本文へ移動

闘いの歴史

データベース

Facebook 闘諍堅固

2021-04-09
とうじょう‐けんご 【闘諍堅固】 〘名〙 仏語。
五種ある堅固のうちの第五。または、五五百年(ごごひゃくねん)の一つ。仏滅後第五の五百年で、諸僧が互に自説の優位を主張し、争うことが多く、邪見のみにて仏法が姿をかくしてしまう時をいう。

「全戦没者追弔法会」の和讃

2021-04-04
Facebookしんらん響流館さん曰く
1987年から「戦没者追弔会」に「全」と仏法の「法」という文字を加えて「全戦没者追弔法会」と名称を改め勤められています。

闘いの記録

1960年

2021-04-18
○12月「池田内閣 所得倍増計画決定」
  安保強行突破の責任をとって岸内閣は総辞職、代って内閣を組織した池田隼人首相は、政治色を払拭するため「所得倍増計画」を発表した。
10年間で国民所得を倍増させるというものであったが、実際には6年で達成され、10年後には4倍に成っていた。「貧乏人は麦飯を食え」とか「私はウソを申しません」とか、何かと話題を呼ぶ発言の多い首相であった。 
Facebook佐々木信雄さん曰く

1960年

2021-04-18
○10月「浅沼社会党委員長 暗殺される」
  日比谷公会堂で行われた党首演説会の壇上で、野党第一党の社会党党首 浅沼委員長が、18歳の右翼少年に刺殺されるという事件が起った。
これは戦後最大の政治テロと言われ、公衆の面前で刺されるショッキングなシーンは、テレビの映像ニュースでも何度も流された。 
Facebook佐々木信雄さん曰く

1960年

2021-04-18
○6月「安保反対全学連デモ 国会構内に突入」「樺美智子さん デモの最中に死亡」
  6月15日 安保阻止最大のデモが国会に突入し、防衛する警察機動隊・右翼団体・暴力団等と衝突、この混乱のさ中で東大生樺美智子が圧死する事故が起った。
この数日後、安保條約は参議院の議決のないまま自然成立した。10万規模のデモを官邸から見下ろした岸首相は「後楽園球場には平和な民衆が五万と居る」とつぶやいたとか。
Facebook佐々木信雄さん曰く

こうして北朝鮮の金正恩は、世界で最も恐ろしい独裁者になった

2021-04-17
幼少期は、普通の子どものように自宅で暮らしていた。

20世紀の独裁者たち、その存命の子孫たちは今?

2021-04-17

20世紀を代表する残虐な独裁者たちは、永遠にその名を歴史に残した。一方で、彼らの子孫たちについてはあまり知られていない。

ベニート・ムッソリーニ、ヨシフ・スターリン、ポル・ポトなど、悪名高き彼らにも、存命の子孫がいる。政治家になった者もいれば、芸術の道を選んだ者もいる。比較的ひっそりと暮らす者もいる。

