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闘いの歴史

政局について

総裁選の特設サイトがオープンしました

2021-09-17

河野候補

2021-09-18

岸田候補

2021-09-18

高市候補

2021-09-18

野田候補

2021-09-18

データベース

Facebook 闘諍堅固

2021-09-14
とうじょうけんご 【闘諍堅固】 〘名〙 仏語。

五種ある堅固のうちの第五。または、五五百年(ごごひゃくねん)の一つ。仏滅後第五の五百年で、諸僧が互に自説の優位を主張し、争うことが多く、邪見のみにて仏法が姿をかくしてしまう時をいう。

できるかな?

2021-09-15
Facebook 首相官邸さん曰く
<カーボンニュートラル>
昨年10月、2050年カーボンニュートラルを宣言しました。
温暖化への対応は経済の制約ではありません。
従来の発想を転換し、積極的に温暖化対策を行うことで、産業構造や社会経済の変革をもたらし、大きな成長につなげていきます。

米国務長官、下院公聴会でアフガン撤収正当化=共和党から非難噴出

2021-09-14
2021/09/14 10:49
© 時事通信 提供 13日、ワシントンで行われた米下院外交委員会の公聴会で、モニター画面越しに発言するブリンケン国務長官(AFP時事)
アフガン撤退の判断を擁護 米ブリンケン国務長官

アフガン撤退の判断を擁護 米ブリンケン国務長官 (msn.com) 

【ワシントン時事】ブリンケン米国務長官は13日、下院外交委員会の公聴会で、「米国の最も長い戦争を終わらせる時だった」と述べ、バイデン政権が断行したアフガニスタン駐留米軍撤収を正当化した。一方、野党共和党からは、米軍撤収に乗じたイスラム主義組織タリバン復権などを非難する声が噴出。アフガン撤収の政権へのダメージ回復は容易でないことが浮き彫りになった。

 共和党のマッコール下院議員は「私の人生で、タリバンへの無条件降伏を見ることになるとは思わなかった」と政権の対応を指弾。同党のシャビット議員も「不手際な撤収は米国史で最悪の外交惨事」と断じた。

 これに対しブリンケン氏は「最も悲観的な分析でも、米軍がとどまっている間にアフガン政府軍が崩壊すると予測していなかった」と述べ、早期の首都カブール陥落を予測できなかったと弁明。ただ、「われわれは幅広い緊急事態について計画し、訓練していた」と強調し、カブール陥落後の迅速な退避活動を可能にしたと主張した。 

<自由で開かれたインド太平洋の実現>

2021-09-13
Facebook 首相官邸さん曰く
<自由で開かれたインド太平洋の実現>
世界の活力の中心であり、各国の力と力が複雑にせめぎ合う地域でもあるインド太平洋では、法の支配に基づく自由で開かれた秩序の構築が極めて重要です。
米国、ASEAN、豪州、インド、欧州などと協力し、より多くの国・地域と共にその実現に取り組みます。

米中枢同時テロ、20年の鎮魂 犠牲3千人「涙は乾かない」

2021-09-12
© KYODONEWS 米中枢同時テロから20年の11日、追悼式典で国歌が流れ、胸に手を当てるバイデン米大統領夫妻(前列中央)ら。同左端からクリントン元大統領夫妻、オバマ元大統領夫妻=ニューヨーク(ゲッティ=共同)
共同通信社 2021/09/11 23:48

【ニューヨーク共同】2001年9月の米中枢同時テロから20年の11日、イスラム過激派がハイジャック機で突入したニューヨークの世界貿易センタービル跡地で追悼式典が開かれた。バイデン大統領は遺族の言葉に耳を傾け、日本人24人を含む2977人の犠牲者を悼んだ。10日のビデオ演説で米国には「復活する力」があると強調、犠牲者を思い「涙は乾かない」としながら、国民に結束を呼び掛けた。

