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ちょっといい話

仰せを蒙りて【アーカイブス 音声・映像データ編】

帰依三宝

2021-04-04
Facebookしんらん響流館さん曰く
「全戦没者追弔法会2021」で焼香される修如上人

六字名号、金子大栄先生の御染筆です。

2021-08-30
Facebook 阪下大介さん曰く

今日は、1つの詩を紹介させて頂きます。 題名は、親鸞讃歌(宗祖を憶ふ)。

2021-07-23
この詩は昭和23年金子大栄先生68歳の時に作られた詩、 金子先生がご覧になった人間親鸞の姿が描かれております。

親鸞讃歌(宗祖を憶ふ)

昔 法師あり
親鸞と名づく
殿上に生れて庶民の心あり
底下となりて高貴の性を失わず

己にして愛欲のたち難きを知り
俗に帰れども道心を捨てず
一生凡夫にして
大涅槃の終りを期す

人間を懐かしみつつ 人に昵(なづ)む能(あた)わず
名利の空なるを知り 離れ得ざるを悲しむ
流浪の生涯に 常楽の故郷を慕い
孤独の淋しさ 万人の悩みを思う

聖教を披(ひら)くも 文字を見ず
ただ言葉のひびきをきく
正法を説けども師弟をいわず
ひとえに同朋の縁をよろこぶ

本願を仰いでは
身の善悪をかえりみず
念仏に親しんでは
自ら無碍の一道を知る

人に知られざるを憂えず
ただ世を汚さんことを恐れる
己身の罪障に徹して
一切群生の救いを願う

その人逝(ゆ)きて数世紀
長(とこしな)えに死せるが如し
その人去りて七百年
今なお生けるが如し
その人を憶いてわれは生き
その人を忘れてわれは迷う
曠劫多生の縁
よろこびつくることなし
この詩は、金子先生の随筆集『くずかご』の中に収められています。
千葉県松戸市にある浄土真宗のお寺・天真寺。
今回の掲載にあたっては、こちらのプログより

引文させていただきました。
https://blog.goo.ne.jp/tenshinji/e/1e0efbb290708cd6bf344457f6cf3405

天真寺ホームページ
http://tenshin.or.jp/


金子大栄著 『親鸞』

2021-07-23
Facebook 阪下大介さん曰く

如来に捧げよ

2021-06-13
Facebook 荒山淳さん曰く、真宗大谷派名古屋教区教化センター

大谷派関係学校等のページ

Facebook 大谷派における学事の潮流

2020-05-05

Facebook 宗門関係学校のページ

2021-09-26
管理人は、当山住職です。
九州大谷短大の音楽劇公演ポスターです。

『明治期の真宗大谷派おける研究教育とその体制』

2021-09-14
三明 智彰著
現キャンパス

1977年の教授陣です。

2021-10-17

谷大120周年の学長焼香の図です。

因みに、管理人在籍(真宗学研究科)の頃の教授陣は次の通りでした。

【真宗学】
稲葉(秀賢)、松原学長、藤原(幸章)、細川(行信)、廣瀬(たかし)、寺川、幡谷、安富、小野、本多、江上

【哲学】
西谷、木場、坂本

【仏教学】
山田(亮賢)横超、佐々木(現順・令信)、三桐、(院生)一色

【史学他】
野上俊静、藤島達朗、五来、(仏教音楽)岩田'

・太字が、当代が受講させていただいたヨキヒト

10月13日は、大谷大学において近代化120年の創立記念式典が行われました。

2021-10-16
Facebook 速水 馨さん曰く
10月13日は、大谷大学において近代化120年の創立記念式典が行われました。
この日は東京巣鴨に真宗大学(現在の大谷大学)が移転開校し、学監(学長)清沢満之が「開校の辞」として宗教的信念の確立が大学の使命であると述べた日。
コロナ対応のため出席者を限定しクローズドで行われましたが、記念講演の姜尚中さんの、ホブズボーム『20世紀の歴史ー極端な時代ー』を引用しながらのお話に引き込まれました。
20世紀はグローバル化による人々の移動がパンデミックを引き起こし、それは同時に移民による憎悪、ファシズムも生み出した時代でありました。世界大戦に始まった20世紀の問題は未だ解決をもたらさず、同じ構造をもったまま今に至っている。
和解と共生を導く役割を担う政治を人々は手放し、これを政治屋が占有するのであるが、メディアはあてにならない世論(せろん)を煽り、政治はこれを無視できずに判断を下していく。民衆主義とポピュリズムなくして大衆の動員は生まれなかった。
自立した個人を求めてきた近代の行き着いた危うさ、強さや速さの呪縛から離れるべきことが世紀の歴史を通して語られました。
その中にあって希望として最後に出されたのが、シューマッハが60年代に提唱した仏教経済学『small is beautiful』であったことは、少しばかり驚きましたが、長期思考で俯瞰的に物事を見る大切さを教えていただきました。