無慈悲な独裁者たちの子孫たちが、現在どんな人生を歩んでいるのか、紹介しよう。

世界を揺るがした女たち ~独裁者の妻~


アジアンドキュメンタリーズ配信「女王イメルダ ―政界の果てしない闇―」予告編【日本初公開】

闘いの転機

◎「STAP細胞」疑惑

2021-04-15
Facebok 佐々木信雄さん曰く STAP論文はほぼ全て否定されたと結論づけた。
【21th Century Chronicle 2014(h26)年】
◎「STAP細胞」疑惑
*2014.4.1/ 理研が「STAP細胞の論文でデータのねつ造と改竄」とする調査結果を発表する。
 2014(h26)年1月、「STAP細胞」を、小保方晴子(理化学研究所)と笹井芳樹(理化学研究所)らが、チャールズ・バカンティ(ハーバード・メディカルスクール)や若山照彦(山梨大学)と共同で発見したとして、論文2本を学術雑誌ネイチャーに発表した。発表当初、画期的な成果として注目を集め、小保方が若い女性研究者であることもあって、科学界以外の一般世間でも大きな話題となった。
 しかし、論文発表直後から様々な疑義や不正があるとの指摘が相次ぎ、理研などで調査を進めていた。2014(h26)年4月1日、理化学研究所は研究論文の疑義に関する調査最終報告を公表し、論文に掲載された実験画像の2項目について不正があると認定した。4月9日には、小保方が記者会見「STAP細胞はあります」と主張したが、画像や解析結果の疑義には反駁できず、7月2日にネイチャーに投稿された論文は撤回に追い込まれた。
 さらに、8月6日には論文の著者の1人で、小保方をサポートした理研の笹井芳樹副センター長が自殺し、社会的な騒動にまで発展していった。その後も検証実験を続けていた理化学研究所は、同年12月19日に「STAP現象の確認に至らなかった」と報告し、実験打ち切りを発表する。同25日に調査委員会によって提出された調査報告書では、STAP細胞とされるサンプルは、すべて「ES細胞」の混入によって説明できるとし、STAP論文はほぼ全て否定されたと結論づけた。
 「STAP細胞」とは、「刺激惹起性多能性獲得 "Stimulus-Triggered Acquisition of Pluripotency" 細胞」のことで、その英語の頭文字から取った略称である。動物の分化した細胞に、弱酸性溶液に浸すなどの外的刺激を与えて、再び分化する能力を獲得(リプログラミング)させたとして発表された細胞である。
 ヒトなど高等生物の細胞は、たった一つの受精卵から、様々な機能の細胞に分化していく。しかしその逆に、分化した細胞組織が、未分化な「多能性細胞(万能細胞)」にもどることはない。もしこのような多能性細胞に戻すこと(リプログラミング)ができれば、それから体のさまざまな細胞に分化誘導できるため、再生医療の可能性が飛躍的に拡大される。
 この "万能細胞"と呼称される代表的なものには、細胞分裂を始めた受精卵から生じた胚盤から得られる「ES細胞(胚性幹細胞)」がある。しかしES細胞を得るためには、受精卵から発生が進んだ「胚盤胞」を取り出す必要があり、これは生命の萌芽として、ヒトの細胞の場合、倫理問題の対象となるとともに、移植する場合の拒絶反応の問題もある。
 2007(h19)年11月、京都大学の山中伸弥らは、ヒトの大人の体細胞に4種類の遺伝子を導入することで、ES細胞に似た人工多能性幹細胞(iPS細胞)の作製に成功した。この「iPS細胞」は、ES細胞の作製時における倫理的問題や拒絶反応の問題を一挙に解決できるため、ES細胞に代わる細胞として大きな注目と期待を集めている。
 ただ、iPS細胞は、その作成段階で一部癌遺伝子の注入が行われるので、その腫瘍化の危険をクリアする必要があるのと、その作成にかかわる多くの時間と費用という問題が残されている。だが、これらは多くの研究者が分担して関わることで、順次解消され、着々と実用化に向けて進められている。
 そこへSTAP細胞が発表され、遺伝子の導入などによらず、簡単な外的刺激(細胞を弱酸性溶液に短時間浸す、など)を与えることのみで実現できると話題を呼んだ。従来、動物細胞の分化した状態を無効にして初期化(リプログラミング)し、万能細胞にすることはできないとされていたため、STAP細胞の発見は生命科学の常識を覆す大発見とされた。
 しかし、論文の不正引用など様々な疑惑が指摘され、各方面で徹底検証や再現実験が為された結果、STAP細胞は再現されないと結論付けられた。小保方は今でもそれを認めていないようだが、STAP細胞の存在は全否定され、理化学研究所は事実上の懲戒解雇となり、早稲田大学における博士号は、学位論文の形式上の不正などを理由に学位取り消しとされ、事実上の研究者生命は絶たれた。
 しかしながら、何がこのような騒動を引き起こしたかは、解明されないまま幕引きされた。学生時代のエピソードなどから、小保方氏の虚言癖が指摘されているが、実験結果を意図的に捏造したのか、氏自身は実現したと思い込んでいるのかは不明である。また、STAP細胞の発表を大々的にプロデュースしたあと、トカゲの尻尾切りをした理研や、その研究と論文に関わった研究者の責任は問われないままに終わった。
(この年の出来事)
*2014.3.18/ ロシアが、ウクライナ領だったクリミアを併合する。
*2014.6.29/ イスラム過激派組織ISが、国家樹立を宣言する。
*2014.7.27/ 長崎佐世保で、高1女子生徒が同級生を殺害する。