 米国は20年間の「テロとの戦い」で、同時テロを首謀した国際テロ組織アルカイダや、過激派組織「イスラム国」(IS)を弱体化させたが、イスラム諸国の不正や貧困などテロの根は絶てなかった。

闘いの記録 (戦争と人間)

「気がかりだったのでよかった」「お幸せに」…眞子さまゆかりの人々から驚きと祝福

2021-09-01
読売新聞 2021/09/01 12:40
© 読売新聞 日本伝統工芸展で作品を鑑賞される眞子さま(2017年9月、東京都中央区で)

秋篠宮家の長女眞子(まこ)さま(29)が婚約の内定している小室圭(こむろけい)さん(29)と年内に結婚される見通しとなった。婚約が内定して4年。眞子さまのゆかりの人たちからは驚きと祝福の声があがった。

■◆工芸品に造詣

 「いろいろとニュースが続いて気がかりだったので、本当によかったです」。眞子さまが総裁を務める日本工芸会の林田英樹理事長(79)は1日、年内結婚の見通しとの報道を受け、安堵(あんど)した様子で語った。

小さな反乱・・・?

2021-09-01
毎日新聞 2021/09/01 11:43
© 毎日新聞 提供 眞子さまと小室圭さん=2017年9月3日(代表撮影)
眞子さま、小室圭さんと年内ご結婚へ 一時金受け取り辞退の可能性も

結婚が延期されていた秋篠宮家の長女眞子さま(29)が、婚約が内定している小室圭さん(29)と年内に結婚される方向で調整が進んでいることが宮内庁関係者への取材で明らかになった。婚姻届を自治体に提出するが、一般の結納にあたる「納采(のうさい)の儀」など結婚に向けた儀式は行われない見通し。小室さんは米国内で就職する方向で、眞子さまは結婚後、米国で新生活を始めるとみられる。

 皇室を離れる際に支給される一時金(最高で約1億5000万円)については受け取りを辞退する可能性もある。

 小室さんは今年5月に米ニューヨーク州のロースクールを卒業した。7月に同州の司法試験を受験し、合否は12月中旬までに判明する。宮内庁関係者によると、就職の道筋はすでについており、結婚後の生活基盤への懸念は一定程度解消したと判断されたとみられる。

 一方、小室さんをめぐっては、小室さんの母親とその元婚約者との金銭トラブルが相次いで報じられた。小室さんは2019年1月と今年4月に経緯などを説明する文書を公表したが、秋篠宮さまが納采の儀を行う前提としていた「多くの人が(結婚を)納得し、喜んでくれる状況」には必ずしもなっておらず、儀式は見送られる見込みだ。新型コロナウイルスの感染状況に配慮し、結婚式も行わない。戦後、女性皇族が儀式を行わずに結婚して皇籍を離脱したケースはない。

 国際基督教大(ICU)の同級生だった眞子さまと小室さんは17年9月3日、当時天皇だった上皇さまの裁可を得て婚約が内定した。宮内庁はその後、納采の儀を18年3月、結婚式は帝国ホテル(東京都千代田区)で同年11月に行うことなどを発表した。

 17年12月ごろから、週刊誌などで金銭トラブルに関する報道が始まり、宮内庁は18年2月、結婚を20年に延期すると明らかにした。小室さんは18年8月に米ニューヨーク州のロースクールに留学した。

 秋篠宮さまは同年11月の記者会見で、金銭トラブルを念頭に小室さん側に「相応の対応」を求め、「多くの人が納得し、喜んでくれる状況にならなければ納采の儀を行うことはできない」と述べた。

 一方、眞子さまは20年11月、文書で小室さんとの結婚を「生きていくために必要な選択」と表現するなど強い意志を改めて表明。秋篠宮さまは同月の会見で「結婚を認める」と明言し、結婚は両性の合意のみに基づくとする憲法の規定を引き合いに「本人たちがそういう気持ちであれば尊重すべきものだ」と述べていた。

