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闘いの歴史

闘いの記録 (戦争と人間)

ロシアのウクライナ侵略

2022-06-13
ロシアのウクライナ侵略は、「軍事専門家」や「ロシア情勢に詳しい」先生方のご託宣では、露の当初目論み通りに進まず、ウクライナ軍の抵抗・結束が予想外とか。一方、先週述べた国際社会の冷徹な現実・本音は、①国際法違反の露の力による現状変更は阻止。②露による旧ソ連の失地回復意図の抑止。③しかし核保有国・露との軍事衝突は避けたい――でしょうか。
 その為①武器を含むウクライナへの援助、②露への経済等の制裁について、米を含むNATO諸国と日本等自由・民主制の国は一致しています。しかし戦場はウクライナ、闘い傷つき、避難を強いられるのもウクライナ国民なのは冷徹な国際社会の現実です。専門家のご託宣は、軍事力に勝る露がいずれウクライナを軍事的には制圧するとか。ウクライナは露に対抗する為、「ウクライナを飛行禁止空域に指定し、露の空爆を停止させる」ようNATOに要請していますが、禁止空域を無視して攻撃を続けるであろう、核保有大国露との全面戦争を避けたい米国やNATOのストルテンベルグ事務総長は要請に応じていません。
 露との陸つづきの欧州諸国としては当然の現実的判断です。となると、経済制裁がジワジワ効くまでウクライナが頑張れるか、露が軍事的に勝利しても亡命政権やゲリラ戦で対抗できるか――になります。自由と民主制の諸国が一致結束し、露に致命的な更なる経済制裁を行えるかも鍵を握っています。露経済を支える原油、天然ガス、小麦の輸入停止、不買運動です。
 経済制裁は日本を含め制裁国や世界経済にブーメランのようにはね返ってきます。食料品、電気ガス料金、ガソリン価格の高騰や景気低迷です。株式市場は既に暴落。7日の読売新聞世論調査では、対露制裁支持は80%、岸田内閣支持率は57%でしたが、制裁が更に強化された時、世論はどう動くでしょうか。遠いヨーロッパの事で暮しが大変と不満を鳴らすのか、自由と民主制、国際秩序を護る為に、ウクライナ国民の苦難を思えば耐えねばならないと思うのか。
 君主論の著者マキャベリは、「ある事を成功させるには、その事業に人々を駆りたてる何かがあるか否かだ」と述べています。その何かは対露制裁の大切さを国民に理解してもらう指導者の姿勢と言葉です。私達も我慢してこそ各国で結束できるのです。日本はロシアや中国と違い、自由に発言し自由な投票により国家の意思を決められる幸せな国であるだけに、意思決定権を持つ私達の姿勢が問われてもいるのです。


ロシアのウクライナ侵略は、日本にも考えさせられることが多いようです。国民に安心安全で幸せな日常を担保する理念・統治の仕組は、国により様々です。自由と市場経済の国、統制や計画経済の国、国民主権の民主制の国、世襲の君主制の国、民主制の衣を纏っていても反対の価値観や意見を抑えこむ独裁国家も。そのなかで各国は国益をかけ動くのが国際社会の現実です。この現実のなかで、国際秩序・平和を護る大原則は、軍事力等力で現状を変えない、他国の主権を犯さないとの国際法や国連憲章の基本原則です。
 全ての国がこの基本原則を護るとは期待できない現実をウクライナ侵略は教えています。だからこそ各国は防衛力を整備し、相互に助け合う同盟関係や安全保障条約を締結しています。日本国憲法の前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義を信頼して、我々の安全と生存を保持しようと決意…」は、冷徹な国際社会の力の現実であるウクライナ侵略、北朝鮮の核とミサイル開発、尖閣問題、竹島や北方四島の現状からは、どう考えれば良いのでしょう。
 国際紛争の当事国には自らを正当化する各々の言い分があり、プーチン大統領の暴挙にも、ロシアを対象とする軍事同盟NATOが、自国の身近に迫るのを抑止したいとの言訳が。しかし、プーチン大統領の言い分の理解と暴挙への理解は違うのです。ウクライナはNATO加盟国ではありませんが、ロシアの苛立ちがウクライナを戦場にし、ウクライナ国民に犠牲を背負わせています。武器を含めた援助や各種制裁も大切ですが、ウクライナの平和と安全を保障する為、米国と欧州がロシアとの交渉の前面に直接出て、NATOとロシアの相互譲歩の交渉・合意は出来なかったのでしょうか。ゼレンスキー大統領の姿勢、ウクライナ国民のけな気さが心を打つだけに、国際社会の冷徹な現実を感じます。
 核保有の軍事大国が力による現状変更を強行した時、核保有国同士の争いを覚悟のうえで、当事国(今回はウクライナ)を他国が前面に出て助けるでしょうか。日本は世界三位の経済大国であり、日米安保条約による米国の同盟国ですが、それでも米バイデン大統領の今回の発言や米国世論を見ると、どうでしょう。防衛力増強や核の共同管理(米国の核の国内配備と共同運用)について、観念的・感情的に主張、反対する前に、まず安穏な日常を当り前とせず、冷徹な国際社会のなかで祖国・日本がどうあるべきかの国民的議論の時だと思うのです。

