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ちょっといい話

データベース

真宗聖典検索 Web site

2020-04-22
東本願寺出版発行の『真宗聖典』(初版)に収載されている聖教の本文の検索を行うことができます。
このサイトは、宗祖親鸞聖人御誕生八百五十年・立教開宗八百年慶讃事業の一つとして聖教編纂室にて取り組み、開設したサイトです。東本願寺出版発行の『真宗聖典』(初版)に収載されている聖教の本文の検索を行うことができます。使用方法については、このサイトについてをご覧ください。

このサイトについて | 真宗聖典検索 Web site (higashihonganji.or.jp) 

Facebook 大谷派における学事の潮流

2020-05-05

真宗聖典(S_JIS 版)検索システム--- 生まれた意義と生きる喜びを見つけよう! ---

2020-04-22
真宗聖典(S_JIS 版 msearch)検索エンジン

 

『浄土真宗聖典』オンライン検索 浄土真宗聖典・検索システム | 原典版

2020-04-22

聖典電子研究会

2020-04-22

今、私達に出来る事

【Shows at Home】民衆の歌 / Do You Hear The People Sing ? - Les Miserables -

2020-07-30

民衆の歌 The People's Song 「レ・ミゼラブル」より 


https://www.youtube.com/watch?v=MNIyjmd-LwI

◆ジャン・バルジャン/吉原光夫  
◆ジャベール/伊礼彼方
◆ファンテーヌ/濱田めぐみ    
◆エポニーヌ/昆 夏美
◆マリウス/海宝直人       
◆コゼット/生田絵梨花
◆アンジョルラス/小野田龍之介
◆テナルディエ/駒田 一・斎藤 司 
◆マダム・テナルディエ/森公美子
◆コンブフェール/中井智彦 
◆クールフェラック/持木悠
 ◆フイイ/杉浦奎介

非常事態宣言が解除されました。

2020-06-02

非常事態宣言が解除されました。

2020-06-02

東京五輪「中止検討せざるを得ない」組織委顧問の千玄室氏 現状での開催に危機感

2020-06-01
延期された東京五輪・パラリンピックへの思いを語る千玄室前家元(京都市上京区)

新型コロナウイルスの感染拡大で1年延期された東京五輪・パラリンピックについて、大会組織委員会の顧問を務める茶道裏千家の千玄室前家元(97)が、京都新聞社の取材に応じた。千氏は「来年までに世界各国で収束しないと準備ができない」と話し、現状での五輪開催に危機感を示した。

 延期が発表された3月24日、安倍晋三首相と国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長は、中止はないと確認。一方で、組織委員会の森喜朗会長は、再延期は「絶対ない」との見方を示し、バッハ会長も今月、英BBC放送のインタビューで、来年開催されなかった場合、中止となる見通しを示している。



https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/263872?fbclid=IwAR0TSMWXC_ZhLFj9e23wDePy029e2OZhPYp_vf4dE9zdsrDcZ4nhIuDg-HY

関西でも宣言解除

2020-05-23
京都新聞 社説

社説:京都も宣言解除 油断せず冷静に行動を

  京都、大阪、兵庫の近畿3府県に発令されていた新型コロナウイルス特措法に基づく緊急事態宣言が解除された。
  基本的対処方針で定められた解除基準の新規感染者数が抑えられ、医療提供体制やモニタリング体制も十分だと政府が判断した。
  安倍晋三首相が宣言の対象地域を全都道府県に拡大したのは4月16日。それから1カ月余り、京都のまちからもすっかりにぎわいが消えた。
解除は、感染拡大や医療崩壊を防ぐために多くの府民が休業や外出自粛などに真摯(しんし)に取り組んだ結果であり、朗報には違いない。
  だがウイルスが消滅したわけではなく、対策は長期化を覚悟する必要がある。安易に以前の生活に戻るのではなく、第2波、第3波への備えも強固にしなくてはならない。
  踏まえておきたいのは、このウイルスについて不明な点がまだ多いということだ。国内感染者数の実態すらはっきりしない。
  爆発的に感染が広がった欧米などと比べると抑えられているように見えるが、理由は分からない。
  政府が実情把握を急ぐべきなのは言うまでもない。そうした中で私たちに求められるのは過剰な楽観や悲観ではなく、まずは冷静な行動だろう。
  「新しい生活様式」も参考にしながら、密閉・密集・密接の「3密」を避ける取り組みを続ける必要がある。「正しく恐れる」ということを改めて思い起こしたい。     政府の宣言解除を受け、京都府はライブハウスなどの施設を除き、休業要請を解除することを決めた。独自の緩和基準を設けて今月16日から一部解除していた。
   政府は軽症者が療養する民間宿泊施設の借り上げなど医療体制強化に取り組んだ。授業再開に向けた環境整備など大学と学生の支援にも乗り出している。
 ただ観光や雇用といった面で、さまざまな困難が顕在化するのはむしろこれからだ。実情に応じて取り組みを柔軟に見直し、必要な対策を追加することが欠かせない。
 休業要請とともに中小企業に20万円、個人事業主に10万円を給付する支援策を打ち出したが、大阪府や東京都の支援とは金額的に大きな差がある。
 政府に対する緊急提言として、全国知事会は自治体向けの臨時交付金を最低でも総額3兆円とするよう増額を求めている。こうした動きとも歩調を合わせ、財源確保に努めるべきだ。

コロナ情報について

コロナに思う♯14 田中耕一氏 02年ノーベル化学賞 島津製作所

2020-05-11

内田樹の研究室   Facebook 桑門 超さんのシェアより  

2020-05-03
『隣組と攻撃性』 市民たちの相互監視が始まっている。

市民たちの相互監視が始まっている。

 GWの外出自粛を受けて、県外の車を煽ったり、傷をつけたりする事例が出ている。休業要請に従わず開業している店舗に落書きをしたり、備品に傷をつけたりする人も出て来た。
「こういうこと」ができるのは、「そういうことをしても許される社会的な空気」を彼らが感知しているからである。いまなら「そういうこと」をしても処罰されない、少なくとも「私は市民として当然の怒りに駆られたやったのだ」という自己正当化ができると知ると「そういうこと」をする人たちがいる。
 私はそういう人たちをこれまで何度も見て来た。前にも書いたが今度も繰り返す。
 私たちの社会は「自分がふるう暴力が正当化できると思うと、攻撃性を抑制できない人間」を一定数含んでいる。彼らがそのような人間であるのは、彼らの責任ではない。一種の病気である。
 人間は「今なら何をしても処罰されない」という条件を与えられたときにどのようにふるまうかで正味の人間性が知れる。これは私の経験的確信である。前に嫌韓言説について書いたときに私はこう書いた。読んだことがある人もいると思うが、大切なことなので再録する。