 小室さんは19年1月の文書で「元婚約者の方から理解を得るよう努めたい」などと記した。今年4月の文書は28ページに及び、金銭トラブルの経緯を詳細に説明した。代理人弁護士は取材に、小室さんが元婚約者に「解決金」を渡す意向があることも明らかにした。

 眞子さまが結婚すれば上皇ご夫妻の4人の孫で初めて。内親王(天皇の子や孫にあたる女性皇族)の結婚はご夫妻の長女黒田清子さん(52)以来となる。【和田武士】

バイデン氏、イスラエル新首相と会談 対イラン政策協議

2021-08-28
朝日新聞社 2021/08/28 16:03
© 朝日新聞社 8月27日、ホワイトハウスで会談するバイデン米大統領とイスラエルのベネット首相=AP

バイデン米大統領とイスラエルのベネット首相が27日、ホワイトハウスで会談した。米国が復帰を目指すイランとの核合意について、バイデン氏は「外交を第一に取り組んでいるが、うまくいかなければ他の選択肢を準備する」と発言。イランへの強硬姿勢を取るイスラエル側に配慮をみせた。

 会談はベネット首相が6月に就任して以来初めて。26日に予定されていたが、アフガニスタンの首都カブールでの爆破テロの影響で1日延期されていた。

 バイデン氏は会談の合間、記者団に「私たちは親しい友人になった。イランに核兵器を開発させないようにするための取り組みについて話し合う」と述べた。ベネット氏は「イランは絶対に核兵器を保有することはできないという明確な言葉を、(バイデン氏から)聞けてうれしい」と話した。

 バイデン氏はトランプ前政権が離脱した核合意に復帰する意向を示している一方、ベネット氏はネタニヤフ前政権に続いてイランへの強硬姿勢を取り、米国の核合意への復帰に反対している。

 パレスチナ問題でもベネット氏は強硬派として知られる。バイデン氏と立場が異なるが、バイデン氏はイスラエルによる入植地の問題には直接言及しなかった。元駐米イスラエル大使のダニエル・アヤロン氏は「バイデン氏は、共和党と近かったネタニヤフ氏の復活ではなくベネット政権の存続を望んでいて、ベネット氏を困らせる発言はしなかった」と分析する。(ワシントン=合田禄、エルサレム=清宮涼)

北朝鮮独裁の恐怖 酔って金正恩からの電話に出られなかった長官が処刑

2021-08-27
(Photo credit should read KIRILL KUDRYAVTSEV/AFP via Getty Images)

北朝鮮最高指導者の私生活は、これまでずっと秘密にされてきた。 韓国のメディア「East Asia Daily」は、北朝鮮軍の秘密部門である「総合政治局(GPB)38」は金正日の時代から存在し、金家の邸宅や指導者の接待、宴会の開催などを管理していることに加え、2014年にその組織の担当者が金正恩からの電話を逃し怒りを買ってしまい、処刑された事を明らかにした。

東亜日報によると、北朝鮮には少なくとも30もの金一族の別荘があるという。 外部に公開されているものもあるが、ほとんどは原地の者にも知られていない秘密の施設である。

総合政治局38部が行なっている任務は旧王朝の宦官の責務に該当する。 組織責任者は中将で、金正恩氏が何か宴会を開きたいと言えば、総合政治局38部が関連事項をすべて担当する。 しかし、2014年4月、部長が突然処刑されてしまった。

事情に詳しい脱北者の証言が「東亜日報」に掲載されている。2014年4月のある夜、金正恩氏と妻の李雪主(イ・ソルジュン)氏は、お酒を飲むためにゲストハウスに行き、22時半から23時の間に家を出たという。