仰せを蒙りて【音声・映像データ編】

真宗大谷派東本願寺【公式】 - YouTube

2021-04-06
法要をズーム・イン、法話はリプレイができます。

ラジオ放送『東本願寺の時間』

2020-12-08

石川県西田幾多郎記念哲学館

2021-10-06
西田幾多郎とは
「私の生涯は極めて簡単なものであった。その前半は黒板を前にして坐した、その後半は黒板を後にして立った。
黒板に向かって一回転をなしたと云へば、それで私の伝記は尽きるのである」

これは、西田幾多郎が京都大学を退官するときに述べた言葉です。

Twitter大谷派近代真宗教学の言葉さん です。

2021-10-05

20210613淨妙寺親鸞教室法話会

2021-09-17
一楽真師「この世の利益きわもなし」鈴木君代師ミニコンサート

2021年6月13日(日)13:3016:00 
真宗大谷派 淨妙寺親鸞教室法話会を
YouTube配信のみで開催しました。
 講題 「この世の利益きわもなし」 
 講師 一楽真師(大谷大学教授) 
◆先生からのメッセージ 
「南無阿弥陀仏をとなうれば この世の利益きわもなし」 親鸞聖人がお作りになった「現世利益和讃」のお言葉です。念仏もうすならば、今生きている現在に限りない利益があると言われます。この親鸞聖人からの呼びかけが実感をともなって受けとめられるでしょうか。念仏してもたよりないとか、念仏に何の意味があるのか、そんな声が聞こえてきそうです。ご一緒に尋ねたいと思います。 
法話後 鈴木君代さんのミニコンサートがあります。

仰せを蒙りて【文字データ編】

Facebook田畑正久先生より

2021-04-15
大分合同新聞医療欄「今を生きる」第392回
大分合同新聞医療欄「今を生きる」第392回
(令和2年12月21日掲載予定)
 医療文化と仏教文化(218)
    二十数年前、母校で医学部新入生に医学入門の一コマを担当していたことがありました。講義の後、教育担当教授が学生に「皆さんは命だけは大事にして下さい」、次いで「一人の医師を育てるのに国民の税金より5千万円かけていますからね」と言われたことが印象に残っています。
    今から60年以上前の米国の名門大学医学部の卒業式で、医学部長が医学生を教育する総コストに対して授業料は「七分の一以下」と概算し、医学生は大きな利益を享受していると指摘して次のように語っています。
    「このような計算は、医師に託したその厚い信義に対して、いつかは諸君が報いてくれるであろうと期待していた人々に、深く頭をたれて感謝の意を表するのもまた当然であることを思わせるに十分であろう」。 そして「いわば諸君は賭けられているのだ」とした上で、「諸君は必ずや自分が受け取ったものを、後に社会へ引き渡す立派な医師であることに多くの人々が賭けているのであるから、どうか諸君、下世話にいう『馬に賭けても人に賭けるな』の実例にならぬように十分に心掛けていただきたいのである」と呼び掛けました。
    医師を養成する大学の卒業式で「馬より劣る人間になるな」と言っているわけです。
    私自身、40歳ごろ新任地に赴任した時、仏教の師からのお手紙の一節に「あなたがしかるべき場所で、しかるべき役割を演ずるということは、今までお育て頂いたことへの報恩行です」という言葉があり、自分の利益だけしか考えていなかったと思いました。これを仏教では餓鬼といいます。間柄に支えられた存在、人間になれてなかった。私になされたご苦労を知る心を全く考慮してない、忘恩の存在であることを指摘されて、「参ったな、南無阿弥陀仏」と懺悔したことがありました。
    仏教は(心が)地獄・餓鬼・畜生の状態を脱して人間になり、そして人間として成長・成熟して菩薩・仏(自利利他円満)になる道を教えているのです

誕生日のお祝いのメッセージをありがとうございました。

2021-03-11
Facebook田畑正久先生のことば
仏教に出遇い、人間として誕生した意味(物語)を受け取ることが出来るようになりました。
中国の善導大師が書かれた「観経疏(序文義)」の中にある—
既に身を受けんと欲するに、自の業識を以て内因と爲し、父母の精血を以て外縁と爲す。因縁和合するが故に此の身有り。
『私たちはこの世に生まれ出ようとする時、自分の意志で「生まれたい」と願い、父と母になる人を縁として誕生するのです。つまり、自分の意志が根っこであり両親はきっかけなのです』
誕生日のお祝いのメッセージをありがとうございました。

