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【大谷派】作法と荘厳

真宗大谷派って?

真宗大谷派(東本願寺)

2021-08-18
このたび、ホームページリニューアルに伴い、これまでホームページで掲載していた「写真日記」を、東本願寺公式Facebookアカウントにて更新していきます。

2021.08.17

このたび、ホームページリニューアルに伴い、これまでホームページで掲載していた「写真日記」を、東本願寺公式Facebookアカウントにて更新していきます。

 

真宗本廟(東本願寺)で行われた法要・行事の写真日記を中心に、さまざまな情報を発信していきますので、ぜひチェックしてみてください。フォローもよろしくお願いいたします!

今後も、ホームページを中心に、各種SNSにて情報をお伝えしますので、ぜひご覧ください。

 

Facebookアカウント⇒https://www.facebook.com/shinshuotaniha.higashihonganji

真宗大谷派の本山、真宗本廟(東本願寺)の公式アカウントです東本願寺で行われる、法要・行事の様子を中心にお伝えします

運用は、公式HPの「SNS公式アカウント運用ポリシー」に準じます。

『同朋新聞』がWEB上でご覧いただけます

2021-09-05

東本願寺出版ホームページでは、毎月発行している、東本願寺の機関紙『同朋新聞』がWEB上でお読みいただけます。
毎月発行後に更新され、過去1年分が掲載されていますので、ぜひ毎月チェックしてみてください。

『同朋新聞』は、さまざまな方へのインタビューや、仏教・浄土真宗に関する法話の連載など充実の読み物、また東本願寺に関するニュースなどをまとめて掲載しています。

現在、2021年9月号を公開中!

 

本願寺の見どころ

2021-07-19
真宗大谷派東本願寺【公式】

京都にある、浄土真宗・真宗大谷派の本山「東本願寺」の境内のみどころを紹介する動画です。 
東本願寺は、正式には「真宗本廟(しんしゅうほんびょう)」といい、境内には、重要文化財の御影堂、阿弥陀堂などさまざまな建物があります。
参拝の順路に決まりはなく、どこからでもご自由にご参拝いただけますが、ご参拝ルートの例を紹介しながら、境内のみどころをご紹介します!
 

法要のご案内

2021-09-04

晨朝じんじょう法要(朝のお勤め)

毎日朝7:00~
会場:阿弥陀堂・御影堂

阿弥陀堂で漢音阿弥陀経を勤めた後、御影堂で正信偈・和讃が勤まります。
どなたでも自由にお参りいただけます。

歴代の命日の法要

親鸞聖人、蓮如上人をはじめとする歴代の祥月命日法要や、修正会、彼岸会などさまざまな法要が勤まります。
各月の日程は下記PDFをご覧ください。
法要は、どなたでも自由にお参りいただけます。

真宗本廟収骨のご案内

2021-09-01

真宗本廟(東本願寺)へお骨をおさめる際の、当日の流れを紹介した動画です。 東本願寺の御影堂へお骨をおさめることを「真宗本廟収骨(しんしゅうほんびょうしゅうこつ)」といいます。 この動画では、大切なご遺族のお骨をおさめるにあたり、東本願寺へ参拝する際の持ち物や当日の様子を事前にご覧いただけます。 
なお、真宗本廟収骨は、事前にお申し込みが必要ですので、東本願寺ホームページhttp://www.higashihonganji.or.jp/wors... で手続きの方法をご確認ください。

真宗本廟の仏事

御本尊還座式記念講演(2016年3月31日 池田勇諦氏)

2021-04-19
https://youtu.be/1E7iLqQA_RQ

御本尊還座式記念講演では、池田勇諦氏(真宗大谷派講師・同朋大学名誉教授)に「御本尊・阿弥陀仏は音聲仏」の講題でお話いただきまし­た。

 【御本尊還座式】
 2016年3月31日、真宗本廟の阿弥陀堂の御修復にともない、2011年より仮阿弥陀堂(御影堂九字之間)に安置されていた御本尊・阿弥陀如来が阿弥陀堂に還座する「御本尊還座式(ごほんぞんげんざしき)が執り行われました。

