本文へ移動

ちょい話【親鸞編】

仰せを蒙りて【文字データ編】

蓮如の教学についての二考察

2021-11-12
著者 稲葉秀賢 出版社 大谷出版社 刊行年 昭和24年

邂逅(かいごう)

2021-11-10
宗祖としての親鸞聖人に遇う
「飛躍する偶然性」 (藤井 祐介 教学研究所嘱託研究員)

九鬼周造は著書『「いき」の構造』で知られる哲学者である。九鬼は一九三五(昭和一〇)年に発表した『偶然性の問題』の結論において、突然に『浄土論』に言及している。九鬼は『浄土論』のうち「観仏本願力遇無空過者」(聖典一三七頁)を引いて、次のように述べている。

〔略〕「遇ふ」のは現在に於て我に邂逅する汝の偶然性である。「空しく過ぐるもの無し」とは汝に制約されながら汝の内面化に関して有つ我が未来の可能性としてのみ意味を有つてゐる。不可能に近い極微の可能性が偶然性に於て現実となり、偶然性として堅く掴まれることによつて新しい可能性を生み、更に可能性が必然性へ発展するところに運命としての仏の本願もあれば人間の救ひもある。〔略〕(『九鬼周造全集』第二巻、岩波書店、二五九―二六〇頁)

九鬼にとって偶然性は動きのない、静止したものではない。偶然性は、必然性へと飛躍する、動的なものとして語られている。このような偶然性の解釈に関連して興味深いことは、九鬼が「自然」をも動的なものとして理解していることである。田中久文氏によれば、

「九鬼は既に『偶然性の問題』において、偶然と必然とをつなぐものとして『自然』や『運命』というものを問題にしていたが、この『自然』というものが晩年の九鬼の思索の一つの中心になっていく」(田中久文『九鬼周造』、ぺりかん社、一五八頁)。

九鬼は「日本的性格」において、日本文化の特色の一つとして「自然」を挙げ、次のように述べている。

〔略〕自然に従ふといふことは諦めの基礎をなしてゐる。
〔略〕なほ親鸞に「自然」といふ思想があるのもそこから理解することができる。〔略〕行者のはからひでなく自然の利益であるからそこにおのづから諦念が湧いて来るのである。〔略〕(『九鬼周造全集』第三巻、二八三―二八四頁)

ここでは「諦念」との関係において「自然」が静的なものとして語られている。だが、一方、九鬼は、「自然」のうちに「生きる力の意気といふ動的な迫力」をも見る。「自然」には静的な面と同時に、動的な面もあると言うのである。

〔略〕自然とはおのづからな道であつた。道はたとへおのづからな道であつても苟くも道である以上は踏み行かなければならぬ。その踏み行く力が意気である。〔略〕(同上、二八六頁)

先の『偶然性の問題』では前後の文脈に関係なく、実に突然に『浄土論』が引かれていた。なぜ、『浄土論』なのだろうか。――ここからは推測になるが、親鸞聖人の言葉に触発されて、九鬼は偶然性を動的なものとして理解したのではないだろうか。「自然」についての理解が先にあって、その後、偶然性を動的なものとして理解しているかのようである。『偶然性の問題』に『浄土論』が引かれていることも九鬼が親鸞聖人に遇ったという一事を念頭に置かなければ、説明がつかないように思われる。

(『ともしび』2010年1月号掲載)

お問い合わせ先

〒600-8164 京都市下京区諏訪町通六条下る上柳町199
真宗大谷派教学研究所
TEL 075-371-8750 FAX 075-371-8723

親鸞聖人の生涯

2021-01-25
Hp九州教区「よみもの」より

高僧和讃講義(四) -源信・源空-…延塚知道著

2021-11-08
『中外日報』 2021年11月5日 10時59分

親鸞聖人は、釈尊出世の本懐は阿弥陀仏の本願=「浄土真実」にあるとし、教えを伝承したインド、中国、日本の7人の高僧の恩徳を讃えて多くの和讃を作った。本書は七高僧の最後の2人、日本の源信と源空(法然)の和讃についての講義録である。

親鸞聖人が浄土教の真実義を明らかにした『教行信証』には、如来の本願である浄土真実に遇い難くして遇えた喜びと如来の恩徳を讃嘆する言葉がつづられている。その中でも「行」巻の末尾に示した「正信念仏偈」は「道俗時衆ともに同心に、ただこの高僧の説を信ずべし」とあって重要な意味を持つ。

七高僧は、阿弥陀仏の本願が伝えられた道筋が、インドの龍樹、天親、さらに中国の曇鸞、道綽、善導、そして日本の源信、源空へとつながることを明らかにしたもので、いわば親鸞聖人の教相判釈に基づく選択本願の道筋と言ってよい。

著者は、七高僧一人一人の教えと恩徳を讃えた「高僧和讃」の4年半にわたる講義録を全面的に書き直し、出版してきた。最終巻となる本書は、源信、源空の伝記と教え、和讃の意味をこれまでと同様、丁寧に解きほぐしている。真宗教学の解説にありがちな難解さはなく、初心者にも真宗の教えの肝要なところに手が届く。