◎金正男殺害

2021-04-15
Facebook 佐々木信雄さん曰く 2017年2月13日、マレーシアのクアラルンプール国際空港で、北朝鮮の第2代最高指導者故金正日の長男金正男が暗殺された。
*2017.9.3/ 秋篠宮ご夫妻の長女 眞子さまと小室圭さんの婚約が内定する。
【21th Century Chronicle 2017(h29)年】
◎金正男殺害
*2017.2.13/ 金正日の長男 金正男(キム・ジョンナム)が殺害される。
 2017年2月13日、マレーシアのクアラルンプール国際空港で、北朝鮮の第2代最高指導者故金正日の長男金正男が暗殺された。金正男は当時、中国のマカオに滞在して活動しており、この時はマカオ行きのエアアジア便(午前10時50分発)に搭乗するため、クアラルンプール国際空港にやって来たところだった。
 2月13日午前9時00分頃、自動チェックイン機の前に立っていた金正男は、突然2人の女性から襲撃され、猛毒の神経剤「VX」を顔に塗られたとされる。金正男は攻撃を受けた後、空港の受付スタッフに状況を説明し、その後、自ら歩いてメディカル・クリニックに向かい、治療を受けた。金正男はクリニックに入って間も無く、痙攣を起こして意識を失い、その後救急車で専門病院に運ばれる途中で、心肺停止となり死亡が確認された。
 2017年2月15日、マレーシア警察は実行犯として、ベトナム人の28歳女性を逮捕し、翌日にはインドネシア人の25歳女性が逮捕された。2人の供述によると、他の4人の男と共に旅行中で、「いたずら」の撮影だとして、金正男とは知らされず、4人の男たちから液体をかけるように指示されたという。2月19日、マレーシア警察は暗殺事件の容疑者として、4人の北朝鮮人男性を指名手配したが、彼らはすでに北朝鮮の平壌に帰還したもようであった。
 ベトナム国籍とインドネシア国籍の2人の女性は殺人罪で起訴されたが、弁護団によると、2人は北朝鮮の工作員にだまされて、テレビ番組の企画のいたずらだと思い込まされて実行に及んだと主張し、その後のマレーシアでの裁判では、2人は殺人罪には処せられず、後日帰国した。
 北朝鮮当局は事件への関与を一切否定しているが、マレーシア当局は事件当日にマレーシアを出国した北朝鮮国籍の男4人が事件に関与したと発表し、北朝鮮側の工作員による組織的な犯行であり、金正男は異母弟の金正恩の指示により暗殺されたといわれている。
 「金正男」は金正日の長男であり、後継者候補であるとされてきたが、金正男は、父親金正日の略奪愛である成蕙琳が産んだ子であり、祖父金日成にはその存在自体も秘されていたた存在で、後継に選ばれることはなかった。一方、後継者となった「金正恩」は、在日朝鮮人二世の高容姫の子であるため正統性は無いが、金正日が最も寵愛した愛人の子として、母親が在日だったことを秘匿して、生前の金正日が後継者に選んだ。
 金正男はマカオなど北朝鮮の外に拠点を置いて、政治にも後継にも興味はないと語り、父正日が正恩を寵愛しているから、その決断に従うとの意思を示していた。それでも正恩による暗殺を恐れ、北には帰らず中国政府に身辺擁護を依頼するぐらいで、金正恩が後継に就任してからも、絶対恭順の意思を通知していた。
 そうとはいえ長男の金正男の存在は、金正恩にとって潜在的脅威であるし、海外を自由に行き来し、自由主義国にも理解を示す正男は目の上の瘤のような存在だっただろう。さらには、正日の義弟でナンバーツーと言われた張成沢が、正男を担ごうとしたという噂もあり、それが張成沢を粛正した理由だとも言われる。また、この後継者問題が正男の暗殺につながったという見方もある。
 事件の現場となったマレーシアは、北朝鮮と国交を維持し、北朝鮮人のビザなし渡航を許可している数少ない友好国だった。その分、北の工作員も簡単に出入りできたわけで、正男にとっては身の危険を注意しなければならない国でもあった。事件後、マレーシア当局は、ビザなし渡航制度の廃止や、駐マレーシア北朝鮮大使をペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物)指定し、平壌のマレーシア大使館を閉鎖するといった対抗措置をとった。
(この年の出来事)
*2017.4.14/ 千葉の小3女児殺害事件で、保護者会会長を務めていた男が逮捕される。
*2017.9.3/ 秋篠宮ご夫妻の長女 眞子さまと小室圭さんの婚約が内定する。
*2017.10.31/ 神奈川 座間のアパートで切断9遺体が発見され、アパート住民の男が逮捕される。