 嫌韓言説の一番奥にあるほんとうの動機は「おのれの反社会的な攻撃性・暴力性を解発して、誰かを深く傷つけたい」という本源的な攻撃性である。「ふだんなら決して許されないふるまいが今だけは許される」という条件を与えられると、いきなり暴力的・破壊的になってしまう人間がこの世の中には一定数いる。ふだんは法律や常識や人の目や「お天道さま」の監視を意識して、抑制しているけれども、ある種の「無法状態」に置かれると、暴力性を発動することを抑制できない人間がいる。
 私たちの親の世代の戦中派の人々は戦争のときにそれを知った。ふだんは気のいいおじさんや内気な若者が「今は何をしても処罰されない」という環境に投じられると、略奪し、強姦し、殺すことをためらわないという実例を見たのである。戦中派の人たちは、人間は時にとてつもなく暴力的で残酷になれるということを経験的に知っていた。
 私も60年代の終わりから70年代の初めに、はるかに小さなスケールだが似たことを経験したことがある。大学当局の管理が及ばない、あるいは警察が入ってこないという保証があるときに、一部の学生たちがどれほど破壊的・暴力的になれるのか、私はこの目で見た。
 最初は三里塚の空港反対闘争に参加したときに、学生たちが無賃乗車したのを見たことである。数百人が一気に改札口を通ったのだから、駅員には阻止しようがない。切符を買っていた私が驚いていたら、年長の活動家が笑いながら、「資本主義企業だから階級的鉄槌を下されて当然だ」という政治的言い訳を口にした。
 しかし、降りた千葉の小さな駅で、屋台のおでん屋のおでんを学生たちが勝手に食べ出したのには驚いた。「やめろよ」と私は制止したが、学生たちはげらげら笑って立ち去った。おでん屋は別に鉄槌を下すべき資本家ではない。ただの貧しい労働者である。その生計を脅かす権利は誰にもない。でも、学生たちは「衆を恃んで」別に食べたくもないおでんを盗んだ。今なら盗みをしても処罰されないという条件が与えられると、盗む人間がいる。それもたくさんいる、ということをそのとき知った。
 学生運動の渦中で多くの者が傷つき、殺されたが、手を下した学生たちにも、その人を傷つけなければならない特段の事情があったわけではない。ただ、政治的な大義名分(「反革命に鉄槌を下す」)があり、今なら処罰されないという保証があったので、見知らぬ学生の頭を鉄パイプで殴りつけたり、太ももに五寸釘を打ち込んだりしたのである。その学生たちはそののち大学を出て、ふつうのサラリーマンになった。今ごろはもう年金生活者だろう。
 私はこういう人たちを心底「怖い」と思っている。こういう人たちを「大義名分があり、何をしても処罰されない」という環境に決して置くべきではないと思っている。だから、できるだけ法律や常識や世間の目が働いていて、「何をしても処罰されない」という環境が出現しないように久しく気配りしてきたのである。(ここまで)

 いま、コロナウィルスの感染が広がる中で、行政が明確な休業指令を出さず、民間の「自粛」の委ねてしまったせいで、「自粛に従わないものには市民が処罰を下してもよい」という口実で暴力行使の正当化をする人たちが出て来た。
 これは嫌韓言説に乗じて、市民生活の中では決して許容されないような卑劣で醜悪な攻撃性を発揮していた人たちと「同類」の人々である。「自粛」というあいまいな行政指導は市民たちの相互監視を督励する。そして、それは単なる監視にとどまらず、「自粛しない市民を攻撃しても処罰されない」という心証をかたちづくった。
 彼らはちゃんと法律が機能し、常識が有効であり、「世間の目」が光っているときなら、そんなことはしない人たちである。でも、少しでもその規制が緩むと、自分の中の攻撃性を抑制することができなくなる。
 そのことは例えばSNSで激しい攻撃的な言葉を書き送る人たちの多くが匿名であることから知れる。彼らは「自分が誰であるかを特定される気づかいがない時・自分の言動が処罰されない保証があると知れると、過剰に暴力的になる人間」である。そして、たぶん彼らは「あらゆる人間はそうだ」と思っている。でも、それは違う。世の中には、「自分が誰であるかを特定される気づかいがない時・処罰されるリスクがない時」でも、「お天道様」が見ているという自制を失わず、常識的に、ジェントルに、節度をもってふるまう人がいるからである。この人たちは「あらゆる人間が自分と同じだ」とはたぶん思っていない。でも、自分はそういう人間であり続けようと思っている。
 この二種類の人たちはいずれも少数派である。おそらくそれぞれ集団の10%内外だと思う(この辺の数字は私の経験知であるので、厳密ではない)。残りの80%はこのどちらが優勢であるかによってふるまい方を変える。
「どんなことがあっても穏やかに、市民的にふるまう人」はいつも同じようにふるまう。平時でも非常時でも変わらない。一方、「処罰するリスクがないときに過剰に暴力的になる人」は「処罰のリスク」という可変的な条件に従って、ふるまい方をがらりと変える。まったく違う人間に見えるほど変える。人が変わったように変わる。それが可視化されるかどうかは「処罰のリスク」というごく散文的な条件によるのである。
「外出自粛」は行政が明確な基準も、それに対するペナルティも示さなかったことによって、この人たちのうちに「今なら人を攻撃しても処罰されない」という確信を醸成した。
 いま、あちこちで罵声が聞こえる。スーパーの店員にどなりつけたり、ATMの列でどなりつけたりしている人たちは全員が「自分は社会的な正義を執行している」と思ってそうしているのである。今なら、どれほど暴力的になっても、それを正当化するロジックがあると思ってそうしているのである。だから、止められない。彼らを止める方法は一つしかない。 法律が機能し、常識が機能し、「世間の目」が機能するようにしておくことである。
 大阪では休業要請に従わない店名を公表するということが行われた。これは「この店に対してはどのような攻撃的なことをしても処罰されない」という保証を間接的に与えるものである。少なくともそういう解釈の余地を与えた。大阪府知事は、人間が条件次第でどれほどでも攻撃的になり得ること、その機会をつねに窺っているということを知らないか、あるいは知っているが知らないふりをしているのだと思う。市民が相互に監視し合い、相互に告発し合い、相互に攻撃し合う社会はおそらくある種の人々にとっては「管理コストが非常に安く上がる」社会に見えるのだろう。
 ゲシュタポはきわめて効率的に反政府的な人々を逮捕していったが、それは彼らの捜査能力が高かったからではない。逮捕者のほとんどは隣人の密告によるものだったからである。
 市民を相互監視させることによって統治コストは劇的に削減される。それは事実である。けれども、その代償として、「大義名分をかかげて隣人を攻撃し、屈辱感を与える」ことに熱中する人々の群れを解き放ってしまう。それがどれほど危険なことなのかについて、人々はあまりに警戒心がないと思う。