ヨキヒトの仰せを蒙りて

2021-03-11
facebook田畑正久先生のことば
真宗教団連合から出ているカレンダーの3月の言葉は私の仏教の師:細川巌先生の言葉です。東本願寺から出版されている「今月のことば 2021」東本願寺出版 に文章を書かせていただきました。
細川巌師「私の上にあるものは 全部賜うたものである」
 仏法の基本は「縁起の法」です。この世のものは全て関係性を持っているとの法です。
 仏法に出遇うまでは物事を対象化(私と切り離して冷静に眺める)して客観的に観察し自分にとって利用価値の有無、都合の善い悪い、好き嫌いなどで判断することが常識的思考と考えていました。利用価値があり、得になり、好きで、優れたものを身につけることで、幸福な人生が実現できる、それ以外には考えられないという思いでした。
 事実、同世代の人たちは皆、義務教育を受けて、上級学校に進学したり、職業教育を受けて、各人が頑張り努力して自立する道を目指しました。その過程で学んで身に付けた思考、知識、技術力、体力、知力、資格、経験を拠りどころにして、この世で仕事をすることになりました。
 私は幸い学生時代から聞法のご縁に恵まれ細川巌師のお育てをいただく僧伽との接点を頂いていました。卒業後は外科医としての学びと技術習得の努力をしていました。
 40歳頃、某病院の外科の責任者として仕事を始めた時、尊敬する細川巌師よりお手紙をいただきました。その中に「あなたがしかるべき場所で、しかるべき役割を演ずることは、今までお育て頂いたことへの報恩行です」という言葉があり、これを目にした時、私の思いは「参ったなー、餓鬼・畜生であった!(人間に成れてなかった)南無阿弥陀仏」でした。
 聞法の歩みの中で、仏法の智慧の視点は、あるがままをあるがままに見る、そして物の背後に宿されている意味を感得していく思考とお聞きしています。よき師を通して聞かせていただく仏の智慧は、私達の思考の拠り所の理性、知性の分別思考とは質を異にする世界でした。
 自己中心の自我意識は、育てられたことを当然のこと当たり前にして、私があれもした、これもしたという思いを心の底に持っていたのです。仏教の知識は増えていたかも知れないが、身の言動は無明の迷いそのものだったのです。
 縁起の法に沿って内省して、歩んできた人生のあるがままを冷静に見る時、両親のお育て、隣近所の人間関係、親戚付き合い、地域社会、学校、高校、大学、先輩後輩、関わった患者さん等々、ガンジス川の砂の数の因や縁によってお育てを頂いていたのでした。仏の智慧で見る時,私と周りの環境は一体です。私が周囲の事象を切り離して対象化する思考が迷いだったのです。一体の思考とは「周囲の事象の声を聞く」思考です。それらは私を支え、生かし、願い、教え、演じさせようと働いていたのです。恩とは私になされたご苦労を知る心です。私のものは何もない、全てご縁による賜物でした、南無阿弥陀仏。
 仏法のお育てをいただき、よき師・よき友の願いに触れ、更にその背後にある念仏の心、法蔵菩薩の本願の心に触れる歩みが聞法の生活でした。人間に生まれながら身の凡夫性は免れませんが、本願の心をいただき、「本当の人間に成ろうよ」と願われ、そして人間から仏へと導かれるのです。
細川 巖 Iwao Hosokawa 略歴

3:3

2020-11-20
Facebook RIZIN YASUDAより
846
私がよく思うのは宗教改革というものです。
親鸞でも日蓮でも道元でも宗教改革者です。
こちらのほうが向こう(欧州)の宗教改革より早いのです。
向こうではルターという人がはじめに出ました。
それからフランスのカルヴァンです。
それからスイスのツヴィングリ。
向こうも三人。
こちらも三人です。
数まで合うています。

因位ということ

2021-05-01

Facebook Yasuda Rizinさん曰く


1003
迷いのないところに覚りもない。
限界をおさえないといけないでしょう。
だから捜し回って、捜すことを必要としない境地といいますか、そこに覚りが出現したのです。
法が出てきた。
法が証明されたのです。
捜したり求めたりする必要のない法が証明された。
求めあぐねて、その極限をおさえて、覚ることを通して法が証明された。
もがくのを因位というのです。

ちょっと気になる言葉(お寺の掲示板等より)

京都市北区 上善寺 2021.10.20

2021-10-20
Facebook 山本 和男さん曰く

充満寺掲示板

2021-10-12
Facebook 野洌寛さん曰く

山田文昭先生のことば

2021-09-18
Facebook 阪下大介さん曰く
仏法を聞くということは、
耳に聞くだけでなく、又知り覚えることでもない。
身に得ることである。
正しく自己を生命となって血となり肉とならねばならぬ。
山田  文昭

