となっている。

【20th Century Chronicle 1965年(s40)】

◎スポーツ界で快挙 二選

*1965.5.18/ ファイティング原田が、ボクシング世界バンタム級で、日本人初のチャンピオンとなる。

 1965年5月18日、名古屋市愛知県体育館で、プロボクシング世界バンタム級タイトルマッチが行われた。軽量級でも最強のボクサーが集まるとされた「黄金のバンタム」で、50戦無敗の王者エデル・ジョフレ(ブラジル)の9度目の防衛戦に、元世界フライ級王者ファイティング原田が挑戦した。試合は、ジョフレが圧倒的有利と予想されていたが、2-1の僅差の判定で原田が勝利するという番狂わせが生れた。
  

 ファイティング原田は、1962年10月10日、19歳で世界フライ級王座に初挑戦し、当時の世界フライ級王者ポーン・キングピッチ(タイ)に激しい連打を浴びせ、11Rノックアウト勝ちをおさめた。1952年の白井義男以来、10年目の世界チャンピオンだったが、3ヵ月後のポーンとのリターンマッチで、減量に苦しんで判定で敗れた。
  

 バンタム級に転向した原田は、1963年9月、「ロープ際の魔術師」の異名を持つ強豪、世界バンタム級3位・ジョー・メデル(メキシコ)と対戦する。5Rまでは、原田のラッシュが勝り一方的な展開だったが、6R、メデルに一瞬の隙をついたカウンターをヒットされ、3度のダウンの末にKO負けした。しかし原田はすぐに再起し、1964年10月、ライバルの東洋王者青木勝利に3R KO勝ちし、バンタム級世界王座への挑戦権をつかんだのだった。
  

 ファイティング原田のラッシングパワーは、当時テレビジョンの普及とともにブームを迎えつつあったプロボクシングを、一挙に人気スポーツに押し上げた。と同時に、日本のプロボクシング界を世界レベルに引き上げ、次々と原田に続いて世界に挑戦する選手を生み出した。
 
  

*1965.10.-/ 南海ホークス野村克也捕手が、戦後初の三冠王に輝く。

 野村克也は名監督としても名を馳せているが、現役時代の生涯記録はざっと挙げても、2901安打(歴代3位)・657本塁打(歴代2位)・1988打点(歴代2位)・ 3017試合(歴代1位)・11970打席(歴代1位)とすごいものが並ぶ。さらにこの年、戦後二リーグ制になって初の三冠王に輝いた。
  

 1962年、当時シーズン最多本塁打52本を記録するも、翌年、王貞治が55本を打ってあっさり抜かれる。三冠王も、王が73・74年と連続獲得してその栄光は後退、ずっと更新し続けてきた通算最多本塁打・最多打点なども、ことごとく王に抜かれて歴代二位にあまんじることとなる。
  

 記録面では王に立ちはだかられたが、それ以上にライバル心を焚き付けられた相手は、「記録より記憶に残る男」長嶋茂雄であった。京都府北部の寒村に生まれ育ち、甲子園には無縁な無名公立高校を出て、テスト生として辛うじてプロ野球選手に潜り込んだ野村にとって、東京六大学のスター選手として華々しく巨人に入団、いきなり本塁打王と打点王の二冠を獲得して新人王、そんな長島はまばゆいばかりの存在であった。
  

 野村が節目の600号本塁打を達成したときの観客は七千人程度、その時のインタビューで、長嶋ら(王も含めて)をヒマワリにたとえ、そして自らをひと目につかずひっそりと咲く月見草に擬したのであった。
  

(この年の出来事)
*1965.2.10/ 社会党の岡田春夫が衆議院予算委員会で、防衛庁統幕会議の極秘文書(三矢研究)を暴露し、政府を追及。
*1965.3.6/ 山陽特殊製鋼が、負債総額500億円を抱え、会社更生法の適用を申請する。(戦後最大の倒産)
*1965.3.20/ 河野一郎国務大臣から、記録性に欠けると批判された市川崑監督「東京オリンピック」が公開され、大ヒットとなる。
*1965.4.23/ 吹原産業の吹原弘宣社長が、三菱銀行から30億円の通知預金証書を搾取したかどで逮捕される。(吹原産業事件)
*1965.6.12/ 新潟大学の植木幸明教授らが、阿賀野川流域で水俣病に似た有機水銀中毒患者が発生していると発表する。(第2水俣病)
*1965.10.21/ 朝永振一郎博士が、ノーベル物理学賞を受賞決定。
 *1965.11.8/ 日本テレビ(NTV)が、ナイトショー「11PM」の放映を開始する。

【 ボクシング編 】

井上尚弥の最も衝撃的な瞬間!