内田 樹(うちだ たつる)1950年生まれ。日本の思想家、武道家、翻訳家、神戸女学院大学名誉教授。 出典 http://ja.wikipedia.org/wiki/内田樹

郷士望さんんらのメッセージ

2021-01-07
郷士さんは、「銀座の鐘」のプロデューサーです。

銀座の鐘

2020-04-20
新型コロナ 厳しい勤務続く医療関係者に感謝の鐘 東京 銀座

感染拡大が続く新型コロナウイルスに対応するため、厳しい勤務が続く医療関係者に感謝を示そうと、東京 銀座の交差点では時計塔から鐘の音が流されました。

新型コロナウイルスに感染した人たちの治療に当たっている医師や看護師など、医療現場のスタッフに対して、イギリスでは毎週木曜の午後8時に一斉に拍手や口笛を送ったり、フランスではエッフェル塔に「ありがとう」を意味する「MERCI」のメッセージが映し出されたりするなど、感謝の気持ちを示す動きが世界各地で広がっています。

日本でも、感染のリスクにさらされるなど厳しい勤務状況が続く医療スタッフへの感謝の気持ちや感染拡大を防ぐために家で過ごそうというメッセージを伝えようと、20日から東京 銀座のデパートにある時計塔から「命の鐘」と題して、鐘の音が流されることになりました。

鐘の音は午後7時ちょうどから流され、緊急事態宣言が出され、ふだんより格段に人通りが少ない銀座の町なかに鳴り響きました。

鐘の音は、毎晩7時から流され、「YouTube」などでも配信される予定です。

 企画した郷司望さんは、「一日に一度、一緒に医療関係者に感謝の気持ちを示すきっかけになれたらと思います」と話していました。


ダライラマ14世のメッセージ

2020-04-16
ダライ・ラマ法王からの新型コロナウイルスに関する特別メッセージ 2020年3月30日

親愛なる兄弟姉妹の皆様へ

世界中の多くの方々からの度重なる要請に応えて、私の思いを記したいと思います。新型コロナウイルス(COVID-19)の発生により、今、私たちは大変な苦難の最中にあります。

新型コロナウイルスの問題に加え、人類は、極度の気候変動といったさまざまな問題に直面しています。この場をお借りして、インド政府をはじめ、こうした問題に懸命に取り組んでおられる世界中の政府に称賛と感謝の念を表明したいと思います。

古代インドの伝統は、時間の経過にともなう世界の創造、持続、破壊について説明しています。そのような破壊の原因の中には武器や病気があると書かれており、これは、私たちが今まさに経験していることと一致しているように思われます。しかしながら、どれほど大きな脅威に直面しようとも、人間を含めた生きとし生けるものは、生き抜くために素晴らしい能力を発揮してきました。

いかに困難な状況であろうとも、私たちは科学技術と人智を尽くして決断し、勇気をもって、立ちはだかる問題を乗り越えなければなりません。健康と幸福が脅かされているのですから、不安や恐れを感じるのは当然です。とはいえ、目の前の問題をどのように捉えるべきかについては、私は次の賢明な助言に大きな慰めを得ています。「もし、改善策があるならば、心配せずそれを実行しなさい。しかし、何も改善策がなければ、それ以上心配しても何の役にも立ちません」

現在、新型コロナウイルスの拡大を防ぐためにだれもが最善を尽くしています。私は、ウイルスの脅威を最小限に抑えるために国家間で協調した努力がなされていることを、心より称えたいと思います。とりわけ、インドの主導権のもとに南アジア地域協力連合の国々が緊急基金を設立し、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐための情報、知識、専門技術を交換するための電子プラットフォームを立ち上げたことは素晴らしい取り組みだと思います。これは、将来、このような危機に対処する際にも良き手本となることでしょう。

私は、世界各地で都市封鎖の必要が生じた結果として、多くの方々が収入を失い、大変な困難に直面しておられることも理解しています。安定した収入のない方々が生きていくには、毎日が闘いです。こうした弱い立場にある方々にできるかぎりの配慮がなされるよう、私はすべての関係者の方々に、切にお願いしたいと思います。

また私は、自らの命を大きな危険に晒しながら、人命救助の最前線で働いておられる医師や看護師、その支援業務に携わるすべての方々に、心より深い感謝の念を捧げます。彼らの奉仕活動は、まさに慈悲の心の実践にほかなりません。

苦難の最中にある世界中の兄弟姉妹の皆様のことを深く心に想い、私は、この世界的な感染症が一刻も早く終息し、平和と幸福が一日も早く戻るよう祈りを捧げたいと思います。

祈りを込めて


ダライ・ラマ

特別メッセージ

仰せを蒙りて

報恩ということ

2020-11-15

藤原正遠先生の揮毫

2021-01-21

親鸞聖人の生涯

2021-01-25
Hp九州教区「よみもの」より

なるほど仏事

2021-01-25
Hp九州教区「よみもの」より

新幹線ではありませんが・・・。

2021-01-21
Facebook西恩寺様より

お釈迦様の話

釈尊の生涯と教え

2020-04-19
https://youtu.be/EvjMcWZGzQg?list=PLERGeJGfknBQ5l6kTs05lLYDa_4FGOlAF
中村元 - ブッダの生涯 【HD】
https://youtu.be/NWZtkxP3eGg
仏教の本質 哲学者「中村元」

ブッダ 最期のことば 1.2.3.4.

2020-06-14
https://youtu.be/Lbw-AnzrjdY

釈尊のお説法

2020-04-07

「成道会(じょうどうえ)」―釈尊が悟りを開かれた日

2020-12-29
hp西蓮寺様より お説法は。住職 中川正法先生です。
法話2020/12/06更新

「成道会(じょうどうえ)」―釈尊が悟りを開かれた日

 

 釈尊の生涯に深く関連する日のひとつが、12月8日です。
 この日は何の日ですかとお尋ねすると、「太平洋戦争開戦の日=真珠湾攻撃の日」「ジョン・レノンが亡くなった日(今年は40年目を迎えます)」、あるいは地方によっては「針供養の日」という答えが返ってきます。「お釈迦様がお悟り(さとり)を開かれた日でしたね」というお答えは、ご門徒の皆さんからもなかなか出てきません。12月を迎えるとともに、街はクリスマス一色となり、ますます「じょうどう」の存在は、かき消されてしまうようです。