地獄は・・・。

2021-09-07
Facebook 真宗大谷派 桑名市 西恩寺(住職 池田徹)さん曰く

最期を見たいのです。

2021-09-07
Facebook 真宗大谷派 桑名市 西恩寺(住職 池田徹)さん曰く

お釈迦様の話

求道の途

2021-01-28
Facebook平野めぐみさんより

「成道会(じょうどうえ)」―釈尊が悟りを開かれた日

2020-12-29
hp西蓮寺様より お説法は。住職 中川正法先生です。
法話2020/12/06更新

「成道会(じょうどうえ)」―釈尊が悟りを開かれた日

 

 釈尊の生涯に深く関連する日のひとつが、12月8日です。
 この日は何の日ですかとお尋ねすると、「太平洋戦争開戦の日=真珠湾攻撃の日」「ジョン・レノンが亡くなった日(今年は40年目を迎えます)」、あるいは地方によっては「針供養の日」という答えが返ってきます。「お釈迦様がお悟り(さとり)を開かれた日でしたね」というお答えは、ご門徒の皆さんからもなかなか出てきません。12月を迎えるとともに、街はクリスマス一色となり、ますます「じょうどう」の存在は、かき消されてしまうようです。

 およそ2500年前、東北インドにあった小国「シャカ国」の王子シッダールタは、地位・財産・名誉など私たちが欲するすべてのものに恵まれ、何不自由なく過ごしていました。しかし、老人や病人さらには死人との出遇いをとおして、人として生まれた以上、老・病・死からまぬがれることができないという「わが身の事実」に気づき、思い悩みながら、真の幸せとは何かと深く考えていました。

 その時、出家をし、質素な身なりながらも、心身を制御しながら善につとめ心穏やかな境地を求める生き方に励む「沙門しゃもん」と出遇いました。29才のとき、意を決してお城を出て、修行生活に入りました。もちろんお城は大騒ぎ。沙門となった王子を見つけたマガダ国王ビンビサーラは、財や軍隊をあげるから国に戻ってはと申し出ましたが、「私はこの生活を楽しんでいます」といって、その申し出を断っています。

 シッダールタは、師をみつけて瞑想の方法を学びましたが、その境地には満足せず、5人の仲間とともに断食をはじめとする厳しい苦行を続けましたが、求める境地にはいたることができず、修行を放棄します。ほぼ骨と皮だらけの体を河に入って清め、ふらふらと歩いている苦行者を見た村娘スジャーターは、神様に捧げようとして持っていた乳粥を彼に与えました(この娘の名がコーヒーに入れるミルク製品名になっています)。元気を回復したシッダールタは、近くにある大きな樹(ピッパラ樹)の下に座し、深い瞑想に入りました。

 その時、彼の前に悪魔(マーラ)が現れます。武器や雨風で襲いかかり、あるいは美しい女性を登場させて誘惑をしたり、あらゆる手段を用いて邪魔をしました。このマーラの襲来は、内面の様々な欲望との闘いや苦行を棄てたことへのうしろめたさを表しているといわれます。しかし、悪魔の襲来を降伏(降魔ごうま)され12月8日の明け方、明けの明星が輝くなか、悟り(बोधि, bodhi:菩提)を得られ、ブッダ(बुद्ध, Buddha)「目覚めたもの」となられました。この出来事を「降魔成道」といいます。お城を出て6年目、シッダールタ35才の時のことです。以後、ブッダ(仏陀)と呼ばれます。

 瞑想に入られた大きな樹は後に「菩提樹」と呼ばれるようになりました。また、悟りを得られた場所は、ブッダガヤとよばれ仏教聖地の一つとして世界中から仏教徒がお参りに来られます。現在この地には、52メートルの大塔が建っており、世界遺産となっています。

