本文へ移動

ファイトの系譜 

【 オールラウンド編  含TOKYO2020の記録】

引退の斎藤佑樹氏 学生野球の指導に意欲

2021-11-01
北海道日本ハムファイターズ 2019.12.08
日ハム斎藤佑樹「今が1番楽しい」 母校・早大のグラウンドで野球教室

【近鉄・阿波野秀幸、日本ハム・西崎幸広】

2021-10-26
Facebook まつたけ しんやさん曰く
【近鉄・阿波野秀幸、日本ハム・西崎幸広】
どちらも1987年ドラフト1位で1入団。
前半戦を終えた時点で阿波野が9勝、西崎が4勝と、新人王レースは阿波野が独走するかのようにも見えたが、西崎も8月以降破竹の10連勝。
最終的には阿波野が15勝12敗、リーグ最多の201奪三振にリーグ4位の防御率2.88。
西崎は15勝7敗、176奪三振にリーグ5位の防御率2.89。
ほぼ互角といえる結果だった。
新人王レースは阿波野に軍配が上がったが、西崎にも「新人王と同等の活躍をした」とパ・リーグ会長特別賞が贈られた

平成の怪物、引退の時を迎えました。

2021-10-20
『讀賣新聞』2021/10/20朝刊です。
最期は、18番で終わりといたしました!!

三冠王

2021-10-15
Facebook 小椋秀勝 さん曰く
日本プロ野球史上三冠王を獲った人は7人、11度しかありません‥(中島1、野村1、王2、落合3、バース2、ブーマー1、松中1)
2度が、巨人の王、阪神のバース、そして唯一3度の人が‥この人、ロッテ落合です。
中日選手時代、ビビって誰も座らない激高する星野監督の横に、常にちょこんと座っていました…でも、会話は一切なかったそうです…笑

エンゼルス、大谷翔平や『大谷Tシャツ』着たファンが映ったイラストでシーズン終了報告

2021-10-04
© ハフポスト日本版
ハフポスト日本版 2021/10/04 11:08

10月4日(日本時間)に今シーズン最終戦を終えたメジャーリーグのロサンゼルス・エンゼルスが、シーズン終了の報告とファンへの感謝のメッセージをTwitterに投稿した。

ツイートは、大谷翔平ら選手たちや、大谷選手のファンの写真を切り取ったイラストを添えて投稿。

【 プロレス編】

【73’ 創立1周年ジャイアント・シリーズ/パンフレット 鶴田友美紹介】

2021-08-11
Facebook ジャンボ鶴田さん曰く

三冠ベルト (Triple Crown Championship Belt)

2021-08-03
Facebook ジャンボ鶴田さん曰く

ラテンの魔豹

2021-08-02
人間発電所 B.サンマルチノの後継者
ドロップキックの名手として知られ、日本では彼がジャイアント馬場に、この技を教え32文ロケット砲が誕生したというエピソードでも有名。

ペドロ・モラレスPedro Morales1942年10月22日 - 2019年2月12日)は、

アメリカ合衆国プロレスラー
プエルトリコクレブラ島の出身だが、少年期に家族と共にニューヨークブルックリンに移住。主にWWWFおよびWWFで活躍していた。
ニックネームは「ラテンの魔豹」。

ドロップキックの名手として知られ、日本では彼がジャイアント馬場に、この技を教え32文ロケット砲が誕生したというエピソードでも有名。

http://kuro.pinoko.jp/pro/w685.htm


All Japan Pro-Wrestling / Madison Square Garden Series

2021-08-02
当時のMSGのチャンプは“ラテンの魔豹”ことP.モラレス、G馬場に32文を伝授した師匠

WWA世界王座

2021-08-02

WWWF発足期の1963年には、バディ・ロジャースが保持していた世界ヘビー級王座にも挑戦した。ドロップキックを得意としていたように、若い頃は華麗な空中殺法の使い手として鳴らした。

