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ちょっといい話

仰せを蒙りて【アーカイブス 音声・映像データ編】

法蔵菩薩の絶対不二の働き

2020-07-18
『曽我量深講話録』一・164頁より

■「われわれが、どんなに絶望し自暴自棄しても、仏さまはそれを見捨てないで、われわれを信じて下さる。その仏さまの信が、本願というものになっている。ただ衆生が気の毒だというだけではない。やはり、われわれを信ずるということがあるわけである。信ずるのはわれら衆生というが、もとは仏さまがわれわれを信ずるところにあるのである。私というものを無条件に、どんなに自分が自信を失おうとしても、仏さまに信じられている。仏さまは、私を信じて捨てない。そういうことに私どもは目ざまさしてもらい、仏さまを信ぜずにおれない。こういうところに、真実信心というものが初めて成り立つ」
(『曽我量深講話録』一・164頁より)

■金剛とは、元々は「堅くていかなるものにも破られることがない」という意味ですが、「いかなるものにも破られることがないもの」とは、本当は堅いものではなくて、水のように柔らかくてあらゆるものに随順していくものでしょう。仏さまの心は、私どもがどんなに自分に絶望して自分を捨てようとしても、それにさまたげられることなく、水のようにどこまでもわれららに付き従って決してわれらを捨てられない。そのような仏さまの心のことを、金剛の信心というのでしょう。私どもの身の深いところに、誰の中にも平等に流れている法蔵魂こそが、そのような金剛の信心と言えるものではないかと思います。「不二」とは、決して離れずにあたかも一つの存在のように私どもの宿業の身と運命を共にする法蔵菩薩のはたらきのことをいうのでしょう。

■ちょうどこれを書いている時ツィッターを見たら、Yuko Itoさんが次のような投稿をしておられたのでびっくりしました。

「あなたがどれほど人生に絶望しても、人生のほうがあなたに絶望すること はない」(V・E・フランクル)
 
 いやー、これは、まさに法蔵菩薩の絶対不二の働きをあらわしている言葉ではないか、と思いました。こういうのを「金剛(何ものにもさえられない)の信心」というのでしょう。

「あなたがどれほど人生に絶望しても、人生のほうがあなたに絶望することはない」(V・E・フランクル)

曽我量深先生のことば

2021-05-16
【試聴】「すでにこの道あり」曽我量深/法話CD「本願に生きた念仏者シリーズ」①|東本願寺出版

1964年高倉会館で行われた「教如上人三百五十回忌法要記念講演」の貴重な録音を東本願寺出版がCD化。
曽我量深師、満88歳の獅子吼。  http://higashihonganji-shuppan.jp/boo... 
※古い音源を使用しているため、当時の録音機器の状況等により、一部お聞き苦しい点があります。 
法話CD「本願に生きた念仏者」シリーズ全15巻 好評発売中! シリーズ各巻定価:1,800円(税抜)




【試聴】「南無阿弥陀仏に成る」藤代聰麿/法話CD「本願に生きた念仏者シリーズ」⑨|東本願寺出版

藤代聰麿師の高倉会館日曜講演(1983(昭和58)年10月30日)を収録。
 南無阿弥陀仏を問題にしない現代のありかたを問う力強い法話。
※当時の録音機器の状況等により、一部お聞き苦しい点があります。 法話CD「本願に生きた念仏者」シリーズ全15巻 好評発売中! シリーズ各巻定価:1,800円(税抜)

曽我先生の『救済と自証』は金子先生がまとめられた。

2021-06-15
Facebook Yasuda Rizinさん曰く




1047
曽我先生の『救済と自証』は金子先生がまとめられた。
その後に『地上の救主』が出ましたね。
一番はじめに『救済と自証』が出て、だいたい三巻でまとまっています。生前の全集です。
暁烏さんは「生きているあいだに全集を書くものではない」と言ったけれども、生前の全集ということも成り立ちます。

東本願寺親鸞聖人七百回大遠忌法要3(金子大榮講演「浄土の機縁」)

2020-04-13
記念大講演会
金子大榮「浄土の機縁」
(1961.4.21 京都会館第一ホール)

 ※音源の問題で最初のほうが聞き取りにくくなっています。

金子大栄先生のことば

2021-05-16
【試聴】「念仏成仏これ真宗」金子大榮/法話CD「本願に生きた念仏者シリーズ」②|東本願寺出版

1961年高倉会館において行われた「親鸞聖人七百回大遠忌讃仰講演会」での音声を収録。
親鸞聖人七百回御遠忌に出遇った金子大榮師の感動が満ち溢れる。  http://higashihonganji-shuppan.jp/boo... 
※古い音源を使用しているため、当時の録音機器の状況等により、一部お聞き苦しい点があります。
  法話CD「本願に生きた念仏者」シリーズ全15巻 好評発売中! シリーズ各巻定価:1,800円(税抜

大谷派関係学校等のページ

Facebook 大谷派における学事の潮流

2020-05-05

Facebook 宗門関係学校のページ

2021-09-26
管理人は、当山住職です。
九州大谷短大の音楽劇公演ポスターです。

『明治期の真宗大谷派おける研究教育とその体制』

2021-09-14
三明 智彰著
現キャンパス

1977年の教授陣です。

2021-10-17

谷大120周年の学長焼香の図です。

因みに、管理人在籍(真宗学研究科)の頃の教授陣は次の通りでした。

【真宗学】
稲葉(秀賢)、松原学長、藤原(幸章)、細川(行信)、廣瀬(たかし)、寺川、幡谷、安富、小野、本多、江上

【哲学】
西谷、木場、坂本

【仏教学】
山田(亮賢)横超、佐々木(現順・令信)、三桐、(院生)一色

【史学他】
野上俊静、藤島達朗、五来、(仏教音楽)岩田'