郷土史散策【04.平安京と洛中洛外】

2021-09-22
Facebook 佐々木信雄さん曰く
郷土史散策【04.平安京と洛中洛外】
≪図1≫
 西暦794年に都とされた「平安京」は、南北5.2km、東西4.5kmの長方形に区画された都城であった。北は一条通から南の九条通、東は東京極大路から西の西京極大路で区切られ、京内は東西南北に走る大路・小路によって碁盤の目のように条坊に分けられた。
 東西の中央部北端に内裏が設けられ、真南に向けて朱雀大路が通された。朱雀大路で分けられた東半分は「左京(東の京)」、西半分が「右京(西の京)」と呼ばれた(内裏から南方向を見ての左右だから、地図上では逆になる)。
≪図2≫
 平安京は、隋・唐の長安城に倣って造営されたが、右京は桂川流域の低湿地帯が多くをしめ、早くから廃れたという。鎌倉時代の文献には、左京を漢帝国の都「洛陽」に擬え、右京を隋・唐の都「長安」と呼んだと記されている。
 右京が廃れたことから、左京が実質的な市街地として残り、市内のことを洛陽の「洛中(らくちゅう)」と呼ぶようになった。その外側は辺土であり、後には「洛外(らくがい)」と呼ばれたとされる。
 したがって、京以外の土地から、天皇の住まう京の都に向うことは「上洛」と呼ばれた。たとえ江戸時代においても、将軍が江戸から京に行く場合は「上洛」と言ったのである。
 豊臣秀吉の時代には、すでに左京が実質的な京の町となっており、秀吉が「御土居」で囲った地域は、ほぼ左京に重なる。ゆえに「洛中」という言葉が、名実ともに京都の市街地を指すことになった。
≪図3≫
 御土居の周囲には、京から各地に向かう街道への出入口があり、「京の七口」などと呼ばれる。最も有名なのが東海道の出口で、三条大橋から東に蹴上(けあげ)方面に向かうあたりの「粟田口」。北方面には、丹波から山陰に向かう「長坂口」、鞍馬街道への「鞍馬口」、大原から鯖街道などを経て若狭・北陸方面に向かう「大原口」。
 南には、かつて羅城門があり平安京の南の出口であった「東寺口」があり、今は大阪へ向かう国道一号線の出口になっている。ほかにも、鳥羽伏見の戦いでせめぎ合いとなった「鳥羽口」「伏見口」「竹田口」、今も地名として残っている「荒神口」「丹波口」など、実際には七つを超える。
 江戸時代半ばごろから、京の町は鴨川を越えて東に発展し、やがて東山にせき止められる。明治になるとやっと、東には広がれないので、かつて寂れた右京方面に向った。それまでは、京の町は東へ東へと移動していった。たとえば、今の京都の中心街には、寺町通りや新京極通りという南北に走る商店街がある。新京極自体は明治の初めに京都振興のために作られたものであるが、その名前は京の極まり、すなわち京の端を意味し、かつての平安京の東の端を区画する「東京極大路」の通っていたあたりなのである。
 一方、「西京極大路」は、JR花園駅と阪急西京極駅を南北に結ぶあたりにあった。西京極は、野球場や総合球技場などが集まった京都市のスポーツ公園となっている。つまり、かつてはそれだけのスペースのあった僻地だったということを示す。
≪図4≫
 京の町が東へ移動していったように、京都人は歳を経るにしたがって東へ移ってゆくという笑話がある。私たちは、中学高校生のとき、繁華街に出る時には「寺町・新京極」より東へ行くなと言われたものだ。京都に来た修学旅行生にも、そのような指示があるともいう。そのせいで新京極商店街は、修学旅行生向けのちゃちな土産物を売る店ばかりが増えて、京都人があまり行かなくなった時期もあったようだ。
 京都の街は、東へ向かうに従って「大人の街」になってゆく。中高生はこの辺りで、遊んでいろと言うことで、それ以上の若者は、京都のメインストリート「河原町通り」でショッピングやファッション・外食を楽しむ。そして二十歳を過ぎて成人すると、「木屋町通り」辺りを徘徊して、グループコンパなどアルコールを含む飲食で楽しむ。
 年配となってゆとりができると、鴨川を越えて「祇園町」方面に向かう。この辺り一帯には、高級クラブやスナックなどの高級飲食店がびっしりと並び、もちろん芸妓・舞妓はんにお出ましいただいて「お茶屋遊び」もできるわけだ。そしていよいよ寿命ががきわまりあの世に逝くことになると、「東山」の寺院の墓地の世話になるのである(笑)

