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闘いの歴史

闘いの記録

易々と死んでもらう訳にはいかないのでありました。

2020-12-29
東条元首相逮捕の顛末
1945年(昭和20年)9月11日:戦犯として逮捕される直前に拳銃自殺を図るも未遂に終わった東条英機・元陸軍大臣および参謀総長。
自殺を予測していたアメリカ軍はあらかじめ救急車を用意しておくという用意周到さで、
銃声が聞こえると一斉に踏み込んで治療を施し、
東條氏は奇跡的に九死に一生を得ることとなります。
後に東京裁判でA級戦犯として起訴され、
絞首刑が執行されています。 

P38

2020-12-27
山本長官機は、こちらから撃墜されました。
P-38 ライトニング(Lockheed P-38 Lightning)は、ロッキード社が開発し、アメリカ陸軍などで運用された三胴設計の双発単座戦闘機です。
1930年代後半、アメリカでは戦略型爆撃機B-17フライングフォートレスの開発が始まっていました。
アメリカ軍はそのような爆撃機に対抗する必要性も同時に認識していた為、迎撃用戦闘機を各メーカーに発注しました。
その際の要求として「最高速度580km/h」「上昇力は高度6500mまで6分以内」等 と言ったものでした。その要求をクリアしたのは、ロッキード社でした。それ以降改良が重ねられ1939年の9月にP-38として正式採用されました。
その時の最高速度は675km/hまで達していました。
 欧州では、戦略爆撃機の主力掩護戦闘機として活躍しました。
だが機体特性が類似するドイツ軍機(Bf109等)には苦戦を強いられました。
1943年6月、イタリア軍に鹵獲され数機のB-17が撃墜された記録があります。
後続であるP-51やP-47に役目を譲っていく事になりますが、終戦まで性能を生かして偵察機や爆撃機として活躍しました。 
太平洋では開戦当初、日本機に対し格闘性能で劣るP-38は辛酸を舐めさせられました。
簡単に撃墜できる事からP-38の名前からとって「ペロハチ(ペロりと喰えるP-38)」と呼ばれてしまいました。
だが、その最高速度を生かした一撃離脱戦法に切り替えると評価は一変。
日本のパイロットからは「双胴の悪魔」と呼ばれるようになり、立場は狩られる側から狩る側へと逆転しました。
1943年4月18日には連合艦隊司令長官・山本五十六搭乗機である一式陸攻を撃墜しています。
 日本軍機撃墜数は約3800機でF6F、F4Uに次ぐ第3位でした。
 しかし当初重視されていた一撃離脱戦法も、実際に使ってみるとそれほど上手くいかない事も分かりました。
P-38の主翼は厚く、速度が上がると(速度による空気の圧縮が進んでいくと)激しい振動を起こすことが明らかになったのです。
また欧州ではFw190のような新型機が登場して性能的に後れを取るようになり、速度では互角でも運動性では単発機に勝てないことが判明しました。
以降はアフリカ方面で戦闘爆撃機として活躍していくようになりました。
同様に日本相手では、速度で上回ったため一撃離脱さえ出来れば有利でしたが、一旦速度や高度を落としてしまえばなす術が無くなってしまいました。
さらに三式戦闘機による一撃離脱にも対策が進みつつありました。
また高高度迎撃機として開発されながらも日独共に自慢の火力で相手をしなければならないほどの重武装の爆撃機は少なかったのです。
そのため、P-38F以降は後部胴体(双胴)内部に爆弾倉を追加し、長距離戦闘爆撃機として主に太平洋で活躍していく事になります。
太平洋戦線では飛行場と目標が離れていることが多く、他の戦闘機では目標までたどり着けなかったからです。
 戦後にアメリカ陸軍のレシプロ戦闘機がP-51改めF-51に統一された後、他の用途に転用されることもなく、海外に展開していたP-38の多くは現地で廃棄処分となり消えていき、1949年までに全機が退役、一部はイタリア空軍に送られ、1956年まで使われていました。
またホンジュラスやドミニカ、中国にも少数機が売却されています。