・太字が、当代が受講させていただいたヨキヒト

10月13日は、大谷大学において近代化120年の創立記念式典が行われました。

2021-10-16
Facebook 速水 馨さん曰く
10月13日は、大谷大学において近代化120年の創立記念式典が行われました。
この日は東京巣鴨に真宗大学(現在の大谷大学)が移転開校し、学監(学長)清沢満之が「開校の辞」として宗教的信念の確立が大学の使命であると述べた日。
コロナ対応のため出席者を限定しクローズドで行われましたが、記念講演の姜尚中さんの、ホブズボーム『20世紀の歴史ー極端な時代ー』を引用しながらのお話に引き込まれました。
20世紀はグローバル化による人々の移動がパンデミックを引き起こし、それは同時に移民による憎悪、ファシズムも生み出した時代でありました。世界大戦に始まった20世紀の問題は未だ解決をもたらさず、同じ構造をもったまま今に至っている。
和解と共生を導く役割を担う政治を人々は手放し、これを政治屋が占有するのであるが、メディアはあてにならない世論(せろん)を煽り、政治はこれを無視できずに判断を下していく。民衆主義とポピュリズムなくして大衆の動員は生まれなかった。
自立した個人を求めてきた近代の行き着いた危うさ、強さや速さの呪縛から離れるべきことが世紀の歴史を通して語られました。
その中にあって希望として最後に出されたのが、シューマッハが60年代に提唱した仏教経済学『small is beautiful』であったことは、少しばかり驚きましたが、長期思考で俯瞰的に物事を見る大切さを教えていただきました。

仰せを蒙りて【音声・映像データ編】

真宗大谷派東本願寺【公式】 - YouTube

2021-04-06
法要をズーム・イン、法話はリプレイができます。

ラジオ放送『東本願寺の時間』

2020-12-08

石川県西田幾多郎記念哲学館

2021-10-06
西田幾多郎とは
「私の生涯は極めて簡単なものであった。その前半は黒板を前にして坐した、その後半は黒板を後にして立った。
黒板に向かって一回転をなしたと云へば、それで私の伝記は尽きるのである」

これは、西田幾多郎が京都大学を退官するときに述べた言葉です。

Twitter大谷派近代真宗教学の言葉さん です。

2021-10-05

20210613淨妙寺親鸞教室法話会

2021-09-17
一楽真師「この世の利益きわもなし」鈴木君代師ミニコンサート

2021年6月13日(日)13:3016:00 
真宗大谷派 淨妙寺親鸞教室法話会を
YouTube配信のみで開催しました。
 講題 「この世の利益きわもなし」 
 講師 一楽真師(大谷大学教授) 
◆先生からのメッセージ 
「南無阿弥陀仏をとなうれば この世の利益きわもなし」 親鸞聖人がお作りになった「現世利益和讃」のお言葉です。念仏もうすならば、今生きている現在に限りない利益があると言われます。この親鸞聖人からの呼びかけが実感をともなって受けとめられるでしょうか。念仏してもたよりないとか、念仏に何の意味があるのか、そんな声が聞こえてきそうです。ご一緒に尋ねたいと思います。 
法話後 鈴木君代さんのミニコンサートがあります。

仰せを蒙りて【文字データ編】

- 『自己に背くもの』 -    唯識に学ぶ・誓喚の折々の記プログより

2020-05-12
八番問答講話  安田理深述

- 『自己に背くもの』 -

         八番問答講話  安田理深述

 (1) 転回点 その(1)

 曇鸞大師は浄土論の解釈が一応終わってからその最後に至って一つの問題を提起しておられる。そこを今回は拝読することになっている。論註をみてみるとたびたび話すように浄土論というものが偈頌-歌、これを印度では伽陀といい、支那では頌といい、日本では歌というーとその解釈が散文で書いてある。その散文を長行といっている。論註は上巻では偈頌の解釈、下巻では長行の解釈ということになっている。そしてこの上下二巻の終りにはそれぞれ重要な問題を掲げておられるのである。下巻では自利利他の問題を掲げて、自利利他速得阿耨多羅三貌三菩提、この速やかにという問題をおさえて曇鸞大師はそこに浄土論を手がかりとして本願他力を摂き、他力という問題を明らかにしておられる。古来これを他利利他の深義といっている。下巻には五念門の因果を広く解釈してあるが、そこでは五念門の行というものが他力であるということを明らかにしていられる。浄土真宗では他力回向をいうが始めてそれを明らかにされたのが曇鸞大師である。それによって浄土論というものが全く新しい解釈即ち浄土論をみる眼が開かれたのである。かくて上巻にも下巻のそれと相応した一貫した問題を掲げられている。

 論註上巻の最後を結ぶこの問題は何かというに、古来から八番問答といわれて問答が八通り繰り返されてある。然しその中心問題は先ず第一の問答で、これが八番問答を一貫する根本問題であろう。では問題はどういうところから起こったかというと、天親菩薩の回向章から起こっている。回向章は願生偈の最後のお言葉で、四句一行の流通文である。流通文は結文をいう。

 我作論説偈 願見弥陀仏 普共諸衆生 往生安楽国

 この偈のなかの 普共諸衆生 往生安楽国 と結んであるが、さたその衆生といっているのは何であるか。いかなる衆生を意味しているのか。ただ衆生というのみでは仏も衆生であり、菩薩も衆生であり、凡夫も衆生である。それ故天親菩薩が願生というものにおける衆生というものが一体菩薩を意味するのか、それとも凡夫を意味するのかはっきりしない。ここに衆生とは何を指して衆生というのか、という問題が提起されたのである。

 今回拝読するところはその前に 以偈頌総説竟(偈頌を以て総説し竟ぬ) というところから出ている。故にこの問題は回向文の問題ではない。解釈はもう終っている。この問題は回向章の問題ではなくその問題を手がかりとして、浄土の機とは一体何であるかを問うのである。これは気のつかぬことであるが、それを曇鸞大師はおさえられたのである。法があっても機がないときには法は生きてこない。活動しない。機というものにおいて法は働く。つまり法の本性は永遠に変わりがないが、その法も機がなければ単なる可能性というものに終わり、現実的にはならない。現実的になるためには機というものを要するのである。そうでなければ法というものはただ本質としてあるのみで、生きて働くところのー法が働くということができない。

 論註の最初に先ず浄土論を解釈するにあたって、

 謹案龍樹菩薩「十住毘婆娑」云。菩薩求阿毘跋致有二種道。一者難行道。二者易行道。(謹んで龍樹菩薩の「十住毘婆娑」」を案ずるに云く。菩薩阿毘跋致を求むるに二種の道有り。一つには難行道なり。二つには易行道なり。)