 およそ2500年前、東北インドにあった小国「シャカ国」の王子シッダールタは、地位・財産・名誉など私たちが欲するすべてのものに恵まれ、何不自由なく過ごしていました。しかし、老人や病人さらには死人との出遇いをとおして、人として生まれた以上、老・病・死からまぬがれることができないという「わが身の事実」に気づき、思い悩みながら、真の幸せとは何かと深く考えていました。

 その時、出家をし、質素な身なりながらも、心身を制御しながら善につとめ心穏やかな境地を求める生き方に励む「沙門しゃもん」と出遇いました。29才のとき、意を決してお城を出て、修行生活に入りました。もちろんお城は大騒ぎ。沙門となった王子を見つけたマガダ国王ビンビサーラは、財や軍隊をあげるから国に戻ってはと申し出ましたが、「私はこの生活を楽しんでいます」といって、その申し出を断っています。

 シッダールタは、師をみつけて瞑想の方法を学びましたが、その境地には満足せず、5人の仲間とともに断食をはじめとする厳しい苦行を続けましたが、求める境地にはいたることができず、修行を放棄します。ほぼ骨と皮だらけの体を河に入って清め、ふらふらと歩いている苦行者を見た村娘スジャーターは、神様に捧げようとして持っていた乳粥を彼に与えました(この娘の名がコーヒーに入れるミルク製品名になっています)。元気を回復したシッダールタは、近くにある大きな樹(ピッパラ樹)の下に座し、深い瞑想に入りました。

 その時、彼の前に悪魔(マーラ)が現れます。武器や雨風で襲いかかり、あるいは美しい女性を登場させて誘惑をしたり、あらゆる手段を用いて邪魔をしました。このマーラの襲来は、内面の様々な欲望との闘いや苦行を棄てたことへのうしろめたさを表しているといわれます。しかし、悪魔の襲来を降伏(降魔ごうま)され12月8日の明け方、明けの明星が輝くなか、悟り(बोधि, bodhi:菩提)を得られ、ブッダ(बुद्ध, Buddha)「目覚めたもの」となられました。この出来事を「降魔成道」といいます。お城を出て6年目、シッダールタ35才の時のことです。以後、ブッダ(仏陀)と呼ばれます。

 瞑想に入られた大きな樹は後に「菩提樹」と呼ばれるようになりました。また、悟りを得られた場所は、ブッダガヤとよばれ仏教聖地の一つとして世界中から仏教徒がお参りに来られます。現在この地には、52メートルの大塔が建っており、世界遺産となっています。

 「さとり」とは何か。どのようなことに「目覚められた」のかは、またいずれ。

ラジオ放送『東本願寺の時間』講話リスト

2020-12-08
http://www.higashihonganji.or.jp/sermon/radio/#list

ちょっといい話

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グレーゾーンということ

2020-12-18
真理は常に『中間』にある。

「世の中は白と黒ばかりではない。
敵と味方ばかりでもない。

その間にある中間地帯、グレーゾーンが一番広い。
真理は常に『中間』にある。」


 角栄は自分と対立する人間の考えをよく聞き、ときにはそうした人間に理解と協力を求めることがあった。物事は単純な「賛成」「反対」の二元論で片付けられない。ひいては、人の心も相反する2つの気持ちが混在している。角栄は、トップに立つ人間だからこそ常に一番広い「白と黒の中間地帯」に思いをめぐらせることが必要だと説いていた。
情熱について

「農林省の役人はコメ問題の権威かもしれない。

しかし、情熱がない。
田んぼのなかに入ったこともないような者が、
コメのことを分かるわけがない。」


人間は体験したことを信じるとあって、地元のあぜ道に入り、農作業中に集まった支援者の前で辻説法を行った角栄。それは20代で初当選してから30年以上も続けられた。今、TPPを論じる為政者の何人が田んぼに入ったことがあるだろうか。

