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今、願正寺では?

当山の寺務レボート

住職心得

2020-05-19
Facebook 菊池進さんの投稿
『教化研究』121号を取り寄せたのは、まだお会いしたこともない、まだお聴きしたこともない、高柳正裕氏の文章を読みたいが為にであった。
読み始める前に、目次の中に、樋口不可思さんの文章があることを知る。
不可思さんは八女第二組の大先輩であり、お寺の秋の法要と報恩講の講師でもあり、婿殿である私のことや私の娘のことまで気にかけていただいている。
文中に、木屋行義師から言われた言葉を紹介されている。
「住職が、門徒の悪口を言うようなことでどうするか。どんなデタラメな坊主が、住職を勤める寺でも、門徒には必ず一人や二人は、信心を喜ぶ人がおられるものだ。その一人を捜し出して、敬って教えをいただくことが出来ないのなら、さっさと寺を去れ」

というお言葉。私も不可思さんと同じようなことがあった。私のご媒酌人である月足彰師より、「自分のところの門徒さんを悪く言ってはいけない」というものだった。この言葉は生涯忘れちゃいけない。
そして、「信心を喜ぶ人」。仏教を知的に語れたり、用語解説ができたり、いわゆる、真宗門徒というカタガキを要とはせず、無名であり、「外相にそのいろをあらわさぬ」(「御文」一帖目第九通)方がこの地にはおられる。私自身も、こちらに来てから、僧俗を問わず様々な方々から教えをいただくことがある。
不謹慎は承知だが、あるときまでは寺役は苦痛でしかなかった。お酒は弱く、付き合いも悪く、言葉も通じず、お通夜や法事も苦痛でしかなかった。だが、今は楽しみにしている。
今回、思いがけずも不可思さんの文章を読むことができてよかった。不可思さんと木屋師と月足師のお寺は、うちのお寺と直線距離では最寄りの大谷派寺院。
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