 「さとり」とは何か。どのようなことに「目覚められた」のかは、またいずれ。

ラジオ放送『東本願寺の時間』講話リスト

2020-12-08

ラジオ『東本願寺の時間』より

2020-12-08
『いのちは誰のものか』信國淳より
池田 理(兵庫県光照寺)
第4話 いのちは誰のものか [2007.9.]音声を聞く

おはようございます。宗祖親鸞聖人750回御遠忌テーマ「今、いのちがあなたを生きている」について、日頃感じていることを話させていただきます。きょうは4回目です。
私が住職となってすぐにであった、あるできごとについてお話します。それは、Sさんご夫婦の娘さんが、まだ幼いわが子を残して、自身のいのちを絶ってしまったという、悲しい出来事でした。Sさんのご家族は、ごく親しい方だけに来ていただいくことを望んでおられたようですが、通夜には、会場に入りきれないほど、多くの友人が集まってこられました。私は、娘さんのことはもちろん、ご家族のことは何も知りませんでしたが、その通夜の様子から、何か純粋な、熱いものを感じました。
ご自分を責め続けておられるご夫婦に、私は妻と2人で、何度かお話を聞かせていただくようになりました。ご夫婦からお聞きしたことですが、娘さんは、その日、幼いわが子をご夫婦に預けて、その後、一人になってからの行動だったそうです。
そのことをお聞きしてから、私はある言葉を思い起こしていました。それは「すべていのちは、それを愛そう、愛そうとしている者のものであって、それを傷つけよう、傷つけようとしている者のものではないのだ。」というものでした。
この言葉は、以前、東本願寺の学校・大谷専修学院の院長であった、今は亡き信國淳先生から教えていただいたお釈迦様についての話の中に出てきます。その話は次のようなものでした。
ある日、少年のお釈迦様が、従弟の提婆と一緒に森に遊びに行った。ところで提婆は森の上を飛んでいる白鳥を見つけ、弓で射落とした。2人の少年は獲物を手に入れようと駆け出した。そしてお釈迦様の方が早く見つけ、傷つき喘いでいる白鳥を抱き上げた。そこへ提婆が来て、射落とした自分のものだから返せと迫る。お釈迦さまは、先に見つけたのだから自分のものだと、譲らない。事の決着は、国中の賢者に委ねられたがまとまらない。そのとき、一人の年老いた賢者がいった言葉、それが、先ほどの言葉であったというわけです。
この話について信國先生は
「誰にでもすぐ判るように、私どもの生命というものが、一羽の白鳥によって表されています。そしてその白鳥を釈迦と提婆の2少年が奪い合うというのは、同じ一つの生命を我がものだと主張しあう2人の人間のあることを示しています。」と言われています。
そしてまた、一人の賢者のあの言葉については、
「いのちは、それを愛するものにおいてのみ、いのち自身をのびのびと、自由に生かすことが出来るからであり、それ自身の生きる喜びに出遭うことになるからであるに違いないと思われます。ところで私ども人間は、自分の生きる命を、それぞれ自分のものだと思っています。」
と、このように言われています。
ここで先生は、まず、私たちの誰もが思い込んでいる独断、つまり「自分の生きるそのいのちを自分のものだと独断している」事実を言われたのだと思います。そうしてこの独断に基づいて生きていながら、しかも独断している事実に気がつかないままに、生きる喜びを求めているのだと言われているのでしょう。私自身を知らされた言葉でした。
そこで、以上のように、お話を思い起こしながら、私は考えてみたのです。
Sさんご夫婦の娘さんは、わが子をいっそ道連れにと思って、そうしようとさえしたことがあったのではないでしょうか。そういうことがあったからこそ、ご両親に預けたのではないでしょうか。わが子を愛したいからこそ、これから、この子どもたちが、生きる喜びを求めようとすることだけは奪ってはならない。母である私も、それを求めてきたように。今は、この子たちのいのちだけは傷つけないように、両親に預けようと。こんな思いの中で、とった行動だったのではなかったのだろうか?
こんな私の勝手な憶測を、Sさんご夫婦にも子どもたちにも聞いてもらいました。それは、子どもさんたちがお母さんのことをどのように受け止めていくかは、もちろん分かりませんが、自分たちが、のびのびと生きたいという生きる喜びを求めるとき、悩みつつ、お母さんをも貫くいのちそれ自身の願いに、気付くかもしれないと、思ったからです。そして、お母さんと同じいのちがあなたを生きているんだよって、声なき声を感じるかもしれないと思ったからです。

『スッタニパータ』(原始仏典) 大谷大学HP「きょうのことば」2019年2月より

2020-09-03
 言葉の力は絶大です。言語が文化を形成し、言論が歴史を動かした事実もさることながら、私たちの日常においても、言葉の力はあらゆるところに見受けられます。誰かの言動に深く傷ついた経験のない人はいないでしょう。無作為に放たれた言葉が私に刺さり、生きる気力まで奪われてしまうこともあります。その一方で、確かな言葉に勇気を与えられることもあります。つまり、言葉には言葉以上のものが宿るのです。
 仏教は古来より、言葉の力に細心の注意を払ってきました。言葉が私にもたらす作用を注視し、「行動」や「思考」と並んで、「言葉」が自分を作り上げると考えてきました(身(しん)口(く)意(い)の三業)。なぜなら、この三者は相互に深く結びつき、私が考えること、話すこと、行動することが一体となって、「自分」という存在を練り上げるからです。また、発話行為というものは当人の内的な成熟度を如実に表しますが、言葉は私の内面から表出したものであるにもかかわらず、私にはその力を制御することができません。言葉は、発話者の予想を超えたはたらきをするのです。