 と龍樹の十住毘婆娑論を以てその出発点として解釈しておられる。そこに難行道易行道ということが出ている。次いで 「難行道者謂於五濁世於無仏時」(難行道とは謂く五濁の世無仏の時に於て) といってそこに時が出ている。これは面白いことである。論註の一番最初に時が出ており、その最後には機が出ている。始めに時、終わりに機、時機である。法というものは時を得て始めて現実的なものとなるのである。時機純熟というがこういう問題に触れたわけである。つまり浄土論が天親菩薩の安心を表白されたのであるが、願生偈は普共諸衆生といっている。天親菩薩が浄土論を述べた立場はどこにあるか。即ち天親菩薩が願生といわれたときにはどういうところに自己を置かれたかということである。そういうことを問うのである。更に押してゆけば浄土の機というもの、阿弥陀仏の本願の正機とは何であるか。こういう問題である。 

『自己に背くもの』      プログ唯識に学ぶ・誓喚の折々の記より

2020-05-07
八番問答講話  安田理深述

    - 『自己に背くもの』 -

     八番問答講話  安田理深述 (3)

 「本願成就」

  答曰案王舎城所説「無量寿経」。「仏告阿難。十方恒沙諸仏如来。皆共称嘆無量寿仏威神功徳不可思議。諸有衆生其名号信心歓喜乃至一念至心回向願生彼国即得往生住不退転唯除五逆誹謗正法」

 (答えて曰く、王舎城所説の『無量寿経』を案ずるに、「仏阿難に告げたまわく、十方恒沙の諸仏如来、皆共に無量寿仏の威神功徳不可思議なるを称嘆したまう。諸有の衆生、其の名号を聞て、信心歓喜せんこと、乃至一念せん。至心に回向したまえり。彼の国に生ぜんと願ずれば、即ち往生を得、不退転に住せんと、唯五逆と正法を誹謗するをば除くと。)

 と引用してある。これはまあ教行信証をみているとか、法門にいる人にはこの言葉は大無量寿経においていかに重要であるかが判っているけれども、門外にいる人はそうは思わないかもしれないので、どうも面倒なことである。近代人のわれわれは直接経典を見るというようなことはできないのである。歴史を離れてあるものならばとも角、その歴史というものを離れて大無量寿経というものはない。経典は自己の歴史をもっている。歴史を離れて経典というもそれは生命を持たぬ。この語は大経下巻の始めに出る第十八願成就の言葉である。ところが第十八願の言葉は諸有衆生からであるが、その前は第十七願成就の言葉である。これはなかなかやかましいところであるが、ここは第十七願にはさして重要な意義というものはないと思う。そのわけはよく文章を見ると十七願の成就は、句を分ければ十七願成就の文と十八願成就の文と分けれ必要かもしれぬが、生きた文章として見るとき、それと十八願成就の文とははなれたものではない。事実からいってもそうである。因位の本願からは十七・十八願を区別しても、成就するところに即ち信仰体験の上ではばらばらであるわけのものではない。成就は体験であり、体験の上では事実として一つである。

 その因位の本願の上では第十七・第十八の願はそれぞれに独自の原理、意義を持っている。成就では一つ、第二十願をも加えて三願の成就が一つになっている。そういうことは意義の深いことである。しかしここで十七願の成就文が曇鸞の引用中に出ているが、その十七願の意義を始めて明らかにされたのが教行信証である。十八願、二十願、十二願、十三願の大事なことは曇鸞大師を通して見出されていたのであるが、なお十七願の意義は見出されておらぬ。十七願の文章はあってもその意義は見出されておらない。それは頭が悪いというわけではなく時機純熟しないからである。時機が到来しない。その十七願の意義を明かす時機が親鸞において来た。十七願の意義は教行信証の意義の半分を尽くすというも過言ではない。十七願はみたところ、一向に大した願と見えず、何か諸仏がオーケストラをやっているようであり、一向捕らえようのない願である。第十七願は第十八願を讃える補助的願、即ち独自性を持たない願のようである。教行信証に来て始めて十七願は大行の願として、念仏というものを自ら称えしめる原理として、十八願を十方世界に行ぜしめる願という意義を見出して来たのである。かかる実践の行であり、そこに重誓の偈、本願を本願する誓いを十七願の上に見出して来た。本願の念仏は十七願の上に成立する。十七願の意義はどうしても親鸞の教行信証をまたねばならぬ。ここでは十七願の意義ということはいらないと思うのでああるが、ここに諸有衆生聞其名号信心歓喜の「其の」とは前にいってあることを指す代名詞であり、上に出る十七願成就を受けているのである。十七願というものを出さなければ、其のということが判らない。直接には十七願成就文は必要ではないが、必要なのは十八願成就文であるが、それは十七願成就文から不可分に続いている。しかしさしあたりここで必要なのは

 諸有衆生聞其名号信心歓喜乃至一念至 心回向願生彼国即得往生住不退転唯除五 逆誹謗正法

 という本願成就の言葉であるといわれている。

 大無量寿経は四十八願を説かれた経である。そして単に如来の本願を説いた経であるばかりでなく、その本願の成就を説いてある。もしそうでなければ物語を説いているにすぎない。だから大無量寿経のなかに大無量寿経によって救われた体験があわせて述べられてある。大無量寿経は阿弥陀仏の本願に救われた人がその救いの体験を通して、その救われた体験に即して救いたまう本願を説いた。これが大無量寿経というものである。その因願のなかには十方衆生というたある。それは十方衆生、ただ十方衆生といってあるが、それは誰だか判らない。本願はそれだけであるが、主観的なもの、観念で終わってしまう。それが本願成就文のところでは諸有衆生となっている。法は機をまたぬとただ観念的な存在として終わってしまう。やるせない本願としてあるものである。機をまって始めて本願が行となる。生活となる。行というものが生きている証拠である。救われたか救われぬかの証拠は行である。行があるかないか、行がないと安心も成り立たぬ。行が願である。願というところでは非常に深いが微かなもの、願が行というところに力となる。現実のわれわれの上に願というときはわれわれを離れる。それがわれわれの上に成就する。それを行という。本願が空中に成就するということはない。本願がわれわれの上に成就してわれわれを転廻する。本願がわれわれの上に来ってわれわれを招喚し摂取する。変革する。そこに歴史的、運動というものがある。因位の本願では十方衆生といってあり、成就の文では諸有衆生といってある。十方の衆生ではただの衆生ということと同じであるが、それが機というものをおさえてくるところに諸有衆生と具体化されて来たのである。