やきいも

2020-12-12
FacebookTetsuzo Mukaiの投稿より

食について

2020-12-09
辰巳芳子さんの場合
辰巳芳子さん。
〈2018年の食糧自給率はカロリーベースで37%、今年はさらに落ちています〉
折々のことば:2018 鷲田清一
この国はものすごく貧しいよ。とっても貧しいんだよ。
低い食料自給率、とくにたんぱく源が十分に調達できないこの国の食の基盤の弱さを、戦時中より今日までずっと骨身にしみて感じてきたと、96歳の料理家は言う。一つ事が起きれば供給が断たれるような脆(もろ)い構造をそのまま次世代に手渡すことはできないと、大豆を育てる運動を始め、調理法の基本を今も伝授する。朝日新聞デジタルでのインタビュー(10月12日配信)から。
(朝日新聞12月9日)
95歳の料理家、辰巳芳子の警告「日本はすごく貧しい」
 料理家の辰巳芳子さん(95)は、日本の食文化を豊かにするために提言を続けてきた。戦前から「日本の食料がいかに弱いかというのをずっと体験してきた。骨身にしみて知っているんだ」という辰巳さんが、現代の食の危うさを語った。
 ――戦争のあとから比べると、食卓は豊かになりました。私たちは今、何を食べたらいいでしょうか。
 そうね、自分も食べ物も、自然の一環であるというのを忘れてはいけない。自然とかけ離れて食べれば、体の養いにはならないのよ。
 自然の中にいて、季節ごとにできるものをみれば、何を食べればいいかは、自然に分かってしまう。それを食べるよりほかないんだから。
 そして、地球の在り方とあわせて食べていくこと。地球を宇宙の中にすえて考えていかないと、私たちは食べ損なっちゃうと思う。
 ――宇宙との関係というのは、具体的にはどういうことですか。
 太陽とか水、空気とか。そういうね、とっても原点的なことを謙虚に考えて生きなければならないと思うんだ。それを汚さないように。一番汚して、取り返しがつかないのは原子力だろうね。そういうもので根本的なところをいじめないようにしないといけないと思います。
 ――辰巳さんは社会意識がとても高い料理家だと感じます。
 私は社会意識が強くて、並の強さじゃないと思う。それは多くの若者が国のために死んだからです。
 あの若者たちの死を無駄なものにしたくないんだ。それが私の意識の中にはっきりある。
 75歳の頃にフィリピンまでいきました。どんなところで日本の若者が戦ったのか、見てこようと思って行ったんです。小さな南洋の島だったけれど、日本の兵隊は草の葉っぱの露をなめながら戦っていた。
 見たらテニスコートがある。あそこでテニスをやったんですかってきいたら、そこの下は米軍の兵隊が使うプールだったそうです。
 米軍の兵隊はプールに水をもっていた。日本の兵隊は水がなくて草の裏の露をなめていた。その差をもって、日本の兵隊が戦っていた。
 だから私は、自給率を高めるために、大豆を育てる「大豆100粒運動を支える会」を起こしました。コメはどうかこうか、国が維持していくでしょう。でもこの国の政府は、大豆まではできない。
 この国はたんぱく質が皆無だよ。魚も昔の何分の一かしかとれない。家畜はっていうと、もっと持ってない。豆よりほかしょうがないんだ。豆がなければ、私たちの子孫は生きていられませんよ。せめて、大豆ぐらい持ってないと、どうしようもないんだ。あれは最低の線なんだ。
 この国はものすごく貧しいよ。とっても貧しいんだよ。
 ――今の日本では、貧しいというのはなかなか実感できません。
 食料自給率は40%を割っているし、国産大豆は7%しかない。和牛といっても、エサも輸入に頼っています。
 私はね、昭和16(1941)年ぐらいから、日本の食料がいかに弱いかというのをずっと体験してきた。いかに危ない国かっていうのを骨身にしみて知っているんだ。
この国は本当に持たざる国ですよ。何か起きれば、すぐ手のひらを返したように食べられなくなります。
 ――若い世代は自給率の低さは頭で分かっても、実際に感じることは難しいと思います。関心を持つきっかけはありますか。
 いまの日本を、次の時代に渡していくことは、本当はしてはいけないと思う。こういう日本をもらっても困るだけです。何か言ってあげられることといったら……。
 まずね、炊飯器を使わないでご飯をたける人になってごらんなさい。
 それからね、煮干しでダシをひいてごらん。それがどこまでやれるか、自分を試してみることだ。そして煮干しをから煎りしてかじるんだ。煮干しをかじれる人になれるかどうか。そう思わない?
 ――思います。
 とっても皮肉な提案だと思うけれど、自分を試してご覧なさい。私たちの持っているものは、煮干し以外ないんです。その煮干しを扱えなかったら、命は危ないな。
 ――料理をするときに、どうしても食材を信じ切れずに手を掛けすぎてしまうことがあります。
 やっぱり、食材そのものをよく観察することよりしょうがない。ものの本質を理解しようとすることです。我を押さえて、本質に自分を従わせないといけないですね。
辰巳さん「シイタケスープ」のレシピ
《シイタケのスープ=作りやすい分量》 日本産原木干しシイタケ30~40グラム、昆布5センチ角3、4枚、梅干しの種2、3個、水6カップ(1)シイタケと昆布を分量の水に浸し1時間戻す。(2)シイタケ、昆布、梅干しの種を別の容器に入れる。戻し汁は鍋に移し火にかける。(3)蒸気の上がった蒸し器に(2)の容器を入れる。熱した戻し汁を容器に注ぐ。蒸し器のふたをして、40分ほど蒸す。(4)蒸し上がったら、すぐに昆布、シイタケ、梅干しの種を取り出す。スープを器に注ぐ。
 『お肴春秋』にはシイタケのステーキを書いてあるけれど、何も難しいことはない。自然にシイタケを作っている人がいたら、それを買って、あんまり水を飲まさないように清潔に洗って、汁気を取って厚手の焼き鍋に多くも少なくもなく油を入れ、シイタケを皮のほうから寝かせて置いて、あんまり強くない火で焼いてみるんだね。
 ――辰巳さんは本を書かれるときに、どういう風に相手を思っていらっしゃるのですか。
 そうね、具体的に、どういう人ってことはないです。当たり前の、誰でも持つはずの、悩みとか疑問とかを想像して書いています。
 ――一人暮らしの方が増えています。自分で自分に料理を作るということを、どう考えていますか。
 私も一人暮らしですよ。
 でもね、人間は、幸いに愛さずにはいられないのよ。愛されることも、愛することもなく生きることなんて、できませんよ。それは詭弁(きべん)だ。その状況に置かれたら、耐えがたいことになっていくよ。
 人間はそのようにできていません。自分の命に逆らうようにすることはないよ。もっと素直に生きていかないと。食べ損なっちゃうよ。(構成・高津祐典)
インタビューした食に携わる2人
 インタビューは、食に携わる2人が担当しました。略歴は以下の通り。
     ◇
 篠原祐太(しのはら・ゆうた) 1994年、東京都生まれ。昆虫食歴22年。コオロギラーメンやコオロギビール、タガメジンなどを発売。今年6月、東京・日本橋馬喰町に昆虫食レストラン「ANTCICADA(アントシカダ)」をオープンした。
 山口祐加(やまぐち・ゆか) 1992年、東京都生まれ。自炊料理家。慶応大卒業後、出版社などを経て独立。料理教室などで自炊の楽しみを伝える活動をしている。著書に、週3日の自炊で食材を使い切る『週3レシピ』(実業之日本社)。
(朝日新聞10 月12日)

志村けんさんのことば

2020-12-09

伊吹先生の話

2020-12-07
皇嗣殿下御会見の報道について
11月29日に議会開設百三十年記念式典がありました。
板垣退助等の自由民権運動の高まりのなか、立憲君主制を目指して議会が開設されたのは明治23年(1881)でした。
戦後の昭和21年(1946)公布の現憲法では、国の意思決定の根元的権力たる主権は天皇から国民に移りました。国民から主権を託された議員は衆参両院よりなる「国会」を構成します。
 一方、天皇主権下の帝国憲法では、国民の代表は衆議院に属し、貴族院と合せて「議会」と記されています。
現憲法では「国会」は国権の最高機関で唯一の「立法機関」ですが、帝国憲法では「天皇は帝国議会の協賛を得て立法権を行使する」とあり、立法機関ではありません。
「国会開設」でなく、「議会開設百三十年記念」なのは、この歴史を踏まえてです。
ともあれ、近代国家としての民意反映のため、日本が紆余曲折、試行錯誤の歴史を重ね、国民主権の現在に至るまでの先人の努力を学びなおす良い機会でした。
 「日本国と国民統合の象徴」であられる天皇皇后両陛下も式典に行幸啓され、秋篠宮眞子内親王殿下も臨席されました。
丁度、秋篠宮皇嗣殿下の御会見が報道され、「眞子内親王殿下と小室圭さんの結婚を認める」。
「多くの人から祝福される状況にはないので、結婚の際は納得してもらえる説明が必要」と述べられました。
父親としての愛情と皇族特に後嗣殿下のお子様としての眞子さまに望まれるご結婚の姿――の相克にお悩みかと拝しました。