 したがって、このことばは「言葉づかいに気をつけよう」という道徳の話に留まるものではありません。同じ経典に「ひとは生まれると口に斧(おの)が生える」とも説かれるように、悪意ある言葉は文字通り他人を傷つけます。そうした言葉は、発言した後に「しまった」と後悔をもたらし舌禍(ぜっか)を招くだけでなく、やがて内側から自己を侵食し(思考と行動に影響を及ぼし)、少しずつ自己を苦しめます。そして何より、悪意ある言葉は人に刺さったまま容易には抜けず(消えず)、人の尊厳を踏みにじり続けるのです。
 特定の人を攻撃することで耳目を引こうとする近年の言論活動を見る限り、この社会には暴言や罵詈雑言(ばりぞうごん)を求める気分があると言えます。また、言葉が次々と消費される流れに比例し、たったひとつの失言からその発言者の人格までを否定しようとする態度も見受けられます。相手の言葉尻をあげつらい、その言葉の背後にいる人間の姿を見ようとしない傾向のことです。何事につけ社会に向けて発言することが容易になると同時に、言葉が軽視され、言葉の重みが見失われつつある状況の只中に、私たちは立っています。
 こうした点から、自身が語ろうとするその言葉に、より一層の注意を払う必要があることは間違いありません。今一度、「私は私が語る言葉の力を完全には制御できない」という事実を思い起こす時が来たのではないでしょうか。

データベース

真宗聖典検索 Web site

2020-04-22
東本願寺出版発行の『真宗聖典』(初版)に収載されている聖教の本文の検索を行うことができます。
このサイトは、宗祖親鸞聖人御誕生八百五十年・立教開宗八百年慶讃事業の一つとして聖教編纂室にて取り組み、開設したサイトです。東本願寺出版発行の『真宗聖典』(初版)に収載されている聖教の本文の検索を行うことができます。使用方法については、このサイトについてをご覧ください。

このサイトについて | 真宗聖典検索 Web site (higashihonganji.or.jp) 

真宗聖典(S_JIS 版)検索システム--- 生まれた意義と生きる喜びを見つけよう! ---

2020-04-22
真宗聖典(S_JIS 版 msearch)検索エンジン

 

『浄土真宗聖典』オンライン検索 浄土真宗聖典・検索システム | 原典版

2020-04-22

聖典電子研究会

2020-04-22

SAT

2020-04-22
SAT大正新脩大藏經テキストデータベース
SAT大正新脩大藏經テキストデータベース


   智慧の宝庫、『大正新脩大藏經』
                        の
          第1巻から第85巻までの

      全テキストをデータベース化

 

   ttps://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT/

ちょっといい話

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死を恐れぬ不屈の戦闘員でありながら、常に命というものを大切にした坂井三郎。

2021-10-22
Facebook 中村信一さん曰く
太平洋戦争が始まってすぐの頃、坂井はオランダ軍の輸送機が飛行しているのを偶然発見したことがあった。
輸送機といえど、敵の重要人物が搭乗しているかもしれず、拿捕、もしくは撃墜せよという命令が出ていた。
坂井はオランダ軍の輸送機に近づいていった。  
「護衛はいないようだな・・・」
坂井は周囲に目をくばりながらつぶやいた。 撃墜すべきか警告射撃をすべきか、思案しながら近寄ることにする。
用心のため太陽の方角から接近した。近寄ると、機体は陽光にギラギラ輝いている。窓があって多くの顔が自分に向けられているようだ。   
坂井はさらに零戦を接近させた。
陽光がさしこみ暗い飛行機の内部を照らし出す。
窓を通して飛行機の内部がすみずみまで見渡せた。     
なんと機内は負傷者ばかりで、彼らは恐怖でひきつった表情でこちらを凝視しているではないか。  
彼らは鬼のような日本軍の戦闘機に飛行機もろとも撃ち落とされるかもしれないと恐怖におののいていたのだ。  
窓越しに看護婦らしき女性と5才ほどの少女が抱き合ったままおびえた表情で見つめているのも見えた。   
このとき坂井は心の中で自問自答した。
「坂井三郎。そうだ、お前は大日本帝国海軍の栄えある戦闘機乗りだ。相手が敵機なら存分に戦いもしよう。しかし負傷者と女子供の乗っている飛行機は敵ではない。お前は敵を見なかった」
坂井は自分のこの言葉に一人うなづくと、女の子と女性そして多くの負傷者たちに軽く手を振り、翼をひるがえして輸送機から離れ、大空の彼方に消えていった。 
これは軍紀からすると命令違反であったが、坂井は基地に帰ってからも飛行中に何ら敵らしきものは発見せずと報告しただけであった。
この出来事は誰にも知られることもなくこのまま過去の闇に忘れ去られるはずであった。   
ところが戦後50年もたってから、この話は多くの人々に知られることとなる。
当時その輸送機に乗っていた看護婦だった女性の一人が、偶然、坂井の著書を見て、零戦に描かれたマークから彼がそのときのパイロットだと探しあてたのである。  
「私があのとき見た飛行機の胴体にもこれと同じマークがあったわ。私たちの輸送機に近づいたのはこのパイロットにまちがいない」
彼女はそう確信すると、国際赤十字を通じて照会を依頼した。
するとまもなく事実確認がなされ、坂井だったことが判明した。
こうして運命的な出会いは実現することになった。
女性は坂井に言ったそうだ。  
「あのとき輸送機に乗っていた人々は、ほとんどが負傷者、病人、老人、女性や子供でした。みんなあなたの飛行機を見て悪魔が来たと思いました。でもあなたは笑って手を振って遠ざかっていきました。みんなは歓声をあげてそれこそ抱き合って喜びました。そして全員あなたに心から感謝したのです。あそこにいた人々は、その後、多くの家族を持ちました。あなたは多くの人々の命を救ってくれたんです。かけがえのない命の恩人なのです」
そう言って、女性はあらためて50年前のシーンを思い出すと涙を流して坂井の手をとったという。
死を恐れぬ不屈の戦闘員でありながら、常に命というものを大切にした坂井三郎。
彼のとった行為こそ、まさにサムライの真意ではなかったろうか。