彼岸の頃となりました。

2021-09-18
Facebook 真宗大谷派本廟部さん曰く

プレイバック

2021-08-01
今年(2021年度)は、現如様100回忌の歳です。
現如版御文五帖目、御遠忌(宗祖650)参詣記念か(?)、現役です。

夏休みの子どもたちが得度式 東本願寺 - ニュース|KBS京都

2021-08-05
夏休みの子どもたちが得度式 東本願寺 - ニュース|KBS京都 (kbs-kyoto.co.jp)

京都市下京区の真宗大谷派本山、東本願寺で4日、夏休み恒例の臨時得度式が営まれ、クリクリ頭の子どもたちが僧侶の仲間入りをしました。午前8時半すぎ、白い浄衣姿で、白い数珠を手にした得度式の参加者らが一列に並び、マスク姿で御影堂に入っていきました。きょうは、北海道から熊本まで全国から113人が集まり、このうち子ども達は女子が髪を束ね、男子は髪を剃ったばかりの子もいて、青いクリクリ頭で式に臨んでいました。そして、堂内では大谷暢裕門首から一人ずつ頭にかみそりを当ててもらい法名を授かると、僧侶の仲間入りを果たしました。そのあと、直綴と黒袈裟と呼ばれる黒い衣をまとい隣接する阿弥陀堂を参拝しました。真宗大谷派では、宗祖・親鸞が9歳で仏門に入ったことにちなんで満9歳から得度を受けられるということで、9歳の男子43人と4人の女子が式に参加しました。式の後、子どもたちは「しっかりお経の読めるやさしいお坊さんになりたい」などと感想を述べ、にこやかな表情で記念写真に納まっていました。東本願寺では、夏休みの子どもたちが多く参加する8月に臨時の得度式を行っています。

宗祖親鸞聖人御誕生八百五十年・立教開宗八百年慶讃のページ

真宗本廟お待ち受け大会・本廟創立七百五十年記念大会(2021年4月5日 10時~)

2021-04-05
記念法話 池田勇諦氏(真宗大谷派僧侶・同朋大学名誉教授)  講題「慶喜奉讃に起つ」
池田勇諦氏(真宗大谷派僧侶・同朋大学名誉教授)
真宗本廟お待ち受け大会・本廟創立七百五十年記念大会(2021年4月5日 10時~)
「慶喜奉讃に起つ」との講題のもと、池田勇諦氏(同朋大学名誉教授)による記念法話がありました。
池田氏は、来たる慶讃法要について、本廟創立の精神に立ち返り、本願念仏の僧伽(サンガ)の伝統に召される慶びとともに、背負う責任を確認する御法要であるという原点を確かめつつ、技術・文明の発展を享受しながら孤独や不安、様々な問題を露呈する現代にあっては、あらゆる存在が南無阿弥陀仏のいのちによってつながる根源的連帯に回帰することこそが課題であると、法要から私たちが願われる歩みを明らかにされました。