定価2090円、方丈堂出版(電話075・572・7508)刊。

2021-11-03


本願他力の伝統

【原文】
天 親 菩 薩 論 註 解  
報 土 因 果 顕 誓 願    

【読み方】
天親てんじん菩薩の論、ちゅうして、
ほういん誓願せいがんあらわす。

 曇鸞大どんらんだいは、長寿の秘訣を学ばれ、意気揚揚と自信にあふれておられました。しかし、インドから中国に来ておられた三蔵法さんぞうほうだい流支るしとの劇的な出遇いによって、身体的な寿命にこだわるご自分の愚かさに気づかれたのでした。そして、心を大きくひるがえされて、無量寿(長さとは関係のないいのち)を教える浄土の教えに深く帰依されたのでした。
 その菩提流支三蔵は、インドの天親てんじん菩薩が書かれた『浄土論』を中国語に翻訳されました。そして曇鸞大師が、その注釈をお作りになったのです。
 『浄土論』というのは、実は『仏説無量寿経ぶっせつむりょうじゅきょう』を註釈したものです。以前に見ていただきましたように(第40回)、天親菩薩は、自らの力によって悟りを得ようとするのは誤りであって、阿弥陀仏がすべての人を浄土に迎えいれたいと願われた、「本願」に率直に身をゆだねることこそが真実であることに気づかれたのでした。そのために、釈尊が阿弥陀仏の本願のことをお説きになった『仏説無量寿経』に対して註釈を施されたのでした。
 その『浄土論』に対して、今度は、曇鸞大師が註釈をお作りになりました。これが『浄土論註』です。つまりそれは、『仏説無量寿経』の註釈の註釈ということになります。これについて、親鸞聖人は「天親菩薩の論、註解して」(天親てんじんさつ論註ろんちゅう)と述べておられるわけです。
 かつてりゅう樹大じゅだいが、仏道には難行道なんぎょうどう(難しい方法)と行道ぎょうどう(やさしい方法)とがあると教えられましたが、天親菩薩の『浄土論』こそが、誰もが浄土に往生することができるとする、易行道を勧めたものと、曇鸞大師は讃えておられるのです。そして、阿弥陀仏の本願に随順する他力の信心しんじんを明らかにされたのが天親菩薩であると説いておられるのです。
 人は、自らが起こす煩悩によって、自らを悩ませ、苦しめています。しかも、悩み苦しみの原因が、自らが起こす煩悩にあることすらわかっていないのです。さらにまた、自分が現にそれほどにまで悩み苦しむ状態にあることにも気づいていないのです。目先の快楽に眼を奪われているからです。
 釈尊は、このような私たちを哀れんで『仏説無量寿経』をお説きになられました。そのような者こそを助けようとされているのが阿弥陀仏の本願であることを教えられたのです。
 釈尊がお説きになられた阿弥陀仏の本願他力の教えをさらに明らかにされたのが天親菩薩でありました。そして本願についての天親菩薩の教えをさらに明確にされたのが、曇鸞大師だったのです。
 親鸞聖人は、尊と天菩薩と曇大師とが説き示された本願の伝統に、ご自分の位置を見定められて、自ら「釈親鸞」と名乗られたのです。
 さて、親鸞聖人は、曇鸞大師のことを「報土の因果、誓願に顕す」(ほういん顕誓願けんせいがん)と讃えておられます。報土の因も果も、どちらも阿弥陀仏の誓願によることであることを、曇鸞大師が顕かにされた、といわれるのです。
 報土とは、阿弥陀仏の浄土のことです。阿弥陀仏の浄土は、阿弥陀仏の本願が成就した世界です。願いが報いられた国土なのです。
 阿弥陀仏の浄土が開設されることになった原因も、すでに開設されているという結果も、また、私たちが浄土に往生することになる原因も、また往生するという結果も、すべて阿弥陀仏の誓願によることなのです。
 阿弥陀仏が仏になられる前は、法蔵ほうぞうという名の菩薩であられました。そのとき、法蔵菩薩は、自分の力では往生できるはずのない人が往生できる浄土を建立したいと願われました。そして、もしその願いが実現しないのであれば、自分は仏にはならないという誓いを立てられたのです。その法蔵菩薩が阿弥陀仏になられたのです。ということは、願いと誓いがすべて報いられていることを意味しています。
 ぼんの往生は、他の理由によるのではなく、ひとえに阿弥陀仏の大慈悲心である誓願によることなのです。その本願のはたらきを「他力」として顕かにして下さったのが曇鸞大師なのです。

九州大谷短期大学長 古田和弘

大学の正門北側には、曇鸞大師『浄土論註』より採られた「知進守退」と刻まれた石碑があります。 1901年、東京・巣鴨に開学して以来、この石碑は、時代を超えて「進むを知りて退くを守る」と、本学に往き交う人々に対してそれぞれの響きで常に語りかけています。
TOPへ戻る