人間国宝・柳家小三治のまくらの一部分をお楽しみください。

2021-10-19
2021NBC新春寄席 福岡公演
公演日:2021年1月21日(木)
2021NBC新春寄席 長崎公演  公演日:2021年1月24日(日)

矢吹丈、最後の試合 世界タイトルマッチ vs ホセ・メンドーサ戦

2021-10-15
Facebook 三浦 諭 さん曰く
矢吹丈、最後の試合 世界タイトルマッチ vs ホセ・メンドーサ戦
「あなたが、この世界一強い男と、どこまで立派に闘い抜くか、このリングの下でしっかりと見届けるわ!!」
愛するパンチドランカーの丈の命を守ろうと、試合を必死になって中止させようとしていた白木葉子、しかし、最後は丈に、この言葉を投げかけるのであった

岸田新総裁の河野太郎氏の処遇は? 田原総一朗氏「安倍さんに頭を下げられるか次第」

2021-09-30
© AERA dot. 提供 岸田文雄新総裁(左)と河野太郎氏(C)朝日新聞社
2021/09/30 07:00

 29日、自民党総裁選の投開票が都内ホテルで行われ、岸田文雄前政調会長が選出された。
一回目の投票では当初、河野太郎行政改革相が最多になるとみられていたが、結果は岸田氏が河野氏よりも一票多い256票でトップ。
決選投票では岸田氏が257票を集め、河野氏の170票を圧倒した。
この結果をジャーナリストの田原総一朗氏はどう見たのか。
河野氏や高市早苗氏の処遇、次期衆院選での勝算なども含めて聞いた。

早稲田OB首相は短命?新総裁・岸田氏は「永田町のジンクス」を覆せるか

2021-09-30
© ダイヤモンド・オンライン 提供 Photo:Pool/gettyimages

新リーダーを覆う、永田町と早稲田の「ジンクス」とは

 テレビや新聞では「昔から真面目でひたむきだった」「熱烈な広島カープファン」なんて感じで、岸田文雄新総裁の素顔を報じるなど、お祭り騒ぎをスタートさせているが、永田町では早くも「首相のジンクス」を心配する声が聞こえている。

 まず、よく言われているのが、「長期期政権後は短命」というものだ。これは昨年、菅義偉首相が総裁選を制した時にも真っ先に言われていたが、実は今回にも当てはまってしまう。長期政権後は短命政権が最低2度は繰り返す、というのがこれまでの傾向だからだ。

ちょっと気になる絵

別府からBEPPUへ・・・・

2021-10-21

『ひょっこりひょうたん島』

2021-10-20
Facebook 高村雪子・Syokoさん曰く、ドン・ガバチョさんしか名前覚えてなかったけど、釘付けになって観てました!