講演の中で、先生は、11月20日に行われた
門首継承式」での次の門首挨拶の言葉を引用されて、ここに、今回の慶讃法要の意、願いが、すでに明らかにされていると述べられました。
門首継承式 での門首挨拶】
700人の参拝者を前に大谷暢裕門首の挨拶がありました。門首は、はじめに20日に門首継承式を無事に終えたことを報告し、「本日の御正忌報恩講を新たなる出発点として、2023年にお迎えする慶讃法要、そして慶讃法要後の宗門の更なる興隆発展に向け、大谷暢顯前門の果たされた大切なお役目を引き継ぎ、世界中の人々に「南無阿弥陀仏」を届け、「四海の内みな兄弟とするなり」の同朋の輪の広がりに微力を尽くしてまいりたい」と述べました。

2023年に宗祖親鸞聖人御誕生八百五十年・立教開宗八百年慶讃法要をお迎えするにあたり開催される「真宗本廟お待ち受け大会・本廟創立七百五十年記念大会」をライブ配信します。

 【日程】
       開会/宗務総長挨拶/勤行/記念法話/門首挨拶/閉会 
      記念法話 池田勇諦氏(真宗大谷派僧侶・同朋大学名誉教授)      講題「慶喜奉讃に起つ」
  Messages /Saudações ⇒ https://bit.ly/31JX94x

親鸞聖人お誕生850年慶讃法要記念の薄海松(うすみる)色の袴です。

2021-06-26
柴田法衣店仕様/久留米市 本正寺様
平安法衣店仕様/当山
800と850との対比です。
850は紅色です。
800は茶木蘭色でした。

今年新たに制定された 『薄海松色ハ藤大紋切袴』

2021-09-14
Facebook 真宗大谷派 本正寺様曰く
『紅色地六葉八弁紋金白交入五条袈裟』
宗祖御誕生立教開宗慶讃記念懇志衣体の 『紅色地六葉八弁紋白五条袈裟』 並びに 『緞子地薄栗皮同色有文地陰散雲六葉八弁紋裳附』

誕生記念五条袈裟

2021-09-12
誕八(800年)
誕八五(850年)
2021-09-10
Facebook Masanori Honjoさん曰く
本日、教務所より今回の宗祖御誕生と立教開宗慶讃記念懇志の許可状と五条袈裟が届いたとの連絡が有り取りに行きました。
あと一つは、「薄栗皮色緞子同色有紋地陰散雲六葉八弁牡丹紋裳附」と言います。
模様が綺麗で薄栗皮色とのバランスが良いですね。
今回も先日尊い永代伺堂経を上げて頂きましたのでそれを懇志にまわさせてもらって、袈裟裏に寄進者の法名ネームを入れました。
本当に有り難い事です。
これから大切に相続させて頂きます。

大谷祖廟って?

大谷祖廟とは

2021-04-10
真宗門徒である私たちが、宗祖として仰ぐ親鸞聖人の墓所、それが大谷祖廟です。
親鸞聖人が亡くなられて10年後、末娘の覚信尼公が廟堂を建立して、聖人の御影像を安置したのが本願寺のはじまりです。

大谷祖廟 報恩講のご案内【2021年秋】

2021-09-18

大谷祖廟です。

2021-04-10
大谷祖廟にて花まつりが開催されました
お釈迦さまに甘茶をかけて参拝する様子

真宗本廟(東本願寺)の飛び地境内である大谷祖廟で、4月1日から8日までの一週間、「大谷祖廟花まつり」が開催されました。
例年、大谷祖廟では親鸞聖人のお誕生日の4月1日から、お釈迦さまのお誕生日の4月8日までの一週間、それぞれのご誕生を祝う仏事として開催しています。

期間中は本堂前の花御堂に、「御廟」へお供えされた仏花を再び荘厳いただき、甘茶をかけて参拝いただきました。

天候にも恵まれ、子どもたちが笑顔で誕生仏に甘茶をかけ、手を合わせている微笑ましい姿を目にすることができました。

全国の別院・教務所では、今・・・。

『別院探訪』

2021-09-15

A5判 244頁
木場明志 監修 川村赳夫 写真
978-4-8341-0449-3
3,080円(税込) 