北米インディアン最後の戦死ジェロニモ、屈辱と無念の生涯を終える

2022-06-09

Facebook 佐々木 信雄さん曰く


【06.ジェロニモの死】
*1909.2.17/米 
北米インディアン最後の戦死ジェロニモ、屈辱と無念の生涯を終える
 白人に対するアメリカ・インディアンの、最後の組織的抵抗を指導したアパッチ族戦士ジェロニモが、オクラホマのシル砦で虜囚として79歳で死去した。
 ジェロニモは誤解されるような「酋長」ではなく、シャーマンであり勇猛な戦士の一人であった。彼は、家族を皆殺しにされると復讐に立ち上がり、アパッチ族の戦士たちは、彼個人を慕って尊敬し戦ったのであった。
 山岳ゲリラ戦にたけたジェロニモたちは、白人入植者やアメリカ軍を恐れさせたが、偽の和睦提案に騙され、1886年投降して捕縛される。以後20年間、虜囚として幽閉され、故郷アリゾナのメキシコ国境へ帰りたいという願いもかなえられず、シル砦で屈辱のうちにその一生を閉じた。
 子供の頃、インディアンといえばアパッチ族で、英雄ジェロニモという図式でインプットされた。当時の西部劇では、インディアンは悪者と決まってたが、ジェロニモだけは英雄として尊重された存在だった。TV映画ライフルマンでなじみのチャック・コナーズがジェロニモを演じている。「酋長」は邦題が勝手に付けたもので、このあたりからジェロニモ酋長という誤解が発生したのかも。

連続ピストル射殺犯人 永山則夫逮捕

2022-06-06
Facebook 佐々木 信雄  さん曰く

【20th Century Chronicle 1969(s44)年】-2
◎連続ピストル射殺犯人 永山則夫逮捕
*1969.4.7/ 連続ピストル射殺事件の永山則夫が逮捕される。
 永山則夫連続射殺事件は、1968年10月から11月にかけての1ヵ月たらずの間に、東京ほかの4都市で連続して発生した拳銃による殺人事件である。永山則夫が在日アメリカ海軍横須賀海軍施設から盗んだ拳銃を使い、男性4人(警備員2人・タクシー運転手2人)を相次いで射殺し、そのあと東京に潜伏し、翌4月7日、別の侵入事件を起こし逮捕されるまで、半年にわたって逃げていた。
 裁判では、犯行時19歳の「少年」であったこと、貧窮の境遇での生い立ちの過酷さ、獄中での改心や文筆活動に基づく情状配慮など、その判決は死刑・無期・死刑と二転三転する。最高裁は二審の無期判決を破棄、差し戻す際に「永山基準」なるものを示した。
 死刑判決の適用に際して考慮すべき基準を示したものであるが、その基準は9項目に及び、しかも具体的な数値(たとえば殺人人数等)は示されていない。しかし殺人の数が複数でないこと、犯行時少年であったことなどが、死刑を回避する理由として挙げられ、そのさいに永山基準が持ち出されることが多い。
 死刑廃止論や少年犯罪者への配慮などの議論で、いずれの立場からも永山基準に言及されることも多い。永山基準が実質的な死刑への判例とみなされている所以である。なお、死刑執行反対の多くの支援者にもかかわらず、1997(h9)年8月、永山は死刑執行された。
(この年の出来事)
*1969.9.5/ 日比谷公会堂で、全国全共闘連合の結成大会が開かれる。
*1969.10.21/ 国際反戦デーで、社会党・共産党・総評の統一行動が全国で行われる。反日共系各派は、東京・大阪などで、烈しいゲリラ活動を展開、約1,500名が逮捕される。
*1969.10.29/ 発癌性の疑いで、厚生省は合成甘味料チクロの使用を禁止する。

ライフル魔

2022-06-02

Facebook 佐々木 信雄さん曰く


【20th Century Chronicle 1968(s43)年】-3
 

◎金嬉老 人質籠城事件
*1968.2.20/ 清水市で2人を射殺した金嬉老が、寸又峡温泉で人質を取って籠城する。
 

 金銭トラブルから暴力団員2名を射殺した金は、猟銃とダイナマイトで武装して、寸又峡温泉の旅館に人質13人をとって籠城した。マスコミのインタビューに対応するなど傍若無人に振る舞った金は、在日韓国人二世として受けた差別などを訴えたため、事件は複雑な様相を示した。