金正恩氏が去った直後、宴会場に集まったスタッフは、残った料理を食べた。 宴会を仕切る38部長は、「うまくいった」「失敗があったら見直そう」とスタッフを励ました。 その夜、上司は上機嫌で部下と一緒に酔っ払ってしまった。 翌朝、ゲストハウスのスタッフは、38部長が連行されて処刑されたことを知らされた。

実は、その日の明け方、金正恩氏が38部長に電話をかけたが出なかったので、無視されたと思い激怒した。そこで 彼は人を送って38部長を処刑したのだ。

38部の部長の死は、北朝鮮ではほとんど知られていない。 38部長と同じように、何も言わずに消えていった人はどの位いるのだろうか。北朝鮮ではその数を正確に数えられる者はいないだろう。

 

(翻訳 井田)

「黒い雨訴訟」の課題

2021-08-06

闘いの転機(戦いの前と後)

「最高の年」が過ぎ去ったとき–航空機の「墓場」

2021-09-18
2018年6月6日 Matthew Gaskill、ゲスト著者
引退したB-52爆撃機

第二次世界大戦の終結から1年余り後の1946年11月、RKOピクチャーズとサミュエルゴールドウィンは、1947年のアカデミー賞で7つのオスカーを受賞した映画「我等の生涯最良の年」を公開しました。


あなたがそれを見たことがないなら、あなたはそうすべきです。知らない人のために、それは3人の帰国した退役軍人と彼らが民間人の生活に戻るのに直面した困難の物語です。俳優の一人、ハロルド・ラッセルはこれまで演技をしたことがありませんでしたが、戦争で両手を失ったホーマー・パリッシュを演じて、オスカー最優秀助演男優賞を受賞しました。

大井はそれを返す:ソ連が1951年にアメリカのF-86セイバージェットを盗んだ方法

2021-09-18

朝鮮戦争中(1950年から1953年)、アメリカとその同盟国は韓国に味方し、ロシアと中国は北朝鮮に味方した。彼らの多くの武器の中で、米国は北米のF-86セイバー(セイバージェットとも呼ばれる)を持ち、北朝鮮はロシアのMIG-15を使用しました。したがって、双方は相手の飛行機について知りたがっていました。ソ連がセイバーを盗むことに決めたのはそのためです。


アメリカは1949年に第1戦闘航空団の第94戦闘飛行隊の飛行隊の一部としてF-86を使用し始めました。彼らのスイープウィングのデザインは、彼らがトランジック速度(時速600 t0 768マイルで音速を超える)を達成することを可能にし、彼らのまっすぐな翼を持つ相手がほこりに咳を残しました。

したがって、彼らはすぐに朝鮮戦争で使用された主な空対空戦闘機になりましたが、F-80やF-84のようなまっすぐな翼を持つジェット機の以前のモデルはまだ使用されていました。これは、ソ連が自分のミコヤン・グレビッチMiG-15ジェット戦闘機でセイバーに応答した1950年11月1日に変更されました。

ドイツ空軍自滅ミッション:ボーデンプラッテ作戦 – 1945年1月1日

2021-09-17
2018年4月6日コリン・フレイザー、ゲスト著者

ドイツ空軍にとって、第二次世界大戦は1945年1月1日に終わり、同盟国の空中優位に対する最後の必死の試みで終わりました。この日の後、西部と東部の戦線がベルリンに崩壊したため、ドイツの空は次の数ヶ月ですぐに失われました。


ボーデンプラッテ作戦は、アルデンヌ攻勢、またはバルジの戦い(1944年12月16日-1945年1月25日)を支持して連合軍の空軍力を損なうように設計されましたが、悪い冬の天候は最初の利用可能な日、1月1日まで操作を押し戻しました。

ボーデンプラッテ作戦のような効果的で大量の空爆のために天候が十分に改善された頃には、アルデンヌ攻勢は西側連合国によって停滞していました。そこで、このドイツ空軍の攻撃はノースウィンド作戦を支援するために変更されました。