2000年7月号から2004年12月号まで真宗大谷派機関誌『真宗』で連載された表紙企画を再編集し、単行本化。全国に存在する別院の「これまで」を文字として、「いま」を写真として伝える一冊。地域の教化の中心道場たる別院の設立と変遷の歴史、地域の御同朋の信仰の歩みを記録するとともに、別院参拝時に活用できるようアクセスマップや年中行事等も掲載。
全国の真宗大谷派の別院について、その歴史や沿革を一つの書籍としてまとめたものはこれまで『本願寺誌要』(明治44年4月発行 大谷派本願寺誌要編輯局)しかなく、別院に関する貴重な歴史的資料ともなる書籍。

親鸞聖人の生涯

2021-01-25
Hp九州教区「よみもの」より

なるほど仏事

2021-01-25
Hp九州教区「よみもの」より

東西本願寺、初の合同法要  

2021-08-29
両派の僧侶で実行委 9月19日に「お待ち受け」御開創550年記念 福井・吉崎御坊跡地 
初の東西合同法要が営まれる吉崎御坊跡地(中央は高村光雲作の蓮如上人銅像)
中外日報 2021年8月27日 11時36分
浄土真宗中興の祖・蓮如上人(1415~99)が北陸での布教拠点とした吉崎御坊跡地の吉崎山上(福井県あわら市)で9月19日、御開創550年記念法要お待ち受け法要が本願寺派、大谷派の僧侶合同で営まれる。関ケ原の合戦後に本願寺が東西に分かれて以降、吉崎山上の所有を巡る両派の争いを経て山上は両派共有地となった。両派の僧侶有志から成る記念法要実行委員会によると、山上で両派の僧侶が出仕しての合同法要は初めてという。

<加賀一向一揆>

2021-08-02
Facebook 佐々木信雄さん曰く
【15th Century Chronicle 1481-1500年】
<加賀一向一揆>
 本願寺中興の祖と呼ばれる真宗大谷派第8代門首蓮如は、1471(文明3)年、比叡山延暦寺などの迫害を受けて京から逃れて、越前吉崎に吉崎御坊を設け、ここを北陸における布教拠点とした。文明6(1474)年から文明7(1475)年の間、蓮如は吉崎御坊(福井県あわら市)に滞在し、親鸞以来の血脈相承を根拠として、北陸の浄土系諸門を次々と統合していった。
 文明5(1473)年には、富樫政親の要請を受けて守護家の内紛に介入し、翌年には弟の富樫幸千代を倒した。しかし、政親は本願寺門徒の団結の強さに不安を感じ、逆に弾圧を始めた。蓮如は吉崎御坊を退去し、加賀の門徒は追われて越中に逃れた。
 ところが今度は越中の門徒宗が、政親と結んだ石黒光義を打ち破る越中一向一揆が起こり、元気づいた一向宗は加賀に集って国人層とも合流、長享2(1488)年、政親を高尾城に攻めて討ち取った(長享の一揆)。
 蓮如は消息を送って一揆を諌めるが、加賀の門徒宗は、宗主代理の一門衆(松岡寺住持蓮綱・光教寺住持蓮誓・本泉寺住持蓮悟)のもとで自治を始め、次第に国人層から本願寺門徒宗による支配に移行していった。
 その後、周辺諸国への進撃に失敗し、内部の動揺が広がったり、本願寺中央による抑圧があったり、勢力の弱まる時期もあったが、天文15(1546)年に尾山御坊(金沢御堂)が建設されると、それを拠点として北陸全体に一向一揆を拡大させたりした。
 さらに、朝倉義景・上杉謙信・織田信長など、本格的な戦国大名とも対立し、一時は一揆勢が上杉軍を各地で破るなど猛威を振るった。しかし謙信率いる上杉本隊により大敗を喫すると、さしもの一揆の勢いにも陰りが見え始める。
 天正8(1580)年、織田信長軍により石山本願寺が陥落、天正10(1582)年、加賀鳥越城の陥落により、100年近く続いた加賀一向一揆も終焉を迎える。
(この時期の出来事)
*1482.11.27/ 足利義政が古川公方足利成氏と和睦する。(都鄙の合体)
*1483.6.27/ 足利義政が創設した東山山荘の常御所(のちの慈照寺)が完成する。
*1485.6.15/ 足利義政が出家する。
*1487.9.12/ 将軍義尚が、六角高頼討伐のため近江坂本に出陣するも、戦果が上がらず2年後に陣中で死去する。
*1489.2.23/ 東山山荘の観音堂(銀閣)の上棟が行われる。
*1489.3.26/ 将軍義尚(義照/25)が、近江の陣中で病死する。
*1490.1.7/ 足利義政(56)没。
*1490.7.5/ 足利義稙(義材)が10代将軍となる。
*1491.1.7/ 足利義視(53)没。
*1493.4.22/ 細川政元が将軍足利義稙(義材)に背き、足利義澄(義高/14)を擁立して挙兵する。(明応の政変)
*1493.閏4.25/ 細川政元の軍勢が正覚寺を攻め、畠山政長は自刃、将軍義稙は龍安寺に幽閉される。
*1494.12.27/ 足利義澄(義高)が、11代将軍に任命される。
*1496.5.20/ 日野富子(57)没。
*1500.6.7/ 応仁の乱により中断していた祇園会(祇園祭)が、30年ぶりに復興する。