『自己に背くもの』安田理深述(19)変革の成就  プログ唯識に学ぶ・誓喚の折々の記より

2020-05-07
八番問答講話 安田理深

政治や経済をいかに改めても自己は同じであって変わらない。ところが夢から覚めれば必堕無間が必得往生になる。絶対的生産的行為である。社会改造ということは、五逆罪は社会的罪であり、謗法は個人的事件にすぎぬと考えているけれども、実はそれは逆で宗教の世界と社会の世界とは違う。一瞬一瞬に驚天動地がある。社会変革は大事件のようであるが、たかがしれている。結局それは人間がやっていることである。人間のすることは限界がしれている。これは非常にありがたいことであるが、信仰認識が他の認識といかに違うか、即ち夢から覚めたというの偉大な特徴である。そこに認識の確実性、真理性、実在性をともなってくる。明覚知証が同時に遠離の変革をともなう変革の認識である。頭は解ったが腹はふくれないということはない。闇と光とはそういう対立である。こういう点譬が大切で親鸞聖人でもそうであるが、インドでは譬はふつう説得術としてあり、論義学の意義をもっている。譬喩を大前提であらわす、たとい・・・・・何々の如し、全て作られたものは滅するというのを作られたるが如し・・・・・という。譬が非常に大事である。譬を大前提であらわす。 「凡ては死す」 ということは直覚的自明な真理である。直覚性が譬喩をとって、そこでは論理は要らない。正信偈に、譬如日光覆雲霧 雲霧之下明無闇 といってあるが、あれは親鸞聖人の会心の作である。親鸞聖人の得意なところである。これはここの千歳の闇室と連関がある。信仰認識をいかに捉えたかというと日光である。 「譬えば日光の雲霧に覆わるれども雲霧の下明らかにして闇無きが如し」 こういう譬は信仰を外から模索しているような立場では出てこない。ここで大切なことは信仰の光によって 「雖」 「にもかかわらず」 ということが大事な点である。闇はないけれども雲霧はある。闇が晴れたことは夜の明けたことである。夜が明けておれば必ずしも晴天でなくとも、曇天であってもさしつかえない。もし夜が明けたことが晴天ならば、信心を頂いたことは成仏で凡夫ではない。信心が頂けたからといって貪愛瞋憎雲霧即煩悩がなければ仏になったのである。そうなると 「怪しく候いなまし」 となる。もう腹はたたないという人があるか。煩悩があってもさしつかえない。疑惑があっても無明があってもよいというがそれは逆であり、根本的な誤解である。くもっていることが直ちに夜だと思っているが、実は雲が見えたということは実は夜が明けた証拠である。雲が見えることは自分が見えることである。自分が見えることが夜が明けた証拠である。ここに親鸞聖人の譬は他力廻向の信心においては雲の有無は問題でない。夜が明けたか、明けぬかということが問題である。雲があってもいっこう障りではない。 「悪も恐れなし」 という現生不退の譬喩で語っている。これは親鸞聖人の得意なところであろうと思われる。業というものが暗いということは夜がまだ明けていない証拠である。業というものを実体化し運命化しているからである。本当に深い業というものは夜が明けている。そこに煩悩が頂ける。 「悪も恐るべからず」 というのは既に転悪成善している。転じないのは実体化しているからである。それが十念の念仏によって消えるという。煩悩が頂けるという。だからよく 「信仰を頂けば光は光自身を顕すとともに闇をあらわす。光を頂けば益々深い闇が頂けるという。そんなことはないと思う。知ればなくなるのが闇であると思う。そうでなければ暗いのが信仰の状態であると思うことになる。夜が明けるということは自力我執の心が折れたことである。自力我執の心、頭をあげていると悪作であり、頭を下げないのは悪むものがあるからである。頭は実践理性である。実践理性が五逆罪を悪む。頭を下げれば煩悩自身が頭をさげてくる。人に妨げられるのは人を妨げているからである。自力我執の心が砕かれれば煩悩自身が喜んでくる。煩悩自身が随喜してくる。

 

 在縁、妄想に依止しては在心という。虚妄顛倒の見である。 「この十念は無上の信心に依止して阿弥陀如来の方便、荘厳、真実、清浄、無量功徳の名号に依りて生ず」 無上の信心は 「善知識の方便安慰して実相の法を聞かしむるに依りて生ず」 とあるが、その無上の信心は第一の在心をいうのである。 「阿弥陀如来の方便、荘厳、真実、清浄、無量功徳の名号」 を在縁という。在心は信心、在縁は名号である。これは何かといえば、五逆罪は父を殺し、母を殺し・・・・・そういうものは煩悩の虚妄果報、果報であるところの煩悩によって衆生を対象として行われた罪悪というものは父を殺し、母を殺し・・・・・即ち五逆を犯した衆生、煩悩果報の衆生である。衆生を所縁として起こった。罪は誰かを所縁として起こされたものでる。所縁とは対象である。阿闍世が父を殺し、提婆は仏から血を出したというが、仏といっても提婆は仏を見ているのではない。仏というのは身体があったり、いろんなことを行為したりしている。五逆に立てば仏も衆生である。日本人は天皇を神といってきたが、神はご飯を食べないのか、食べなければ天皇も死ぬ。死ぬならば天皇は神でない、というのは愚直である。ああいう飯を食ったりしているものを神といっているのではない。位をいっているのである。人間だけを見ていれば子供もある。煩悩果報の衆生である。しかし仏や天皇は殺されるものではない。だからわれわれの殺すことができるものを衆生というのである。殺すことのできぬ、否定し得ないものを名号という。ここにも譬喩がある。首楞厳経にある名号を聞く功徳を滅除薬の鼓を聞くに譬ている例を出してある。

 

 此の十念は無上の信心に依止し阿弥陀如来方便・・・・・・名号に依りて生ず 譬ば人有りて毒の箭を被って中る所筋を截り 破骨滅除薬の鼓を聞けば即箭出て毒除こるが如し。あに「彼の箭深く毒厲しからん、鼓の音声を聞くとも箭を抜き毒を去ることあたわじ」と言うことを得べけんや。これを「在縁」と名づく。(真聖p275・信巻)

 