この巨大な潜水艦工場は、

2021-09-17
2018年1月7日シャハン・ラッセル、ゲスト著者

エーリッヒ・フリードリヒ・マイケル・ラックナーは、前世紀の最も影響力のあるエンジニアの一人と考えられています。彼は革新的なタイプのコンクリート構造を開発し、世界中の多くのプロジェクトを担当しました。彼の遺産は、インロス・ラックナーAG建設会社、エリック・ラックナー財団、エリック・ラックナー賞に残っています。


しかし、Lacknerは名声を得る別の主張を持っています。彼はドイツのバレンティン潜水艦工場の現場の監督エンジニアでした。大規模な施設では、わずか20ヶ月で10,000人から12,000人の奴隷労働者が建設されました。これらの労働者は母国から連れて行かれ、現場で働くことを余儀なくされました。何千人もの人々が過大暴露、栄養失調、要約処刑で死亡したが、決して完了しなかった。

建設は1943年にレクムのブレーメン郊外のヴェーザー川沿いに始まりました。ナチスはすでにフランスのブレストにはるかに大きなUボート基地を持っていましたが、工場ではありませんでした。戦争に勝つためには、ドイツはイギリスを取り出す必要があった - アメリカ人が戦争に入るまで海上で唯一の脅威。

浅間山荘事件(1972.2)の機動隊員のヘルメット 日本軍の90式鉄兜なんですね。

2021-09-17
Facebook 鈴木真人さん曰く

真宗大谷派の取り組みについて

「全戦没者追弔法会」の和讃

2021-04-04
Facebookしんらん響流館さん曰く
1987年から「戦没者追弔会」に「全」と仏法の「法」という文字を加えて「全戦没者追弔法会」と名称を改め勤められています。

【4/2全戦没者追弔法会】

2021-04-04
Facebookしんらん交流館さん曰く
1987年から「戦没者追弔会」に「全」と仏法の「法」という文字を加えて「全戦没者追弔法会」と名称を改め勤められています。

【春の法要ライブ配信】全戦没者追弔法会(4月2日10時10分~)

2021-04-02

全戦没者追弔法会 戦争でいのちを奪われた方々を憶念し、仏が願われた「兵弋無用(軍隊も武器もいらない)」の教えから、私たちの今を問い直す法要です。
 ◆法要 10時20分~ 
【法要次第】
 出仕
 着座楽 
総礼 
伽陀 稽首天人 
登高座 
表白 
伽陀 万行之中
 御経 仏説阿弥陀経 
伽陀 直入弥陀 
下高座 
総礼 
正信偈 草四句目下(同朋唱和) 
念仏讃 淘五 三重念仏 
和讃 無明長夜の燈炬なり 次第三首 
回向 願以此功徳 
総礼 
恩徳讃 
退出楽 退出
全戦没者追弔法会   表 白
謹んで阿弥陀如来、宗祖親鸞聖人 、ならびに
三世十方の諸仏如来に申し上 げます。
 本日ここに、親しく宗祖親鸞聖人のまえに坐 すことを得て、全戦没者追弔法 会を厳修いたします。このときにあたり、一つには過去の 罪障を懴悔し、二つには現在の遇法を慶喜び、三つには将来に同朋社会の顕現を期したいと存じます。 
第一に、過去の罪障を懴悔するとは、われらの宗門が、先の悲惨な侵略戦争 に自ら荷担し、それを「聖戦」と呼び、「まったくおおせにてなきことをも、 おおせとのみもうす」罪を犯したことであります。 実に、五逆謗法の咎逃れがたく、今更あらため 全戦没者の悲しみを 憶念し、ここに真宗大谷派が無批判に戦争に荷担した罪を表明し、過去の罪障を懴悔いた します。
 第二に、現在の遇法を慶喜ぶとは、そのわれらの罪障にも拘らず、如来の本 願はその罪を私たちに知らしめ、罪に向き合い、平和への道を歩ましめるので あります。
 第三に、同朋社会の顕現を期すとは、本願念仏の教法に生きる者は「四海の 内みな兄弟とするなり」という浄土の 荘厳功徳をこの身に受け、死者と生者が 一つに出会い、国家や民族の境を超えた「同朋社会」の顕現に 向 む かって 生 い きる 者 もの となるのであります。 われら 真宗門徒、ここに 非戦平和の誓いを 表 白し、ひとえに、この身とこの世の無明の闇を 照らす仏の教えに随い、ともに生きあえる世界 への道を歩まんことを誓うものであります。 