 
 帝国憲法下の天皇は、「神聖にして侵すべからず」の存在でしたが、戦後昭和天皇は「人間宣言」をされました。
従って現憲法下の天皇や皇族は、「人間であり」、「日本民族のお一人であり」、「皇統譜に記載される」お立場です。
しかし現憲法10条にある「日本国民たる要件は法律にこれを定める」との法律上の日本国民ではなく、日本国と国民統合の象徴という高いお立場であられます。
 つまり皇族方は国民敬愛の的ではあられますが、法律的には「憲法が国民に保障する権利と自由(義務)」の枠外におられます。
それ故に私達が当り前に享受している権利と自由を、ノブレス・オブリージュと言うには申訳ないぐらい制約されておられることに私達は気付き、感謝せねばなりません。
 眞子さま・小室さんの御結婚について、「幸福追求の権利」、「結婚は両性の合意」等のマスコミ論調は、憲法や法律とは少し違うのではないでしょうか。
小室さんはこのようなお立場の方と結婚されたいのなら、後嗣殿下のお言葉を大切にされ、「納得し、祝福される説明」を果し、祝福のうちに結婚されることが、「国民の総意」(憲法1条)ではないでしょうか。

時機相応について  時代と人

ヒッチコック監督作 “鳥”

2021-01-27
アストンマーチン1950年代に生産されたスポーツクーペの元祖です。

50年以上前に 今の世界を予見していた 地球だ!地球に戻っていたんだ 

2021-01-27
Facebook永井由紀夫さんより  テイラー 「あぁ・・・何てことをしたんだ!ちくしょう!人間なんかみんな地獄に落ちてしまえ!」

若い頃から美人でした

2021-01-25
Facebook永井由紀夫さんより
東京都知事 小池百合子

「週刊現代」1968(昭和43)年「女子フィギュア三人娘」

2021-01-25
Facebook永井由紀夫さんより 左から 大川久美子さん(21) 山下一美さん(19) 石田治子さん(22) 3女史

コマキスト

2021-01-24
栗原小巻さんの谷町です。
Facebook永井由紀夫さんより
コマキストとサユリスト
その昔二人の美女ありき。今もお二方ともにご健在で
1945年3月13日生まれの吉永小百合さんと一日遅れ3月14日生まれの栗原小巻さん
それぞれにサユリスト、コマキストと言われる熱烈なファンがいる
吉永さんが結婚した日は会社の課長、部長クラスの男性がこぞって休暇をとってしまったと言われていたものである
栗原さん方もそうである。が、ただ、二人の人気の違いは早々に見え始めてきた。小巻人気は日本の海域ばかりでなく北方海域(?)にも及んでいった。彼女がプールで泳いでいる時にサインを求めようと、服を着たままプールに飛び込んでしまった人達がいるとロシア人監督がいっていた。
さらにはファンの層であるが、雑誌のインタビューではこんなことも栗原さん自身いっている。「ちょっと照れくさいんですが」と断りを入れながら「わたしのファンは学生から70のおじいちゃんまで、割と広いんです」(「週刊朝日」1971.7.16 )
広いこともそうだが、より深いところから、人々の深い部分の人心をえぐってくるところがあったのではないか。

ちょっと気になる歌・唄

「春よ、来い」

2021-01-16
https://youtu.be/fxTD_ZIAnH4  真夏の夜の夢
全国40万人を動員した、松任谷由実自身初のコンサートツアーのベスト版「タイムマシーンツアー」の映像作品より、「春よ、来い」を公開。

作詞家 五木寛之

2020-10-10
あれも愛 これも愛・・・・
Facebook永井由紀夫さんの投稿より
作家でつづる流行歌
五木寛之(作詞)作品集

旅の終わりに 冠二郎
青年は荒野を目指す ザフォーク・クルセダーズ
愛の水中花 松坂慶子
二丁目の子守唄 ミルバ
ひとり暮しのワルツ 石黒ケイ
四季・奈津子 チェリッシュ
織江の唄 山崎ハコ
女人高野 田川寿美 
夜明けのメロディー ペギー葉山
東京タワー / ミッツ・マングローブ

はいだしょうこ「にじ」- きっと明日はいい天気

2020-09-05
https://www.youtube.com/watch?v=aKmutxnR944&feature=youtu.be
はじめてこの曲を聴いた時、元気づけられたのと同時に、明るい曲なのになぜか涙が出ました。 そして、私がこの曲を大好きになった時には、もうすでに、幼稚園や保育園では大人気の曲。ということを知りました。 歌ってください! のリクエストも多く、今回歌わせて頂くことにしました。 「きっと明日はいい天気」 私が、この曲で、元気づけられ、また明日も頑張ろう! と思えたように、 皆様にも「にじ」が届きますように。。。

<演奏曲情報>
作詞:新沢としひこ
作曲:中川ひろたか
歌:はいだしょうこ
 ピアノ演奏:YUKA

音楽プロデュース:赤坂東児

花は咲く 山鉄バージョン

2020-08-21
キャスト・スタッフ 作詞:岩井俊二 作編曲:菅野よう子 歌・出演:六角精児 & 松井玲奈 出演:三陸鉄道職員のみなさん 地元のみなさん 撮影協力:三陸鉄道
岩手県の沿岸部を結ぶ三陸鉄道。
連続テレビ小説「あまちゃん」の舞台の一つとしても知られています。
2019年3月23日、JR東日本から、復旧工事を終えた宮古と釜石の区間が移管され、全長163キロの三陸鉄道「リアス線」として1本のレールで結ばれました。
番組では、旅情を誘う鉄道と沿線地域の風物を織り交ぜ、震災からのさらなる復興を応援します。

また、本番組の制作に際し「花は咲く」の作曲家・菅野よう子のアレンジによる新たな音源で、鉄道ファンとしても知られる二人のデュエットが実現しました。
BSプレミアム「六角精児の呑み鉄本線・日本旅」でもおなじみ、俳優の六角精児。
そして連続テレビ小説「まんぷく」でもおなじみ、「時刻表」の表紙にも登場した女優の松井玲奈。番組では二人が三陸鉄道に乗り込みます。

https://www.youtube.com/watch?v=wazwInwECSc&feature=youtu.be

リレハンメルオリンピクです。

2020-08-02
高橋真梨子/ 遥かな人へ 

ちょっと気になる絵

秋篠寺の伎芸天

2021-01-26
Facebook仏像リンク <仏像コミュニテイ>より



【奈良・秋篠寺/伎芸天(奈良)】瞑想的な表情と優雅な身のこなしで多くの人を魅了する。頭部が奈良時代の脱活乾漆造、体部は鎌倉時代だが違和感なく調和している。伎芸天の古例は日本では本像以外に殆どなく、本来の尊名であるかどうかは不明である