 名号を聞くと鼓の音を聞いて毒箭が除かれるように、三毒の箭は自然に除こる。例えば薬で病を癒すというが、それは病の征服に薬というのは人間解釈である。世のなかは直す者もなければ癒すものもない。薬品は意志をもっていない。病気も苦しめようとしていない。素直に病気になっている。そうなるべくして成っている。自然に病気の現象があるばかりである。だから癒るのは別に癒すものなくして癒る。それが根本的事実である。癒すとか癒さないとかということは後から加えた解釈である。念仏を聴聞すれば正しい道理が知らされる。正しい道理でわれわれは救われるのである。仏に救われるというのは間違いである。そういうことをいうと判らぬが道理に助けられる。仏という人に助けられるのではない。自然の道理に救われる。道理は癒す意志があるわけでない。本当の絶対現実に帰ってゆく。そこに決定がある。罪の意識というものは有後心、有間心である。後がある心、間の有る心である。間とは間雑である。外のものが交わってくる。念仏の信心とは違う。信心の無後心、無間心である。人間がいかに頑張っても本質的にまが抜けている。空虚がある。弱い心である。ところが念仏の信心はそれ自身最後の心である。自力の最後の心である。自力の最後のところ、自力の終わるところに念仏の信心がある。こういうところに決定ということがいわれている。兎に角、在心・在縁・在決定と三つを通じて質が違うということをいっている。

 

 念仏とか信心とかいっても一念というところにはっきりする。信行という事実に触れてくるのである。この場合時間でない、のみならず意識的時間でない。ふつう考えられる時間は意識的時間である。空間に翻訳した時間である。存在的時間である。それに対してあるものは現在である。過去としてあるものは記憶である。現在において繋留したものである。永遠の今はまだ意識的時間である。一年は行為的時間である。だから時節を問わぬ内容をもっている。なるほどというとき、多刹那にわたって一つの行事成弁という。一つの事実がそれによって完成するのを一念というのである。一刹那をもって完成するとき一念という。信仰のもっている行為的時間である。空前絶後のときであり、無始以来の自己、曠劫来死んでいる自己が新しく生まれるときである。それが本願のできごとである。十念といってあるが、十という数を知れることが既に反省しているでないか。反省していれば一心一向になっていないでないか。一心一向になったら数えられないであろうと。

 

 ひぐらしは夏生まれて夏死んでしまう。ひぐらしは春秋を知らず、従って夏も知らない。夏といっているのは人間である。十念もわれわれは知らない。十念は仏の知っていることである。

 

                                 (完)

信心為本

2021-06-23
Facebook Yasuda Rizinさん曰く
1054 
念仏の要は信心だということが、
親鸞だけでなく法然教団の共通の課題であった。
それが『歎異抄』をみても分かりますね。
念仏為本という言葉は法然上人の言葉ですが、
念仏為本をやめて、
その代わりに信心為本を立てたのではないでしょう。
それなら、とんでもない間違いになる。
念仏を否定して信心を立てたのではないのです。

田畑先生の投稿

2020-12-31
善知識:細川巌先生のことば
我々は仏法をいただき南無阿弥陀仏に遇わせていただくが決してエリートではない。
何か出来上がった優れた存在になったと思ってはならない。
    群萌に徹して行くということ。
そこに自己を知るという事がある。
そうして与えられた南無阿弥陀仏が最上無上の法であることを、いよいよ深く知ることが釈尊の本願に順じて行く道である。
    極悪最下の自己と目覚めて最上の法を仰ぐ、このようになるのが仏法の中心点である。
群萌と目覚めて最上の法を生きることができる。
それが私の本当の生き方であると教えられているのである。
                 細川巌 著「教行信証教巻講義3」p.288より

ちょっと気になる言葉(お寺の掲示板等より)

京都市北区 上善寺 2021.10.20

2021-10-20
Facebook 山本 和男さん曰く

充満寺掲示板

2021-10-12
Facebook 野洌寛さん曰く

山田文昭先生のことば

2021-09-18
Facebook 阪下大介さん曰く
仏法を聞くということは、
耳に聞くだけでなく、又知り覚えることでもない。
身に得ることである。
正しく自己を生命となって血となり肉とならねばならぬ。
山田  文昭

地獄は・・・。

2021-09-07
Facebook 真宗大谷派 桑名市 西恩寺(住職 池田徹)さん曰く

最期を見たいのです。

2021-09-07
Facebook 真宗大谷派 桑名市 西恩寺(住職 池田徹)さん曰く

お釈迦様の話

「経は鏡なり」(お経は鏡のようなもの)

2021-10-13
Facebook 田畑正久さん曰く
 仏教の智慧には転悪成善(悪を転じて善と成す)という働きがあります。智慧は全ての事象の中に無限の意味を見いだすのです。
 私の仏教の師は科学者でもありました。河川の水質調査に関する環境問題の研究に足跡を残されています。師の講義の中で、パルププラントは多くの産業廃棄物が出るという問題に触れたことがあります。パルプから有用な化学物質を抽出した後、恐ろしいほどの量の不要な廃棄物が出るというのです。多くの人が時間をかけて廃棄物の処理について研究したのですが、なかなか良い方法を見つけられなかったようです。
 そんな中で、ある人が思いがけない提案をしたそうです。それは廃棄物の中にミミズを大量に入れるということでした。ミミズを入れてみると廃棄物を食べて消化したのです。そしてその排泄物は有機肥料になったというのです。
 仏教の師は、これを転悪成善の一例として講義の中で紹介されたのですが、仏の智慧というのは、分別で思考すると不都合なものを有益なものに転じる働きがあります。そのためには迷っている自我意識が仏智で翻されるということが求められます。そのために仏教の学びをするのです。
 私たちは、学びとは学校で勉強して知識を増やし生きるために役立てると思っています。仏教の智慧の学びは、それとは方向が違うのです。
 法話を聞いて知識として覚えることを私有化ということができます。私有化して「その教えを私は知っている」となると、自分の身を照らす働きが鈍(にぶ)るのです。「私は知っている」と誇るような傾向がでると、教えによって身が照らされて、照らし破られて「驚く」ということがすくない傾向になります。
 知識的に学ぶのではなく、「経は鏡なり」(お経は鏡のようなもの)というように自分の姿が照らし出される鏡として受け取ることが大切です。そのためには本を読むだけでなく人を通して聞くということが要るでしょう。禅宗の道元禅師が「仏道を習うとは自己を習うなり」と言われているように、教えによって、鏡を見るように自分の相(すがた)を表面的、深層的に知らされることが大切です。「自分のことは自分が一番よく知っている」と考えるのは傲慢(ごうまん)だと仏教は教えてくれます。