2021-07-06

井上尚弥ラスベガス防衛戦2 2021年6月20日

2021-06-30
【~WBA_IBF世界バンタム級タイトルマッチ:井上尚弥×マイケル_ダスマリナス~】



井上尚弥 衝撃の3回TKO 1回に勝利確信「弱気な姿勢も見えた。こんなもんかと」

2021-06-21
スポーツニッポン新聞社 2021/06/20 14:48
© スポーツニッポン新聞社 ダスマリナス下し、2本のベルトを肩にかける井上尚弥(AP)

プロボクシングWBA&IBF世界バンタム級タイトルマッチ12回戦は19日(日本時間20日)、米ネバダ州ラスベガスのヴァージン・ホテルズ・ラスベガスで行われ、統一王者・井上尚弥(28=大橋)がIBF1位の指名挑戦者マイケル・ダスマリナス(28=フィリピン)に3回2分45秒TKO勝ち。WBA5度目、IBF3度目の防衛に成功した。

 井上は「第1Rの相手の出方見て、相手の出方次第ですけど早い回でいけるのかなと確信を持てました」と序盤で確信をつかんだことを明かした。ダスマリナスについては「思ったより出てこなかった印象なので。わりと自分のやりやすいペースで進められたのかなと思います」と振り返った。

 中継のスタジオゲストでWBA世界ミドル級スーパー王者の村田諒太(34、帝拳)からも「1ラウンド目のファーストコンタクト、ジャブに対して左フック合わせた瞬間に勝つと思いました?」と聞かれ、井上は「読めたかなと。相手のちょっと弱気な姿勢も見えたのでこんなもんかという感じがありました」と語った。

 リングサイドではWBC王者ドネア、WBO王者カシメロが観戦。井上は「今回は相手うんぬんというよりラスベガスの期待感と、ドネア、カシメロが見に来ている中でどう自分を出し切るかというのが一番の課題だった」。試合は「80点くらい」と自己分析。「少し足の運びがいまいちだなというところもあったので、やりながら感覚をつかみたいと思います」とさらなる進化を誓った。

 さらに「自分の中の位置づけは4団体統一に向けてということで挑んだ試合なので勝ったことのうれしさはありますが、手を挙げて喜んでいられるステージではない。この後にドネア、カシメロの勝者と戦う方向に向けてより精進したい」と先を見据えた。

ダスマリナス「息できなかった」尚弥の強烈パンチに白旗

2021-06-21
「ナオヤはとても良い選手。(ボディーは)かわしたり、守ったりができず、インパクトは強烈で息ができなかった」
© スポーツニッポン新聞社 ボディーで3度ダウンを奪われたダスマリナス(AP)
スポーツニッポン新聞社 2021/06/21 05:30

◇WBA&IBF世界バンタム級タイトルマッチ12回戦 〇井上尚弥 KO3回2分45秒 マイケル・ダスマリナス●(2021年6月19日 米ラスベガス)

 左ボディーで3度ダウンを奪われたダスマリナスは「ナオヤはとても良い選手。(ボディーは)かわしたり、守ったりができず、インパクトは強烈で息ができなかった」と白旗。「総合力が高く、スピード、パワーがあり、動きもよく、スキルがあった」と王者を称えた。

 同じフィリピン勢のドネアとカシメロの対戦については「よりコンディションが良い選手が勝つ」とし、その勝者が井上に挑む一戦について「良い試合になるはずで、(井上に対して)勝つチャンスがあるかもしれません」と予想した。

井上尚弥が防衛成功!ダスマリナスを3回TKO バンタム4団体統一へ前進

2021-06-20
日刊スポーツ新聞社 2021/06/20 18:39
© 日刊スポーツ新聞社 ダスマリナスを攻める井上尚弥(AP)

<ボクシング:WBAスーパー、IBF世界バンタム級タイトルマッチ12回戦>◇19日(日本時間20日)◇米ネバダ州ラスベガス

WBAスーパー、IBF世界バンタム級王者井上尚弥(28=大橋)が防衛(WBA5度目、IBF3度目)に成功した。

IBF同級1位マイケル・ダスマリナス(28=フィリピン)を3回TKOで倒し、日本人初となる2戦連続の「聖地」防衛に成功した。

WBC同級王者ノニト・ドネア(38=フィリピン)ら他団体の対抗王者が見守る中、ラスベガスのリングで実力をアピールした。目標に掲げるバンタム級4団体統一へ、大きなステップを踏んだ。