その後、彼のスター性に目をつけたフレッド・ブラッシーの仲介で、ブラッシーのホームリングだったロサンゼルスWWAに移籍。同団体のスター選手となり、1965年3月12日にザ・デストロイヤーからWWA世界ヘビー級王座を奪取。WWA世界タッグ王座も1966年6月から1967年12月にかけて、ブラッシー&バディ・オースチンなどのチームを破り通算6回に渡って獲得した。その後も西海岸および太平洋エリアでの活動を続け、1969年11月4日にはハワイジン・キニスキーからNWA北米ヘビー級王座を奪取している。
http://www.showapuroresu.com/belt/los/index.htm

【 ボクシング編 】(アーカイブス)

ラッシュ、ラッシュといえば、F原田であります。

2020-11-30
Facebook佐々木信雄さんの投稿

『日本最強のチャンピオン ファイティング原田』世界フライ~バンタム~フェザー級タイトルマッチ

https://youtu.be/g-P52YLkZRI
ファイティング原田氏の栄誉を称え、
リングネームである「ファイティング」は
JBCで欠名扱いで現役選手が名乗る事は現在不可能となっている。

【20th Century Chronicle 1965年(s40)】

◎スポーツ界で快挙 二選

*1965.5.18/ ファイティング原田が、ボクシング世界バンタム級で、日本人初のチャンピオンとなる。

 1965年5月18日、名古屋市愛知県体育館で、プロボクシング世界バンタム級タイトルマッチが行われた。軽量級でも最強のボクサーが集まるとされた「黄金のバンタム」で、50戦無敗の王者エデル・ジョフレ(ブラジル)の9度目の防衛戦に、元世界フライ級王者ファイティング原田が挑戦した。試合は、ジョフレが圧倒的有利と予想されていたが、2-1の僅差の判定で原田が勝利するという番狂わせが生れた。
  

 ファイティング原田は、1962年10月10日、19歳で世界フライ級王座に初挑戦し、当時の世界フライ級王者ポーン・キングピッチ(タイ)に激しい連打を浴びせ、11Rノックアウト勝ちをおさめた。1952年の白井義男以来、10年目の世界チャンピオンだったが、3ヵ月後のポーンとのリターンマッチで、減量に苦しんで判定で敗れた。
  

 バンタム級に転向した原田は、1963年9月、「ロープ際の魔術師」の異名を持つ強豪、世界バンタム級3位・ジョー・メデル(メキシコ)と対戦する。5Rまでは、原田のラッシュが勝り一方的な展開だったが、6R、メデルに一瞬の隙をついたカウンターをヒットされ、3度のダウンの末にKO負けした。しかし原田はすぐに再起し、1964年10月、ライバルの東洋王者青木勝利に3R KO勝ちし、バンタム級世界王座への挑戦権をつかんだのだった。
  

 ファイティング原田のラッシングパワーは、当時テレビジョンの普及とともにブームを迎えつつあったプロボクシングを、一挙に人気スポーツに押し上げた。と同時に、日本のプロボクシング界を世界レベルに引き上げ、次々と原田に続いて世界に挑戦する選手を生み出した。
 
  

*1965.10.-/ 南海ホークス野村克也捕手が、戦後初の三冠王に輝く。

 野村克也は名監督としても名を馳せているが、現役時代の生涯記録はざっと挙げても、2901安打(歴代3位)・657本塁打(歴代2位)・1988打点(歴代2位)・ 3017試合(歴代1位)・11970打席(歴代1位)とすごいものが並ぶ。さらにこの年、戦後二リーグ制になって初の三冠王に輝いた。
  

 1962年、当時シーズン最多本塁打52本を記録するも、翌年、王貞治が55本を打ってあっさり抜かれる。三冠王も、王が73・74年と連続獲得してその栄光は後退、ずっと更新し続けてきた通算最多本塁打・最多打点なども、ことごとく王に抜かれて歴代二位にあまんじることとなる。
  