公益財団法人 中村元東方研究所

2021-09-08
© 2021 公益財団法人 中村元東方研究所 東方学院 • Powered by GeneratePress

ごあいさつ

慈しみの心を受け継いで

東方学院長 前田專學

  科学技術の発展を追い求めるあまり、人間の心の問題を軽視する風潮が顕著です。
科学では決して答えの出ない「如何に生きるべきか」を考えるため、東方学院は存在しています。
創立者の中村元先生はインド哲学や仏教学のみならず西洋の思想、哲学にも精通した世界的巨匠でしたが、東西の思想の蘊奥を究め尽くして最後に到達したのが慈しみの心(慈悲)でした。
「真に教えたい一人と、真に学びたい一人が集まれば学院は成り立つ」という中村先生の信念から、東方学院はいわば現代の寺子屋として出発しました。
現在は、報酬の有無を度外視して指導に当たる65名の先生方と、年齢、性別、学歴に関係なく集まった約350名の研究会員(現役大学生から90歳の方まで)が、先生の理想を継承すべく、日夜、研鑚しています。
一人でも多くの方にこの集いに加わっていただけますよう、心からお待ちいたしております。


東方学院長 前田專學

東京大学名誉教授
史跡足利学校庠主
日本学士院賞受賞
勲三等旭日中綬章受勲
パドマ・シュリー勲章受章

 http://www.toho.or.jp/

公益財団法人中村元東方研究所・東方学院
◇ 設立 1973年
◇ 創立者 中村 元
◇ 理事長・学院長 前田 專學
◇ 講師約 65名
◇ 研究会員 延べ約350名
◇ 教室 東京、関西、中部


中村前庠主は、インド哲学仏教学・比較思想の領域における国際的に著名な巨匠でした。 昭和48(1973)年東大名誉教授、文化勲章受章、海外からも数々の栄誉を得られました。2011/12/06

公益財団法人 中村元東方研究所 東方学院

2021-09-08

理念

1〈人間〉の回復をめざし
公益財団法人中村元東方研究所を母胎としてここに『東方学院』を開設しました。
『東方学院』は本学院の理想に賛同する学者個人とそのもとで学ぼうとする学徒とによって構成される共同体としてのグループの連合です。
〈個人指導の場の共同体〉とでもいうべきものをめざしています。

 

The Toho Gakuin (The Eastern Academy) was established with the hope of contributing to the restoration of human integrity.
This Academy is a cooperative body of various academic communities of scholars and students wishing to learn, in which scholars provide personal guidance to the students.
Above all, our aim is to have this Academy be the rallying point for students and scholars.


創立者 中村 元
(1912-1999)

東京大学名誉教授
日本学士院会員
文化勲章受章
勲一等瑞宝章受勲

東方学院は1973 年、インド哲学・仏教学者の中村元によって、真理追究を目的とする学問本来の姿に立ち帰り、「人間の回復」をめざして設立されました。
それから40 年余。この理念に賛同する諸方面からの支援者、協力者、また多数の優れた講師陣を迎え、多くの方々の善意と学問への熱意により支えられ発展して参りました。

東方学院設立の経緯と意義

 東方学院は、創立者中村元の東京大学退官とともに、昭和45年11月に文部省より財団設立の認可を受けた財団法人東方研究会(現、公益財団法人中村元東方研究所)を母胎として、昭和48年に設立されました。

 その大きな動機は、当時、大学に吹き荒れた学園紛争にともない、学術的には減退傾向にあり、また精神的な砂漠化のさなかにあって、学術的精神的な拠点となりうる、小さくともしっかりした学院をつくることにありました。そして学問の自由を制約することになる縄張り意識の強いセクショナリズムを廃して、真理探究を目的とする学問本来の姿を回復するためでありました。

大学の外につくることでセクショナリズムを脱し、またカルチャー・センターとも異なる一種の私塾、つまり現代の「寺子屋」として出発しました。真に教えたい一人と真に学びたい一人が集まれば学院は成り立つ―これが創立者・中村元の信念であり、まさに東方学院の原点といえます。
 幸いにも、このような考えに同調し、協力を申し出る人々が集まり、学院は開講されました。狭いビルの一角を間借りし手弁当を持ち寄って、文字どおりの「寺子屋」が始まったのです。

 しかし、財団の基盤を強固にし、学院を発展させていくためには、しっかりとした学問研究の場所を確保する必要がありました。そこで、創立者の私財をもとに、財団設立に協力して下さった篤志家の方々が、昭和57年「財団法人東方研究会強化募金運動」を開始されました。一高時代の同窓生(「昭8文乙クラス会」のメンバー)である中村敏夫弁護士をはじめとして、同じく星埜保雄、宇佐見鉄雄、倉知善一、新井正明氏らが発起人となり、その資金集めから場所の確保にいたるまで実に並々ならぬご尽力を下さいました。そのおかげで、諸方面から多数の賛同者・協力者を得ることができ、現在のこの場所を入手するにいたりました。東方学院は、これらの人々によって築かれた土台の上に、今日成り立っております。

 以来、当学院は、優れた数多くの講師を迎え、多くの方々の善意と学問への熱意によって支えられ発展して参りました。

 今後も創立者の遺志を継承し、初心を忘れることなく、ますます発展していきますことを心より念願しております。

 

公益財団法人中村元東方研究所
故名誉理事長 中村洛子
(1919 ~ 2010)

仏教の本質 哲学者「中村元」

2020-04-13
中村元は、仏教・インド哲学の巨匠。
 漢文からの翻訳が中心だった仏教研究を インドの古代思想にまでさかのぼり 初めて原始仏典を現代語に翻訳しました。


https://youtu.be/NWZtkxP3eGg

釈尊の生涯と教え

2020-04-19

データベース

真宗聖典検索 Web site

2020-04-22
東本願寺出版発行の『真宗聖典』(初版)に収載されている聖教の本文の検索を行うことができます。
このサイトは、宗祖親鸞聖人御誕生八百五十年・立教開宗八百年慶讃事業の一つとして聖教編纂室にて取り組み、開設したサイトです。東本願寺出版発行の『真宗聖典』(初版)に収載されている聖教の本文の検索を行うことができます。使用方法については、このサイトについてをご覧ください。

