本文へ移動

Facebook 美味しいもの & エトセトラ

【 Face book 美味しいもの 】管理人は、釋 大仁、当山住職です。

Facebook グルメ紀行

2020-05-07
たまには、おしいしものでも、いかがですか?

Facebook 今日の茶菓

2020-04-24
住職のアップしたページ、甘味等の情報サイトです。

Facebook 酒ということ

2020-04-24
住職のアップしたページ、左党情報がいっぱいです。

Facebook 自粛 食生活部会

2020-05-07
コロナ対策の自粛が続く中、一番の関心事は、食?

味の歳時記

2020-05-15
旬の味覚と行事食の記事

【 Facebookエトセトラ 】管理人は、釋 大仁、当山住職です。

傳統

2020-09-07
いろんなジャンル・分野で、永~く続いている事
2020年歌会始です。

逸品の世界

2020-09-07
いろんな分野の逸品が集合です。

思い出の鉄路

2021-02-01

駅の今昔物語

2021-02-01

Facebook鉄の友

2021-02-20
当代は、古くからの鉄友てす。

美味求真

新幹線の駅へも伝承されました。

2021-03-17
新鳥栖駅「かしわめし」700円
九州新幹線が開通して、その停車駅で初めて食べた駅弁が、新鳥栖駅の「かしわめし」だ。
以前は鳥栖駅で鈍行からの乗り換え時間で買っていた。長崎に向かう特急は、停車時間が短くて買いづらく、わざわざ1本遅らせるなどするしかなかったものだが…。現在、新鳥栖駅では25分程度のちょうどいい待ち時間で、駅弁以上に立ち食いうどんもよく売れていた。
そのうどんはどれを注文しても甘辛く煮た細切れのかしわ入り。小腹を満たしてくれるだけでなく、名物を食べている気にさせてくれること間違いなし。駅弁とともにお勧めだ。

明治25年創業。

2021-03-17
鳥栖駅の歴史と歩む駅弁 鳥栖駅は明治22年JR九州が開通した際に、開設された九州最古の駅の一つです。
鳥栖駅は、北は福岡から南は鹿児島へ、西は長崎へとつながるまさにJR九州のクロスロードです。通勤や通学で利用する人も、ここで電車を乗り換える人も非常に多いのが特徴です。
かけうどんがないうどん屋
そんな人たちの胃袋を支え続けているのが、中央軒の「かしわうどん」です。

九州を代表する、日本最初の「かしわめし」と昭和31年発売の「焼麦」を同時に味わえるお弁当です。

2021-03-17
九州を代表する、日本最初の「かしわめし」と昭和31年発売の「焼麦」を同時に味わえるお弁当です。

· 久しぶりに東海道線普通列車 早弁(笑)にはやっぱりコレ

2021-03-17
facebook目見田 上総さん 曰く— 場所: 鶴見
九州では、こちらをおいてはございません。

日本橋 人形町『玉ひで』

2021-03-11
玉子丼発祥の店
Facebook加來英樹さん曰く
日本橋 人形町『玉ひで』
気分は、長谷川平蔵(鬼平)   笑
※玉ひで:旧名 玉鐡
親子丼発祥の店
鬼平犯科帳『五鐡』モデルのお店
1760年(宝暦10年)
御鷹匠(おたかじょう)の家に生まれた
山田鐡右衛門が、徳川将軍家に出仕するかたわら
27歳のとき、妻「たま」と共に、
御鷹匠仕事の店「玉鑯(たまてつ)」を
江戸日本橋和泉町(現・日本橋人形町三丁目)にて開店創業
以後、2代目・山田鐡之丞の時代までは
大名などから依頼があった時にだけ
料理をふるまうという業態であった。
1852年(嘉永5年)店に専念し始めた
3代目・山田鐡之助の時代から繁盛し始め
名物店番付『江戸五高昇薫』内
「しゃもなべ」(軍鶏鍋部門)に
「四谷御門内万蔵金 ミソヤシンミチ大はし 住吉丁玉てつ 馬道桜や スキヤカシ中嶋」とあり
江戸屈指の鳥料理店5店の一つとして紹介される。
当時は格式高く庶民には縁遠い店であった。
1892-1895年(明治25-28年)頃 
5代目秀吉の妻「とく」が
鳥鍋の残りの割下に玉子を閉じるという
一部の客に独特の食べ方に着想を得て親子丼を考案する
1897年(明治30年)頃 
「秀さん」「秀吉つぁん」と愛称される
山田秀吉が5代目を継承する。
「玉鑯の秀さん」の店と通り名で呼ばれ
「玉秀(たまひで)」と呼ばれ始める。
TOPへ戻る