 記録面では王に立ちはだかられたが、それ以上にライバル心を焚き付けられた相手は、「記録より記憶に残る男」長嶋茂雄であった。京都府北部の寒村に生まれ育ち、甲子園には無縁な無名公立高校を出て、テスト生として辛うじてプロ野球選手に潜り込んだ野村にとって、東京六大学のスター選手として華々しく巨人に入団、いきなり本塁打王と打点王の二冠を獲得して新人王、そんな長島はまばゆいばかりの存在であった。
  

 野村が節目の600号本塁打を達成したときの観客は七千人程度、その時のインタビューで、長嶋ら(王も含めて)をヒマワリにたとえ、そして自らをひと目につかずひっそりと咲く月見草に擬したのであった。
  

(この年の出来事)
*1965.2.10/ 社会党の岡田春夫が衆議院予算委員会で、防衛庁統幕会議の極秘文書(三矢研究)を暴露し、政府を追及。
*1965.3.6/ 山陽特殊製鋼が、負債総額500億円を抱え、会社更生法の適用を申請する。(戦後最大の倒産)
*1965.3.20/ 河野一郎国務大臣から、記録性に欠けると批判された市川崑監督「東京オリンピック」が公開され、大ヒットとなる。
*1965.4.23/ 吹原産業の吹原弘宣社長が、三菱銀行から30億円の通知預金証書を搾取したかどで逮捕される。(吹原産業事件)
*1965.6.12/ 新潟大学の植木幸明教授らが、阿賀野川流域で水俣病に似た有機水銀中毒患者が発生していると発表する。(第2水俣病)
*1965.10.21/ 朝永振一郎博士が、ノーベル物理学賞を受賞決定。
 *1965.11.8/ 日本テレビ(NTV)が、ナイトショー「11PM」の放映を開始する。

蘇るカンムリワシ伝説 具志堅KO集

2021-05-25

海老原博幸 VS ポーン・キングピッチ(1963年)

2021-05-25

沼田義明 VS ラウル・ロハス (1970年)

2021-05-25

" 天才パンチャー " 柴田国明

2021-05-25
世界戦10試合

【 ボクシング編 】

井上尚弥が防衛成功!ダスマリナスを3回TKO バンタム4団体統一へ前進

2021-06-20
日刊スポーツ新聞社 2021/06/20 18:39
© 日刊スポーツ新聞社 ダスマリナスを攻める井上尚弥(AP)

<ボクシング:WBAスーパー、IBF世界バンタム級タイトルマッチ12回戦>◇19日(日本時間20日)◇米ネバダ州ラスベガス

WBAスーパー、IBF世界バンタム級王者井上尚弥(28=大橋)が防衛(WBA5度目、IBF3度目)に成功した。

IBF同級1位マイケル・ダスマリナス(28=フィリピン)を3回TKOで倒し、日本人初となる2戦連続の「聖地」防衛に成功した。

WBC同級王者ノニト・ドネア(38=フィリピン)ら他団体の対抗王者が見守る中、ラスベガスのリングで実力をアピールした。目標に掲げるバンタム級4団体統一へ、大きなステップを踏んだ。

  ◇   ◇

全米生中継、ラスベガスでは自身初の有観客興行という舞台で、井上が白星をつかんだ。日本人初となる2戦連続「聖地」防衛に成功。「試合当日の自分がどのようなパフォーマンスをするのか、ラスベガスにどんな試合をみせられるのか。自分でも楽しみ」。神経質になり、緊張しても良い環境であっても、井上は愛称「モンスター」らしくファイトした。