   二〇二一年四月二日  釋修如

仏が願われた「兵弋無用(軍隊も武器もいらない)」の教え

2021-08-15
Facebook 阪下 大介さん曰く

2020 年度全戦没者追弔法会 記念講演

2021-04-02
2020 年度全戦没者追弔法会

・趣旨 日常に潜む戦争 ―不安と恐怖の中で―

 私たちの宗門は、かつて侵略戦争を「聖戦」と呼び、仏法の名のもとに多くの人々を戦 場へと送り出しました。戦争で命奪われたすべての人々、遺族のみならず、アジア諸国、 とりわけ中国、朝鮮半島の人々に、計り知れない苦痛と悲しみを強いてきました。戦争の 歴史が明らかにされる中で、私たちは被害者であると同時に、加害者としての歴史も問わ れてきたのです。だからこそ、なぜ戦争が起きるのか、社会はなぜ戦争に向かったのかと いうことを、全戦没者の悲しみの歴史に学び、戦争をくり返してきた人間の過ちを見つめ、 未来に伝えていくことを大切にしています。 この法会において、私たちは、戦争で命奪われたすべての人々の願いに耳を澄まし、日 常に潜む戦争の影を見つめ、戦争の無残さ、それを生み出す人間の深い闇を、心に刻みた いと思います。そのことにより、「国 こく 豊 ぶ ⺠安 みんあん 兵戈 ひょうが 無用 む よ う (国豊 ゆた かに⺠安 やす し。兵戈 ひょうが 用 もち いるこ となし。)」(『仏説無量寿経』)という、仏の大悲によって真実の豊かさと安らぎが与えら れるところに、兵士も武器も必要がないという教えが、具体的な現実の課題をとおして知 らされます。 いま世界は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大に震撼しています。国内においても 感染終息の目途が立たず、命を守るために感染を防ぐ努力は大切です。しかしながら、看 過してはならないのは、感染することにより世間から冷たい眼を向けられるのではないか と恐れる私たちの心や世間の風潮です。その恐れやメディアの報道などによって、私たち の心は追いつめられ、増大した不安から大衆の動向に身をゆだねることで、かりそめの安 心を得ているのではないでしょうか。 国家による戦争と、ウイルスという公衆衛生の問題は、本来、質が異なります。しかし、 不安の高まりからくる過剰な同調圧力は、戦時下と似通ったものを感じずにはいられませ ん。私たちは、不安から逃れるために、その場の空気や力関係に従うことで自分の身を守 ろうとします。そのような意識が、家族のため、みんなのため、やがては国のためにと、 「自発的に」命令に従い、「正義」の名のもとに凄惨な戦争へと向かっていったのです。 私たちは、厳しい状況の中で、⼾惑い揺れ動く心や、追いつめられて呻 うめ きをあげる一人 ひとりの小さな悲しみこそ大切にしていきたいと思います。それにより、「一切 いっさい 恐懼 く く 爲作 い さ 大安 だいあん (一切の恐懼 く く に、ために大安 だいあん を作 な さん。)」(『仏説無量寿経』)という仏の願いに応え てまいります。 このたびの法会が、非戦・平和への歩みを共につなぐ場となることを心より願います。
講師:真城 義麿氏(真宗大谷学園専務理事・元大谷高校校⻑)
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