花押

2021-10-20
Facebook SignatureJapanサイン普及協会さん曰く
花押は名前を一つの文字として図案化したもの、自らの風格、意志などを込める古来のサイン。芸術的で美しい、和の心を体現する大切な日本文化の一つ。

「2021世界体操・新体操選手権北九州大会」のメダルリボンに起用されました小倉織

2021-10-08
Facebook 小倉織「縞縞SHIMA-SHIMA」さん曰く、小倉織の生地をご紹介いただきます。

Facebook 新作能「沖宮」公演実行委員会

2021-10-02

ちょっといい音

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新作能"沖宮"

2021-10-02

東京パラリンピック閉会式、開催国国旗入場曲

2021-09-07
作曲は、この方です。
<東京パラリンピック:閉会式>
◇9月5日◇東京・国立競技場 東京パラリンピックが5日、閉幕し、東京・国立競技場で閉会式が開かれた。 
日本国旗入場の際に、バイオリニストの高嶋ちさ子(53)が作曲した「ブライト・フューチャー」が流れた。 
閉会式を放送したNHK総合に出演した同局和久田麻由子アナウンサー(32)は「音楽は、高嶋ちさ子さんです」と紹介した。
 美しい旋律のバイオリン曲に、ツイッター上では、「優しいすてきな曲 心温まります」「すてきな音色でした」といったつぶやきがみられた。
 式典は、「Harmonious Cacophony(ハーモニアス カコフォニー)」というコンセプトで展開された。

高嶋ちさ子 12人のヴァイオリニスト 10/30サントリーホールコンサート

2021-07-21

【ライブ配信】早稲田大学マンドリン楽部 サマーコンサート2021

2021-08-22

【第一部】
 ≪白鳥の湖≫より 
「パ・ド・トロワ」 
「ワルツ」 
「白鳥たちの踊り」 
「情景」 
「チャルダッシュ;ハンガリーの踊り」  
 /P.チャイコフスキー/赤城淳 編曲 
【第二部】 
歌劇≪シチリア島の夕べの祈り≫より序曲
 /G.ヴェルディ/久松祥三 編曲 
歌劇≪マノン・レスコー≫より間奏曲
 /G.プッチーニ/伊藤敏明 編曲 
歌劇≪ウィリアム・テル≫より序曲
 /G.ロッシーニ/久松祥三 編曲

ラヴェル ボレロ バレンボイム指揮ベルリン・フィル

2021-08-20
ラヴェル ボレロ バレンボイム指揮ベルリン・フィル
バレンボイム指揮による
  ラヴェル《ボレロ》。
ヴァルトビューネ・コンサート1998
「ラテンアメリカ・ナイト」からの演奏です。

ちょっと気になる逸品の世界

“明治/大正/昭和/平成/令和に連なる余部橋梁”

2021-10-21
Facebook Discover Doboku 日本の土木再発見さん曰く
-鋼トレッスル橋はエクストラドーズド橋に代替わりした-

日本民藝館

2021-10-21
1936年竣工、柳宗悦設計の日本民藝館。外観と展示室は和風意匠を基調としながらも随所に洋風が見られます。本館の前には柳が没するまで暮らした西館も

京都市京セラ美術館(京都市美術館)

2021-10-21
撮影:来田猛

10月20日 は 、 #早稲田の記念日 です。

2021-10-20
Facebook Waseda Universityさん曰く、1927年の本日10月20日 は #早稲田大学 を象徴する #大隈記念講堂 が竣工した。
1927年の本日10月20日 は #早稲田大学 を象徴する #大隈記念講堂 が竣工した #早稲田の記念日 です。#大隈重信 の志を継いで建設が行われ、関東大震災での中断や資金難等の困難を経て完成したのち2007年に国の重要文化財に指定されました。優しく荘厳な佇まいは今も健在です。

\太平洋を越えた初めての機体/ 「DC-6B型機」

2021-10-18
Facebook JAPAN AIRLINES (JAL)さん曰く
\太平洋を越えた初めての機体/
「DC-6B型機」
JALの歴史と共に時代を彩った飛行機を振り返るシリーズ、
第3回はプロペラ機として頂点を極め、傑作機といわれた「DC-6B型機」。当時機材としての信頼性はもとより機内を与圧することで快適性が増し、特に国際線において初期のJALを支えた存在です。
1954年2月にDC-6B型機「City of Tokyo号」が戦後の国際線定期便の第一便として、東京羽田空港からサンフランシスコへ飛び立ちました。
当時はまだ飛行機の性能上、太平洋を直行することはできませんでした。ではどのように渡ったのかというと、給油のため途中でウェーキ島という島に寄り、さらにホノルルを経由して目的地へ向かっていました。
ウェーキ島寄港の目的は「給油」でしたが、朝方に到着することから、搭乗されたお客さまはその束の間の寄港で朝食を楽しまれていました。給油の合間に朝食をとるというのは、今ではあまり想像できないかもしれませんね
運航した飛行機一機一機にさまざまなエピソードや人々の想いがあります。
本シリーズをきっかけに、皆さまと一緒にJALの歴史に想いを馳せることができましたら幸いです

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2021-06-06
大分県日田市の願正寺のホームページ (ganshoji.com)
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