日本橋三越本店 Nihombashi Mitsukoshiと言えば・・・。

2021-01-25
Facebook加來英樹さんより


天女(まごころ)像
国の重要文化財、日本橋三越本店の本館、昭和35年(1960年)設置。
高さ約11m、総重量6.8tの木彫像、作者、彫刻家:佐藤玄々。
京都の妙心寺内にあるアトリエで、多くの弟子とともに完成。
株式会社三越創立50周年記念として依頼、制作が進むにつれて玄々の思い入れは強くなり、完成したのは約10年後、制作費用は当時の金額で、1億5千万円。
天女が瑞雲に包まれて、花芯に降り立つ姿を表現、京都・貴船神社山中の樹齢約500年のヒノキを使用。

日本武道館は、東京の九段にあります。

2021-01-15
屋根が葺き替えられました。
Facebookダイヤモンドホテル/DIAMOND HOTELさんより



「大きなタマネギ」こと武道館では、日本の伝統武道を中心にコンサートやイベントが行われます。当ホテルからは電車で1駅、徒歩でも20分以内と混雑知らずのアクセスです。
近くには北の丸公園、科学技術館、東京国立近代美術館、昭和館も隣接し散策にもぴったりです。

国宝

2021-01-06
現存する楽器としての国宝においては最大の大きさのものです。
雅楽に使用される巨大な太鼓、だ太鼓(だだいこ)。奈良の春日大社が所蔵するだ太鼓は、現存するだ太鼓でも特に歴史が古く、全長6.45mと、あまりの巨大さに見る者を圧倒。

春日大社では、だ太鼓が所蔵されていた宝物殿を平成28年に改修。工事に合わせ、だ太鼓自身の修復も並行で作業。2019年3月、4年に及ぶ修理が完了。だ太鼓が宝物殿に戻り広く一般に公開されるようになりました! 

  • 鼉太鼓(左方・龍)重文 写真:春日大社



鼉太鼓は屋外の舞楽演奏に用いる左右一対の太鼓です。春日大社のものは源頼朝寄進との伝承がある鎌倉時代の作で、総高6m58cm。日本最大級の大きさを誇り、また鎌倉仏師の手による最高峰の彫刻で飾られています。
本特別展は、4年におよぶ本格修理によって見事復活を果たし本来の伸びやかで繊細かつ荘厳な姿を取り戻した鼉太鼓が4年ぶりに春日大社に戻り、国宝殿にて二基一対で初めて公開されることを記念するものです。
本展示では、鼉太鼓を中心に楽人たちが歴代大切に守り続けてきた重要文化財の舞楽面や国宝の楽器などを合わせて展示します。
この春は春日大社国宝殿で鼉太鼓が生み出す超迫力と春日舞楽が醸し出す優雅な雰囲気とに魅了されましょう。

龍と鳳凰と巴の話

2021-01-06

龍と鳳凰と巴の話

太鼓の装飾には、吉祥を暗示するとされるさまざまな文様や数、色彩などが意匠化されている。中でも代表的なのが、巴と龍、鳳凰である。
[巴]
中国の太極の思想をうけた宇宙観、すなわち虚無が二つの宇宙から構成されており、陰と陽とから成り立っているという見方のもとに構図され、たとえば男女、明暗、肯定と否定など、極限の対立と調和を表す。
中国や朝鮮では二つ巴が用いられるが、日本では平安時代に奇数による日本的統制の和を示した三つ巴が完成した。

[龍]
森や草原、川などに住むさまざまな動物を複合して創造した想像上の霊獣で、水を司るといわれる。
龍が飛龍を生み、その飛龍が鳳凰を生んだことになっている。
中国では古くから龍のモデルの一つとなった蛇への信仰が篤く、脱皮に象徴される『死と再生』のシンボルであり、雨をよび、地下水を招く『水の循環』の象徴とされてきた。
一説によれば龍王には九子がおり、中の一子が啼いたり音を好む性質があるため、音色が良くなるよう梵鐘の竜頭や太鼓などの楽器に龍を配することがあるという。

[鳳凰]
さまざまな鳥類を複合して創造した想像上の霊獣。
体は美しい五彩に輝き、声はこのうえなく音楽的かつ高貴で、龍と同様楽器に縁がある。
四方のうち南を守る神といわれる『朱雀』を雌雄の対としたものといわれる。奈良時代に中国から日本に伝えられた鳳凰は、さらに日本の風土文物に調和する美しい姿に洗練された。

【Face bookのページ】 味覚嗜好について

味覚嗜好のページ

食時の形

2021-01-16
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO35014150V00C18A9AA2P00
Facebook平野めぐみさんより