このサイトについて | 真宗聖典検索 Web site (higashihonganji.or.jp) 

真宗聖典(S_JIS 版)検索システム--- 生まれた意義と生きる喜びを見つけよう! ---

2020-04-22
真宗聖典(S_JIS 版 msearch)検索エンジン

 

『浄土真宗聖典』オンライン検索 浄土真宗聖典・検索システム | 原典版

2020-04-22

聖典電子研究会

2020-04-22

SAT

2020-04-22
SAT大正新脩大藏經テキストデータベース
SAT大正新脩大藏經テキストデータベース


   智慧の宝庫、『大正新脩大藏經』
                        の
          第1巻から第85巻までの

      全テキストをデータベース化

 

   ttps://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT/

ちょっといい話

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死を恐れぬ不屈の戦闘員でありながら、常に命というものを大切にした坂井三郎。

2021-10-22
Facebook 中村信一さん曰く
太平洋戦争が始まってすぐの頃、坂井はオランダ軍の輸送機が飛行しているのを偶然発見したことがあった。
輸送機といえど、敵の重要人物が搭乗しているかもしれず、拿捕、もしくは撃墜せよという命令が出ていた。
坂井はオランダ軍の輸送機に近づいていった。  
「護衛はいないようだな・・・」
坂井は周囲に目をくばりながらつぶやいた。 撃墜すべきか警告射撃をすべきか、思案しながら近寄ることにする。
用心のため太陽の方角から接近した。近寄ると、機体は陽光にギラギラ輝いている。窓があって多くの顔が自分に向けられているようだ。   
坂井はさらに零戦を接近させた。
陽光がさしこみ暗い飛行機の内部を照らし出す。
窓を通して飛行機の内部がすみずみまで見渡せた。     
なんと機内は負傷者ばかりで、彼らは恐怖でひきつった表情でこちらを凝視しているではないか。  
彼らは鬼のような日本軍の戦闘機に飛行機もろとも撃ち落とされるかもしれないと恐怖におののいていたのだ。  
窓越しに看護婦らしき女性と5才ほどの少女が抱き合ったままおびえた表情で見つめているのも見えた。   
このとき坂井は心の中で自問自答した。
「坂井三郎。そうだ、お前は大日本帝国海軍の栄えある戦闘機乗りだ。相手が敵機なら存分に戦いもしよう。しかし負傷者と女子供の乗っている飛行機は敵ではない。お前は敵を見なかった」
坂井は自分のこの言葉に一人うなづくと、女の子と女性そして多くの負傷者たちに軽く手を振り、翼をひるがえして輸送機から離れ、大空の彼方に消えていった。 
これは軍紀からすると命令違反であったが、坂井は基地に帰ってからも飛行中に何ら敵らしきものは発見せずと報告しただけであった。
この出来事は誰にも知られることもなくこのまま過去の闇に忘れ去られるはずであった。   
ところが戦後50年もたってから、この話は多くの人々に知られることとなる。
当時その輸送機に乗っていた看護婦だった女性の一人が、偶然、坂井の著書を見て、零戦に描かれたマークから彼がそのときのパイロットだと探しあてたのである。  
「私があのとき見た飛行機の胴体にもこれと同じマークがあったわ。私たちの輸送機に近づいたのはこのパイロットにまちがいない」
彼女はそう確信すると、国際赤十字を通じて照会を依頼した。
するとまもなく事実確認がなされ、坂井だったことが判明した。
こうして運命的な出会いは実現することになった。
女性は坂井に言ったそうだ。  
「あのとき輸送機に乗っていた人々は、ほとんどが負傷者、病人、老人、女性や子供でした。みんなあなたの飛行機を見て悪魔が来たと思いました。でもあなたは笑って手を振って遠ざかっていきました。みんなは歓声をあげてそれこそ抱き合って喜びました。そして全員あなたに心から感謝したのです。あそこにいた人々は、その後、多くの家族を持ちました。あなたは多くの人々の命を救ってくれたんです。かけがえのない命の恩人なのです」
そう言って、女性はあらためて50年前のシーンを思い出すと涙を流して坂井の手をとったという。
死を恐れぬ不屈の戦闘員でありながら、常に命というものを大切にした坂井三郎。
彼のとった行為こそ、まさにサムライの真意ではなかったろうか。

人間国宝・柳家小三治のまくらの一部分をお楽しみください。

2021-10-19
2021NBC新春寄席 福岡公演
公演日:2021年1月21日(木)
2021NBC新春寄席 長崎公演  公演日:2021年1月24日(日)

矢吹丈、最後の試合 世界タイトルマッチ vs ホセ・メンドーサ戦

2021-10-15
Facebook 三浦 諭 さん曰く
矢吹丈、最後の試合 世界タイトルマッチ vs ホセ・メンドーサ戦
「あなたが、この世界一強い男と、どこまで立派に闘い抜くか、このリングの下でしっかりと見届けるわ!!」
愛するパンチドランカーの丈の命を守ろうと、試合を必死になって中止させようとしていた白木葉子、しかし、最後は丈に、この言葉を投げかけるのであった

岸田新総裁の河野太郎氏の処遇は? 田原総一朗氏「安倍さんに頭を下げられるか次第」

2021-09-30
© AERA dot. 提供 岸田文雄新総裁(左)と河野太郎氏(C)朝日新聞社
2021/09/30 07:00

 29日、自民党総裁選の投開票が都内ホテルで行われ、岸田文雄前政調会長が選出された。
一回目の投票では当初、河野太郎行政改革相が最多になるとみられていたが、結果は岸田氏が河野氏よりも一票多い256票でトップ。
決選投票では岸田氏が257票を集め、河野氏の170票を圧倒した。
この結果をジャーナリストの田原総一朗氏はどう見たのか。
河野氏や高市早苗氏の処遇、次期衆院選での勝算なども含めて聞いた。