昨年10月のジェーソン・モロニー(オーストラリア)戦で初めてラスベガスに進出した。米プロモート大手トップランク社と契約後初試合で7回KO勝ちを収めた試合内容は大きな評価を受けた。「間違いなく彼は世界で最高のファイター。誰もが彼のようにはなれない」と絶賛していた同社ボブ・アラムCEOが試合前会見でも「モンスターが米国に戻ってきた」と手放しで歓迎。試合1週間前からラスベガスの掲示板は井上-ダスマリナス戦のPRが増え、中継局の米ESPNでは連日、ゴールデンタイムに井上を特集番組が放送された。

井上は言う。「もうプロモーションを含め、かなり期待を感じるので、その期待を裏切らないように、出せるものすべて出して、しっかりと勝ちにつなげたいです」。所属ジムの大橋秀行会長(56)は「米国での対応、評判が前回に比べものにならないぐらい(高い)。本人も比較していて、良い意味でかなり気合が入っている」と口調を強めていた。期待を力に変え、海外オッズでも優位の井上が確実に「聖地」で勝利を手にした。

◆井上尚弥(いのうえ・なおや)1993年(平5)4月10日、神奈川・座間市生まれ。元アマ選手の父真吾さんの影響で小学1年から競技を開始。相模原青陵高時代にアマ7冠。12年7月にプロ転向。国内最速(当時)6戦目で世界王座(WBC世界ライトフライ級)奪取。14年12月にWBO世界スーパーフライ級王座を獲得し、史上最速(当時)の8戦目で2階級制覇。18年5月にWBA世界バンタム級王座を獲得し、国内最速(当時)の16戦目で3階級制覇。19年5月にWBA、IBF世界バンタム級王者に。同年11月、WBSSバンタム級トーナメント優勝。家族は夫人と1男2女。164・5センチの右ボクサーファイター。

◆世界主要4団体統一王者 過去6人誕生している。世界主要4団体となって以降、04年にバーナード・ホプキンズ(ミドル級)、05年にジャーメイン・テイラー(ミドル級)、17年にテレンス・クロフォード(スーパーライト級=すべて米国)、18年にオレクサンドル・ウシク(クルーザー級=ウクライナ)、20年にテオフィモ・ロペス(ライト級=米国)が達成。そして、階級最強トーナメントのWBSSスーパーライト級覇者ジョシュ・テイラー(英国)が5月23日、ホセ・カルロス・ラミレス(米国)との4団体統一戦を制し、史上6人目の統一王者になった。

井上尚弥・デビューからマロニー戦までの全ダウンシーン35連発

2021-05-23
#井上尚弥・デビューからマロニー戦までの全ダウンシーン35連発
モンスター NAOYA INOUE

WBAスーパー・IBF世界バンタム級王者 井上尚弥(大橋)、ラスベガスデビュー

2021-05-23
挑戦者は、 WBA2位、IBF4位、WBO1位 ジェイソン・マロニー(オーストラリア)



WBAスーパー・IBF世界バンタム級王者
井上尚弥(大橋)

VS
WBA2位、IBF4位、WBO1位
ジェイソン・マロニー(オーストラリア)

 

試合結果は
井上尚弥の7RKO勝ち

 

バンタム級のWBAスーパー王座とIBF王座を持つ井上尚弥(27=大橋)が10月31日(日本時間11月1日)、

アメリカのネバダ州ラスベガスで両王座の防衛戦

挑戦者はWBA2位、IBF4位、WBO1位にランクされるジェイソン・マロニー(29=オーストラリア)。

19戦全勝(16KO)の井上に対し、マロニーも22戦21勝(18KO)1敗。

マロニー健闘も、7R右クロスカウンターで井上尚弥の7RKO勝ちです。

井上尚弥 vs ジェイソン_マロニー 無観客のラスベガスデビュー戦

井上尚弥のヘッドロールがマジにスゴすぎる

2021-05-25

井上尚弥が強い!ワルリト・パレナス戦で見せたパンチが凄い

2021-05-25
井上尚弥が強い!ワルリト・パレナス戦で見せたパンチが凄い
TOPへ戻る