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コロナ 対策編

ブログ

田畑正久先生のコラム

2020-10-19
「お前も死ぬぞ 釈尊」
大分合同新聞医療欄「今を生きる」第383回
(令和2年7月6日掲載)医療文化と仏教文化(209)
「お前も死ぬぞ 釈尊」。仏教伝道協会「お寺の掲示板大賞」の一昨年の大賞作品となった標語です。新型コロナウイルス感染が近隣で報告されたとき、高齢者の私も「死」が頭をよぎりました。朝、目が覚めたら「今日の命を頂いた、南無阿弥陀仏」と称えます。風邪症状も倦怠感もない。それなりに元気なのは「有ること難し」と念仏していました。
仏教では「悟りを開いても、病気になる、ならないは関係ない」と前に書きました。それでは、人間の生老病死の四苦を救うことにならないのではないかと思われる人が多いと思います。仏教は老化現象、病、死に関係なく、人間を丸ごと救います。生死(しょうじ)の苦の本(もと)を抜くというのです。
仏教の智慧は物事をあるがままに見ます。人間は多くの「因」や「縁」によって生かされている存在です。「形あるものは必ず壊れる」すなわち「死」の法則を免れることはできません。あるがままとは、死ぬのが必然のところを「有ること難し」で今日を生かされているということです。
自我意識は3歳ぐらいまでに出てくるといわれています。「身」が先にあり、後から出てきた意識は本来、物事を認識する働きをする所です。身についての正しい認識をする「場」なのです。ところが、いつの間にか身の「主(あるじ)」のようになって管理支配するようになっています。身は本来「縁起の法」の沿って動いていて、老い、病む、死ぬということが起こるのです。
仏教標語に「心に従うな、心の主となれ」があります。心は事実を認識する立場を忘れて偉くなって、いつの間にか身の管理者になろうとしているのですが、結果は欲に振り回される奴隷になっています。心も「法」に沿って一瞬一瞬変化していて無常・無我です。心の動きからちょっと距離を置いてクールに見る「主」に成れと教えています。身の置かれている状況をあるがままに見て、老、病、死は私に何を教えよう、目覚めさせよう、演じさせようとしているのかと考える。それが迷いの苦の本を抜くことになるというのです。
冒頭の標語の「死ぬぞ」とは、死を忘れ、考えないようにしているわれわれに「目を覚ませ!」と迫って、死を超える安心(あんじん)を与えようとしているのです。

今年の夏は、こんなこと忘れてしまうような夏でした。

2020-10-19
コロナ騒動の中で、年度の半分が終わりました。

GOTO、伊豆は稲取です。 izu-hamabe.jpへどうぞ!

2020-10-01
兎に角、何とかしなければ・・・であります。

真宗大谷派の指針

2020-09-07
法要(葬儀・法事等)における新型コロナウイルス感染症の感染防止に向けての宗派指針

法要(葬儀・法事等)における新型コロナウイルス感染症の感染防止に向けての宗派指針    2020年4月17日更新

法要(葬儀・法事等)における新型コロナウイルス感染症の感染防止に向けての宗派指針

このたび、法要(葬儀・法事等)における新型コロナウイルス感染症の感染防止に向けての宗派指針を取り纏めましたので、感染拡大防止に向けてご門徒や有縁の皆さまと十分にご相談いただき、下記のとおり対応くださるようお願いいたします。


1 法要前には必ず、手洗い・手指の消毒を厳守ください。
  また、参列者にも同様に手洗い・手指の消毒を徹底いただくよう依頼ください。
2 常に咳エチケットを心掛けるとともに、勤行・読経の際にもマスクを着用ください。
  また、参列者にも同様にマスクの着用を徹底いただくよう依頼ください。
3 感染リスクを減らすため、3つの「密」を避けてください。
 ① 「密閉空間」を避けるために、できるだけ換気をしてください。
 ② 「密集場所」を避けるために、参列者にできるだけ間隔をあけて着席するよう促してください。また、お焼香も間隔をあけるよう配慮ください。
 ③ 「密接場面」を避けるために、間近での会話や対面による会話を可能な限り、避けてください。※法話は一定の距離(2メートル以上)をあけてください。
4 法要終了後のお斎(会食)は控えてください。
5 37.5℃以上の発熱や体調の優れない方には、法要への参列を控えていただくよう依頼ください。
6 新型コロナウイルス感染症で亡くなられた方の通夜・葬儀等を執り行うにあたっては、
  国の方針(※厚生労働省が示す「新型コロナウイルスに関するQ&A(関連業種の方向け)令和2年4月15日時点版、3.遺体等を取り扱う方へ」等)を踏まえた上で
  医療機関や葬祭場とも連携をし、感染防止のための衛生対策に努めてください。
7 日常的な自己管理を徹底し、感染症の媒介者とならないように留意ください。
8 新型コロナウイルス感染症への対処法を正しく理解し実行することで、
  差別や風評被害が広がらないように努めてください。

田畑正久先生のことば

2020-09-14
医療に携わる人は是非とも仏教的素養をもって欲しい
日本医事新報2020/02/22、No.5000、p15
「医療と仏教は同じ生老病死の四苦を課題とする」
鈴木大拙の弟子と自称する秋月龍珉師は埼玉医科大学の哲学の教授をされていました。講義の中で医学部の学生に「皆さん方は、これから医療の領域で人間の生老病死の四苦の課題に取り組むのですね。仏教は同じ課題に取り組み、2500年の歴史があり、その解決の方向を見出しているのです。同じ事を課題とするわけですから、医療に携わる人は是非とも仏教的素養をもって欲しい」と語りかけていたという文章に出合いました。しかし、日本では病院の中で宗教者に出会うことはほとんどありません。
筆者が30数年前、米国シカゴに留学した時、西本願寺の別院が中西部仏教会として存在していて、米国の仏教事情を知りたいと思い、子どもを連れて日曜学校に通っていました。そこで親しくなった開教使が次のようなことを教えてくれました。「米国ではお寺の会員が入院すると必ずお寺に連絡が来ます。そしてその会員をお見舞いに行くのが僧侶の仕事になっています。お見舞いに行かないと職務怠慢として叱られます。そして病院に宗教者という資格で行けば、どんな所でもフリーパスで入れていただけます。」
それを聞いて、宗教者に対する日本と米国の医療者の姿勢の違いに驚いたことを記憶しています。
治療という概念は「『老病死』はあってはならないことで、元気な『生』の状態(健康)へ戻すこと」として受け止められています。しかし、高齢社会を迎え日本人の男女の平均寿命が85歳近くになっている現状では、高齢者は直面する老病死をどう受け止めるかが課題になっています。
東北大学文学部において、臨床の現場で患者に寄り添う臨床宗教師(チャプレン)の課程創設に深く関わった岡部健医師は、自分が進行癌を患い「死」に直面した時、「死に逝く者の道しるべ」を失った日本の文化に驚いた、と語っていたことがインタビュ―記事に出ていました。科学的思考の医療文化に、老病死を受容する豊かな物語が出てくるでしょうか。
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