早稲田OB首相は短命?新総裁・岸田氏は「永田町のジンクス」を覆せるか

2021-09-30
© ダイヤモンド・オンライン 提供 Photo:Pool/gettyimages

新リーダーを覆う、永田町と早稲田の「ジンクス」とは

 テレビや新聞では「昔から真面目でひたむきだった」「熱烈な広島カープファン」なんて感じで、岸田文雄新総裁の素顔を報じるなど、お祭り騒ぎをスタートさせているが、永田町では早くも「首相のジンクス」を心配する声が聞こえている。

 まず、よく言われているのが、「長期期政権後は短命」というものだ。これは昨年、菅義偉首相が総裁選を制した時にも真っ先に言われていたが、実は今回にも当てはまってしまう。長期政権後は短命政権が最低2度は繰り返す、というのがこれまでの傾向だからだ。

ちょっと気になる絵

別府からBEPPUへ・・・・

2021-10-21

『ひょっこりひょうたん島』

2021-10-20
Facebook 高村雪子・Syokoさん曰く、ドン・ガバチョさんしか名前覚えてなかったけど、釘付けになって観てました!

花押

2021-10-20
Facebook SignatureJapanサイン普及協会さん曰く
花押は名前を一つの文字として図案化したもの、自らの風格、意志などを込める古来のサイン。芸術的で美しい、和の心を体現する大切な日本文化の一つ。

「2021世界体操・新体操選手権北九州大会」のメダルリボンに起用されました小倉織

2021-10-08
Facebook 小倉織「縞縞SHIMA-SHIMA」さん曰く、小倉織の生地をご紹介いただきます。

Facebook 新作能「沖宮」公演実行委員会

2021-10-02

ちょっといい音

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新作能"沖宮"

2021-10-02

東京パラリンピック閉会式、開催国国旗入場曲

2021-09-07
作曲は、この方です。
<東京パラリンピック:閉会式>
◇9月5日◇東京・国立競技場 東京パラリンピックが5日、閉幕し、東京・国立競技場で閉会式が開かれた。 
日本国旗入場の際に、バイオリニストの高嶋ちさ子(53)が作曲した「ブライト・フューチャー」が流れた。 
閉会式を放送したNHK総合に出演した同局和久田麻由子アナウンサー(32)は「音楽は、高嶋ちさ子さんです」と紹介した。
 美しい旋律のバイオリン曲に、ツイッター上では、「優しいすてきな曲 心温まります」「すてきな音色でした」といったつぶやきがみられた。
 式典は、「Harmonious Cacophony(ハーモニアス カコフォニー)」というコンセプトで展開された。

高嶋ちさ子 12人のヴァイオリニスト 10/30サントリーホールコンサート

2021-07-21

【ライブ配信】早稲田大学マンドリン楽部 サマーコンサート2021

2021-08-22

【第一部】
 ≪白鳥の湖≫より 
「パ・ド・トロワ」 
「ワルツ」 
「白鳥たちの踊り」 
「情景」 
「チャルダッシュ;ハンガリーの踊り」  
 /P.チャイコフスキー/赤城淳 編曲 
【第二部】 
歌劇≪シチリア島の夕べの祈り≫より序曲
 /G.ヴェルディ/久松祥三 編曲 
歌劇≪マノン・レスコー≫より間奏曲
 /G.プッチーニ/伊藤敏明 編曲 
歌劇≪ウィリアム・テル≫より序曲
 /G.ロッシーニ/久松祥三 編曲

ラヴェル ボレロ バレンボイム指揮ベルリン・フィル

2021-08-20
ラヴェル ボレロ バレンボイム指揮ベルリン・フィル
バレンボイム指揮による
  ラヴェル《ボレロ》。
ヴァルトビューネ・コンサート1998
「ラテンアメリカ・ナイト」からの演奏です。

ちょっと気になる逸品の世界

“明治/大正/昭和/平成/令和に連なる余部橋梁”

2021-10-21
Facebook Discover Doboku 日本の土木再発見さん曰く
-鋼トレッスル橋はエクストラドーズド橋に代替わりした-

日本民藝館

2021-10-21
1936年竣工、柳宗悦設計の日本民藝館。外観と展示室は和風意匠を基調としながらも随所に洋風が見られます。本館の前には柳が没するまで暮らした西館も

京都市京セラ美術館(京都市美術館)

2021-10-21
撮影:来田猛

10月20日 は 、 #早稲田の記念日 です。

2021-10-20
Facebook Waseda Universityさん曰く、1927年の本日10月20日 は #早稲田大学 を象徴する #大隈記念講堂 が竣工した。
1927年の本日10月20日 は #早稲田大学 を象徴する #大隈記念講堂 が竣工した #早稲田の記念日 です。#大隈重信 の志を継いで建設が行われ、関東大震災での中断や資金難等の困難を経て完成したのち2007年に国の重要文化財に指定されました。優しく荘厳な佇まいは今も健在です。

\太平洋を越えた初めての機体/ 「DC-6B型機」

2021-10-18
Facebook JAPAN AIRLINES (JAL)さん曰く
\太平洋を越えた初めての機体/
「DC-6B型機」
JALの歴史と共に時代を彩った飛行機を振り返るシリーズ、
第3回はプロペラ機として頂点を極め、傑作機といわれた「DC-6B型機」。当時機材としての信頼性はもとより機内を与圧することで快適性が増し、特に国際線において初期のJALを支えた存在です。
1954年2月にDC-6B型機「City of Tokyo号」が戦後の国際線定期便の第一便として、東京羽田空港からサンフランシスコへ飛び立ちました。
当時はまだ飛行機の性能上、太平洋を直行することはできませんでした。ではどのように渡ったのかというと、給油のため途中でウェーキ島という島に寄り、さらにホノルルを経由して目的地へ向かっていました。
ウェーキ島寄港の目的は「給油」でしたが、朝方に到着することから、搭乗されたお客さまはその束の間の寄港で朝食を楽しまれていました。給油の合間に朝食をとるというのは、今ではあまり想像できないかもしれませんね
運航した飛行機一機一機にさまざまなエピソードや人々の想いがあります。
本シリーズをきっかけに、皆さまと一緒にJALの歴史に想いを馳せることができましたら幸いです

ちょっといい話(既存ページ)

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ちょっといい話(既存ページ)

2021-06-06
大分県日田市の願正寺のホームページ (ganshoji.com)
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