本題は、伊勢志摩サミットですが・・・。

2021-04-15
Facebook佐々木信雄さん曰く バラク・オバマ 合衆国大統領がキャロライン・ケネディ駐日大使などを伴い、広島平和記念公園を訪問
広島平和記念資料館を視察後、慰霊碑に献花し、「核兵器のない世界」に向けた所感を述べた。
G7の行事以外では、会議終了後の2016(h28)年5月27日、バラク・オバマ 合衆国大統領がキャロライン・ケネディ駐日大使などを伴い、広島平和記念公園を訪問し、広島平和記念資料館を視察後、慰霊碑に献花し、「核兵器のない世界」に向けた所感を述べた。原爆投下のアメリカ大統領が原爆慰霊碑を訪れるのは初めてであるが、この年で政権を降りるオバマだからこそ可能になったのだろう。

帝国海軍最後の観艦式 紀元2600年特別観艦式

2021-04-15

紀元二千六百年特別観艦式

https://youtu.be/NJE8JoOnPXw
東亜の天地に雄渾(ゆうこん)極まりなく、金鵄(きんし)の栄光、燦(さん)として輝く紀元2600年記念観兵式は、秋冷澄み渡る10月21日、かしこくも大元帥陛下の親臨を仰ぎ奉り、代々木練兵場において、いと厳かに挙行され、諸兵指揮官朝香大将宮殿下、御指揮の5万の精鋭、林のごとく整列。大元帥陛下には、御愛馬白雪に召され、燦然(さんぜん)と輝く天皇旗を御先頭に、粛々と皇軍精鋭の威容を見そなわせ賜いました。 
御閲兵を終えさせ賜いし大元帥陛下には、御馬上の御英姿も神々しく、玉座に立たせ賜えば、諸兵指揮官浅香大将宮殿下の御指揮刀一閃。ここに豪快なる分列式は開始。
参加諸部隊は力強く大地を蹴立て、御馬前を進みに進む。
このとき空には菅原部隊長総指揮の陸の荒鷲500余機。青空を切って式場に飛来。隊形整然、空中分列を行い、空陸呼応して立体戦の威容を展開しました。
 さらに地軸を揺るがす戦車・砲車、各種機械化部隊、野砲騎兵輜重各部隊の分列と、厳として揺るがぬ皇軍の雄姿は続く。
 かくて分列式を終わって11時34分。浅香大将宮殿下をはじめ奉り、東條、杉山、山田3長官ら、玉座の御前、所定の位置に進めば、かしこくも陛下には、玉音朗々と優渥(ゆうあく)なる勅語を賜い、全将兵の感激はここに極まり、聖旨に沿い奉らんことを固く固く誓いました。 
たくましき鉄(くろがね)の轟音(ごうおん)、都大路を圧し、我等(われら)が機械化部隊は進む。観兵式終了後、岩仲少将指揮のもとに、式場の感激をそのままに堂々、帝都大行進を開始。
豪壮にしてまた絢爛(けんらん)なる軍国絵巻を繰り広げました。


https://youtu.be/4Lhm_-7joNM

1940年に行われた観艦式は日本国史上最大の規模であり、艦艇数は100隻を超える。
しかし、太平洋戦争により数年にして参加艦艇のほとんどが失われた。

硫黄島総指揮官 栗林忠道・陸軍大将 (新藤義孝元総務大臣の祖父)

2021-04-12
Facebook 内田 忠行さん曰く
TOPへ戻る