  ◇   ◇

全米生中継、ラスベガスでは自身初の有観客興行という舞台で、井上が白星をつかんだ。日本人初となる2戦連続「聖地」防衛に成功。「試合当日の自分がどのようなパフォーマンスをするのか、ラスベガスにどんな試合をみせられるのか。自分でも楽しみ」。神経質になり、緊張しても良い環境であっても、井上は愛称「モンスター」らしくファイトした。

昨年10月のジェーソン・モロニー(オーストラリア)戦で初めてラスベガスに進出した。米プロモート大手トップランク社と契約後初試合で7回KO勝ちを収めた試合内容は大きな評価を受けた。「間違いなく彼は世界で最高のファイター。誰もが彼のようにはなれない」と絶賛していた同社ボブ・アラムCEOが試合前会見でも「モンスターが米国に戻ってきた」と手放しで歓迎。試合1週間前からラスベガスの掲示板は井上-ダスマリナス戦のPRが増え、中継局の米ESPNでは連日、ゴールデンタイムに井上を特集番組が放送された。

井上は言う。「もうプロモーションを含め、かなり期待を感じるので、その期待を裏切らないように、出せるものすべて出して、しっかりと勝ちにつなげたいです」。所属ジムの大橋秀行会長(56)は「米国での対応、評判が前回に比べものにならないぐらい(高い)。本人も比較していて、良い意味でかなり気合が入っている」と口調を強めていた。期待を力に変え、海外オッズでも優位の井上が確実に「聖地」で勝利を手にした。

◆井上尚弥(いのうえ・なおや)1993年(平5)4月10日、神奈川・座間市生まれ。元アマ選手の父真吾さんの影響で小学1年から競技を開始。相模原青陵高時代にアマ7冠。12年7月にプロ転向。国内最速(当時)6戦目で世界王座(WBC世界ライトフライ級)奪取。14年12月にWBO世界スーパーフライ級王座を獲得し、史上最速(当時)の8戦目で2階級制覇。18年5月にWBA世界バンタム級王座を獲得し、国内最速(当時)の16戦目で3階級制覇。19年5月にWBA、IBF世界バンタム級王者に。同年11月、WBSSバンタム級トーナメント優勝。家族は夫人と1男2女。164・5センチの右ボクサーファイター。

◆世界主要4団体統一王者 過去6人誕生している。世界主要4団体となって以降、04年にバーナード・ホプキンズ(ミドル級)、05年にジャーメイン・テイラー(ミドル級)、17年にテレンス・クロフォード(スーパーライト級=すべて米国)、18年にオレクサンドル・ウシク(クルーザー級=ウクライナ)、20年にテオフィモ・ロペス(ライト級=米国)が達成。そして、階級最強トーナメントのWBSSスーパーライト級覇者ジョシュ・テイラー(英国)が5月23日、ホセ・カルロス・ラミレス(米国)との4団体統一戦を制し、史上6人目の統一王者になった。

【 オールラウンド編 】(アーカイブス)

ミスタータイガースの座を不動のものにした3打席連続ホームラン 掛布雅之

2021-07-02
3本目は、全パの豪速球投手、阪急ブレーブスの山口高志からでした。
やっぱり【山口高志】が史上最速の豪速球投手だ!

掛布雅之物語 : まとめ読み

2021-07-02

[掛布雅之物語]<1>

2021-07-01
身長1m68、無名の高校生の猶予は4年「プロでダメならけじめ」
[掛布雅之物語]<6>王さんと同じグラウンド、同じベンチには田淵さん「楽しくて仕方なかった

[掛布雅之物語]<7>人気者、にわかに重圧

2021-07-02
ゴルフをする掛布。人気選手となり、シーズンオフはイベントに引っ張りだこだった
[掛布雅之物語]<18>「清原を取りたい」監督が交代、消えた一塁コンバート計画

[掛布雅之物語]<20>打てなくて「1面」に誇り…4番打者の矜持

2021-07-02
[掛布雅之物語]<10>西武に去る田淵から最後の言葉「お前は、俺のようになっちゃだめだ」
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