 結局、88時間に及ぶ籠城のあと逮捕されるが、平気でライフルを撃ち放ち、マスコミを呼び寄せインタビューに答えたりして、それをテレビなどが逐一放映した。いわゆる「劇場型犯罪」の最初のケースとされる。本来は暴発的な暴力事件にも拘らず、金が在日差別問題にからめたため、警察や逮捕後の刑務所などでも、必要以上に慎重に取扱うという問題も残された。
 

(この年の出来事)
*1968.1.30/ 南ベトナム全土で解放勢力が大攻勢、テト攻勢を開始する。
*1968.3.9/ 神通川流域のイタイイタイ病患者28人が、三井金属鉱業を相手に損害賠償訴訟を起こす。
*1968.7.1/ 核拡散防止条約がワシントン・モスクワ・ロンドンで調印される。(日本は1970.2.3に調印)
*1968.10.12/ 第19回オリンピック メキシコ大会が開催される。

日本赤軍元幹部の出所風景に「愕然とした」 イスラエル大使が怒り「理性あれば祝福できない」

2022-06-02
© J-CASTニュース
J-CASTニュース 2022/06/02 15:39

日本赤軍の元幹部らが久々に公の場に姿を現したことが一部で温かく受け止められているとして、イスラエルのギラッド・コーヘン駐日大使が2022年5月31日、ツイッターで「愕然としました」と憤った。5月28日に重信房子元最高幹部(76)が20年にわたる服役を終えて出所し、30日に岡本公三容疑者(74)が逃亡先のレバノンで開かれた集会に姿を見せたことへの反応だ。5月30日は、1972年にイスラエル・テルアビブのロッド空港(現ベングリオン空港)で起きた乱射事件から丸50年にあたる節目の日だ。岡本容疑者は実行犯のひとりで、コーヘン氏は「理性ある人なら、26人の罪のない民間人の殺害に関与した人々への支援を表明し、祝福することはできないはず」だと訴えた。

パレスチナ側、重信元最高幹部は「生涯の同志」

コーヘン氏のツイートでは、重信元最高幹部や岡本容疑者の動向を伝えるツイートを貼り付け、

(以下引用)「1972年にロッド空港で発生した乱射事件から50年を記念する集会に参加した岡本公三容疑者、および先週末出所した重信房子元最高幹部が温かく迎えられる姿を見て愕然としました」(以上引用)と書き込んだ。貼り付けられたツイートのひとつが「パレスチナ青年運動」(PYM)のものだ。そこでは「重信房子がついに自由の身に」とうたい、重信元最高幹部を「日本の自由の戦士」で「パレスチナ人と闘争の生涯の同志」だとたたえている。

コーヘン氏は、乱射事件の現場写真つきで

(以下引用)「理性ある人なら、26人の罪のない民間人の殺害に関与した人々への支援を表明し、祝福することはできないはずです。そしてそれは、事件から50年が経過した現在でも同様です」(以上引用)とも書き込んだ。

岡本容疑者出席の集会は

「テロ組織のメンバーであり、罪なき命を奪った4人の日本人を記念」

さらに、イスラエルの国会議員が、第二次世界大戦時にユダヤ人難民を救った日本人に感謝状を贈ったエピソードと、岡本容疑者が出席した集会が「パレスチナのテロ組織のメンバーであり、罪なき命を奪った4人の日本人を記念して開催」されたことを対比しながら、次のように主張した。

(以下引用)「もしもどういった道徳的価値観を重視すべきか迷うときには、どちらの側が平和を重んじて命を救う行為を敬い、どちらの側が戦争と暴力、そして命を奪う行為を敬うのかを思い出してください」(以上引用)

国内の一部には、コーヘン氏と問題意識を共有する論調もある。例えば産経新聞は5月31日付紙面の社説にあたる「主張」の欄で、「彼女はヒロインではない」の見出しで重信元最高幹部の出所を取り上げている。そこでは、

(以下引用)「いわゆる全共闘世代には郷愁を誘われる存在なのだろう。出所を扱う多くのニュースが『時代の象徴の生還』といった趣で報じた」(以上引用)と指摘しながら(以下引用)「彼女は決して時代のヒロインではない。改めて彼女が率いたテロリスト集団による、血塗られた凄惨な歴史を記憶すべきである」(以上引用)と断じている。

(J-CASTニュース編集部 工藤博司)

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