皇軍航空母艦

2020-12-27
大和型三番艦 信濃
Facebook中村まこさんの投稿です。
--- 航空母艦 信濃 (昭和19年) ---
- 基準排水量 : 62 000 トン
- 満載排水量 : 71 890 トン
- 全長 : 266 m
- 全幅 : 38.9 m
- 吃水 : 10.4 m
- 速力 : 28 ノット
- 兵装 : 40口径12.7cm連装高角砲 x 8基 . 25mm3連装機銃 x 36基 . 25mm単装機銃 x 40基 . 12cm28連装噴進砲 x 12基 
- 搭載機 : 47 - 72機 

帝国海軍航空隊です。

2020-12-25
無念。USSレキシントンのF4F-2戦闘機によって撃墜され、海に墜落する一式陸攻の瞬間。ラバウル沖, ニューブリテン, ビスマルク諸島
“マッチポンプ”と揶揄されましたが・・・

帝国海軍です。

2020-12-25
J2M3 帝国海軍局地戦闘機 雷電21型
米国では検分飛行では、途轍もない性能を発揮したそうです。 燃料の質からして負けていました。

闘いの転機

航空機エンジンについての日米比較

2021-03-01
Facebook黒木昭弘さんより



日本戦闘機の空冷エンジンと米海軍のエンジンの比較表を作ってみました。誉の設計がひどく無理をしている気がする。
日本の栄エンジンはP&Wのツイン・ワスプのパクリとよく言われます。だからアメリカ人の一部はゼロ戦はアメリカ製エンジンを積んでいたと誤解する人がいるくらい。
両エンジンを比較するとツイン・ワスプがボアとストロークが同じスクエアーエンジンなのに対して、栄はボアを縮小してストロークを伸ばしたロングストロークエンジンになっている。なんでだろうか不思議。これによって直径が7㎝程小さくなっているがその為か?ただしこの程度では大した違いはなく、戦後復元されたゼロ戦の一部にツイン・ワスプが積まれている。(もちろん専用のカウリングを作成していますが)
さてこれらの14気筒エンジンを18気筒に拡大して2000馬力級のエンジンを開発するのは日米とも同じ。
ただしダブル・ワスプがボア、ストロークとも拡大して一気筒当たりの排気量を増やすとともに18気筒化したので排気量は50%も増やしているのに、誉はボア、ストロークも同じまま、18気筒化しただけなので排気量は28%しか増えていない。
排気量当たりの出力はツインワスプと栄ではツインワスプの方が良い(この辺はパクった側の日本の技術の差か?)のに対してダブル・ワスプと誉では排気量当たりの出力は誉の方が15%も高くなる逆転現象が。
誉の開発は困難が多く、時間がかかったと言われるがこの数字を見ると当然のような気がする。2000馬力エンジンを作るならアメリカと同じように排気量を思い切って大きくすればよいのにこんな無理な設計は。
推察でしかないが、直径をなるべく小さくすることにこだわった結果かもしれない。空冷エンジンで多少直径が増えても空気抵抗はそんなに変わらないはずなのに。

日本人伯剌西爾移民110周年の日

2021-02-25
Facebook60 Anos Missão Higashi Honganji - 真宗大谷派(東本願寺)南米開教60周年より 
2018年6月19日

「安倍総理 お久しぶりです。覚えてますか?野田佳彦でございます」

2021-02-24
2/19 衆院・予算委
衆議院議員の定数削減を巡る3年前の約束について、国会で安倍総理大臣と野田前総理大臣が激突しました。
野田 爆弾発言「16日に解散」
衆院が解散され、硬い表情の野田佳彦首相(写真左)と拍手する自民党の安倍晋三総裁=2012年11月16日、国会内【時事通信社】

大統領専用ジェット機、エアフォースワンに隠された秘密

2021-02-20
エアフォースワンはじそく700マイルの速さで飛びます。そして普通の旅客機よりも高く飛ぶことが出来ます。薬45000フィートの高さは通常の旅客機より1万フィート高い高度で飛ぶことが出来ます。
エアフォースワンには85台の電話が備え付けられています。そして大統領にとっては一番プライバシーが守られている場所ともいえます。なぜならホワイトハウスよりセキュリティーがしっかりしているからです。

空の守り半世紀、さらばファントム

2021-02-20
 日本の空を約半世紀にわたって守ってきた航空自衛隊のF4戦闘機(愛称ファントム)が今月、退役した。
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