おはようございます。
今日、明日と大学入学共通テストが行われます。
また、私立中学校の入試の真っ只中です。お子さん、お孫さんの入試でハラハラドキドキなさっていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。受験生のみなさん、コロナで大変ですが、今までの頑張りを発揮していただきたいです。頑張れ受験生!
さて、私立中学校の入試は、時として奇をてらった問題が出題されることがあります。
我が家の息子が受けた学校の入試で、馬の顔を正面から見た絵を描きなさいという出題がありました。
さて、2016年の慶應義塾中等部の入試問題に、和食の配膳やマナーなどについての出題がありました。
(問7)
和食の配膳で正しいものを選びなさい。
下の写真をご覧になってください。
問8 
和食のマナーとして正しくないものを選びなさい。
1 汁ものから口をつける
2 茶わんやおわんを手に持って食べる
3 料理を一品ずつ食べきってから次の料理を食べる
問9
おせち料理には、「昆布巻き=よろこぶ」、「数の子=子どもがたくさん生まれるように」などのように、おめでたいこと・願いごとと結びつけられている品目がたくさん含まれています。そこで、あなたがおせち料理に新たに加えたい一品を挙げ、それと結びつけられるおめでたいこと・願いごとを20字以内で答えなさい。
問10 
フランス料理が出されるときの⑦決められた順序で正しいものを選びなさい。
1 前 菜 → 肉料理 → スープ → 魚料理 → デザート
2 前 菜 → スープ → 魚料理 → 肉料理 → デザート
3 スープ → 前 菜 → 肉料理 → 魚料理 → デザート
問11
フランス料理のマナーとして正しくないものを選びなさい。
1 皿を手に持って食べる
2 食事の合問に一息つくときは、フォークとナイフを「ハの字」にして皿の上に置く
3 食べ終わったら、フォークとナイフをそろえて皿の上に置く
これら、お答えになれましたでしょうか?
これを解答するのは、小学6年生、12歳の子どもたちです。
解答
問7 1 
問8 3 
問10 2 
問11 1
問題出典
この和食の配膳では、1が正解です。
なぜ、このように配膳がされるのか、調べてみました。
【和食の配膳】
和食は基本的に『一汁三菜』(いちじゅうさんさい)です。
一汁三菜とは「ご飯に汁もの、主菜、副菜、副々菜」からなる、和食の定番の構成のことです。
和食の基本の献立
* 主食(ご飯)
* 汁物(お味噌汁・お吸い物など)
* 主菜(焼き魚・刺身など)
* 副菜(煮物、卵焼きなど)
* 副々菜(野菜の胡麻和え、お浸しなど)
それぞれ置く位置が決まっていて、この『一汁三菜』の置き方が和食の並べ方の基本となります。
【和食の配膳の2つのポイント】
①左手前にご飯、右手前に汁物を置きます。
② おかずは奥に置き、左から副菜・副々菜・主菜の順番で並べるのが正しい配膳です。
左にご飯を置くのは、日本は右利き文化なので、右手でお箸を持った時に食べやすい並べ方になっています。それと共に日本は左側に重要なものを配置する「左上位」の伝統があるので、左側に主食のご飯を配置すると言われています。
また、副菜や副々菜が左側に置かれているのは、器が小さく手に持ちやすいからです。
そして、主菜は大皿に盛り付けられており、食べる時に置いたままになるので、右側に置かれています。
これらは全て右利きの人にとっての利にかなった配膳で左利きの人には食べにくい配膳とも言えます。
【配膳の歴史】
平安時代の貴族の公式の宴会では、大きな卓を囲んで大勢で食事をしていたと伝えられています。卓の上には数多くの料理が並べられ、個別に配膳はされていませんでした。
それが、鎌倉時代になり、武士が中心の時代になったことで、食事の様式も変化していきました。鎌倉時代から室町時代にかけて、ひとりずつの「お膳」に料理が載せられる「銘々膳(めいめいぜん)」と呼ばれる形式が広まりました。
それと共に、右利き文化が反映していったと考えられます。武士は有事の際、すぐに刀や弓を使えるように、刀など自分の右側に置いていたものです。そういえば、先週の、NHKの大河ドラマ「麒麟が来る」で、明智光秀と織田信長を裏切る松永 久秀が酒を酌み交わす場面で、松永 久秀が刀を刀を自分の右側に置いていたことから、明智光秀は松永 久秀が自分を切るつもりがないと判断していました。武士にとって、右利きが有利だと考えられ、そのため左利きは矯正されてきたようです。
右利きだとお箸を持つ手が当然、右に。ごはんの器を頻繁に持ち上げるのは、左手に。このため、ごはんは左手前になりました。
お皿を置いたままお頭つきのお魚を食べる場合、左の指で頭を押さえながらそして右の箸で食べることになります。ですから、お魚は右にということになってなります。
これは、あくまでも右利きの人の場合であり、このような配置では、左利きの人はとても食べづらい状況ではあります。
【和食の配膳 関東と関西の違い】
この和食の配膳、関東と関西で少し違っているのです。
情報サイト「Jタウンネット」は2018年1~2月に都道府県別に味噌汁の位置についてアンケートを実施しました。大阪府、京都府、兵庫県の3府県では「左奥」が70%以上にのぼり、関西から中国地方にかけて左奥派が多数を占めました。
一方、東京都は「右手前」が38.5%、埼玉県も41.9%と多数派は右手前でした。右手前派が85.7%と高水準の群馬県は北部で大豆が多く栽培されています。味噌を好む県民性といい、味噌汁の格が高いため手前に置く人が多いようです。
関東(東京)では、お味噌汁は右手前、ご飯の右隣に置くことが多いのです。これは、関東では味噌汁を好んで飲む人が多いためのようです。
また、関西では、大阪では左奥(ご飯の上)に味噌汁を配膳するようです。関西人の感性としては、手前にお味噌汁があったら奥のおかずを食べる時に邪魔ということもあるのかもしれません。
また、商人気質が影響して、主菜は手前に置くと見栄えが良いし、おいしく見せようという考えを反映しているのではないでしょうか。
また、大阪は味噌の消費量が少ないのです。総務省の家計調査(2人以上世帯)によると15~17年の味噌の消費量の平均は大阪市が3217グラムと全国52都市の中で最少でした。全国平均の5317グラムと比べても4割も少なくなっています。また、大阪や京都では商業の発達に伴い食べやすい茶漬けなどが好まれ、熱くて飲みにくい汁物を避ける傾向があり、これが現代に受け継がれているとも言われています。
これらは全て憶測で明確な理由はわかりません。
都道府県別味噌汁の位置
出典https://www.nikkei.com/article/DGXMZO35014150V00C18A9AA2P00
和食というと、なんだか堅苦しく感じられますが、毎日の食事ということで考えていくと当たり前のこととして捉えられると思います。日本の文化では、「型」というのが、とても大切にされます。それが基本になります。
アレンジは、そこからです。毎日の食卓、改めて眺めてみられたらいかがでしょうか。!

稲取のキンメダイです。

2021-01-14
Facebook鈴木 弘康 より

稲取のキンメダイです。

2021-01-14
Facebook鈴木弘康さんより
Facebook鈴木弘康さんより

初釜の主菓子(おもがし)

2021-01-14
Facebook平野むめぐみさんより
毎年、この時期は、お茶の世界では初釜が行われます。
初釜とは、新年最初に行うお茶会の事をいいます。新年最初の茶会では、茶室の飾りつけも華やかなものですし、使われる茶道具も縁起の良いものを用意をします。 
初釜の主菓子(おもがし)は、新年最初の行事にふさわしく、新春を感じさせるような鮮やかな色合いと正月の華やかさを表すお菓子が使われます。
流派によって主菓子もそれぞれ違っています。
【三千家の初釜の主菓子】
○表千家
⚫︎常盤饅頭(ときわまんじゅう)
千年かわらないという松の翠から、白い薯蕷饅頭に緑色に染めた白小豆を包んだもの。二つに割ると、あたかも雪をかむった松を思わせ、正月の瑞雪にも似た気品のあるお菓子です。
○裏千家
⚫︎御菱葩(おんひしはなびら)
丸く平らにした白餅に、赤い小豆汁で染めた菱形の餅を薄く作って上に重ね、柔らかくしたふくさ牛蒡を二本置いて、押し鮎に見立てたもの。餡は京の雑煮にみたてて、白味噌餡を使用します。
○武者小路千家
⚫︎都の春(みやこのはる)
「柳は緑・花は紅」という言のように、京の春を、緑色と紅色で染め分けて表し、小豆餡を芯に使ったきんとん仕上げの菓子です。武者小路千家では、初釜に用いるのが恒例になっています。干支煎餅・千代結びの組合わせは、薄茶の席に用います。

すべては、ここから始まりました。 私の初体験は、この11年後の事でした。

2021-01-07
回転ずしを生んだ元禄寿司の道頓堀店。当時は4、5貫載った皿も回っていた=1962年、大阪市
Facebook永井由紀夫さんの投稿
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