作法について

焼香は金香炉で行います。

2021-04-04
春の法要2021での修如上人による焼香です。
真宗本廟御影堂の御真影尊前です。

面授口訣」は必須

2021-09-18
Facebook 藤波 蓮凰さん曰く
……閑話休題……
僧分の端くれながら僧分らしからぬ日常と現実、こと文字だけが飛び交うSNSには、いつの間にか性根が剥き出しになり、醜態を晒すばかりである。人様に《説法》などできたギリではない。《名字の比丘》とばかり、放下僧の体である。ただ、儀式を通じてしか、仏祖に対峙することが敵わぬ愚昧たらしめる我が身かな。
魚山には天台宗の方々はじめ、今は様々な宗派の方々が集っている。それは聲明が、宗派を超えた仏教徒の《共通言語》たらんと嬉しく思う。
かれこれ2年ばかり前からと記憶するが、はるばる関東から日蓮宗の若い僧侶が魚山へ学びに来られるようになった。志篤く、魚山での学びを通して、かの宗門の聲明道を牽引して行かれることを、他宗派の者ながら大いに期待するばかりである。
そんな彼から、私如きには畏れ多い相談があった。それは自身が途中から学びに合流したので、魚山のどのように基礎的な音曲を学べばよいか、といった事柄だった。以て、私とて年季だけ稼いでいるに過ぎず、まだまだ手探りな状況である。老師僧が生前、「10年学んで幼稚園、20年学んで小学生レベルや」と仰せだったこととも重なる。
江戸時代後期の西本願寺御堂衆・光隆寺知影が記した『魚山余響』には、「先ず、法華懺法と例時作法を学び、それから六巻帖を学んだ」とある。順当なステップであるのはいうまでもないが、私もいうなれば《途中》から合流したので、いきなり『胎蔵界曼荼羅供』から始まり、続いて『聲明懺法』と御指南を受けた。いずれも、ビギナーには難解な法儀である。『聲明懺法』には悪戦苦闘したものだ。もう一度学び直したいくらいである。
ところで「聲明は耳で唱える」といわれる。今やICレコーダーや動画撮影など、いろいろ音源を残す方法はあるが、結局、師匠が唱えられる旋律の姿に耳を澄ませて、その唱えようを繰り返し「まねぶ」他はないようだ。あるいは、鎌倉時代の『聲明口伝集』には、旋律の動きに意を注ぎ、博士を充分に理解すべきであるといったことが記されている。従って聲明本を時間が許す限り眺めるだけでも、決して無意味ではないと思う。
思えば魚山に上がるようになって15年以上が経つが、聲明を最初に学ぶべく我が本山の勤式指導所に入ったのが27歳の時だったが、それから良き師匠との邂逅を果たすまで10年の歳月を要した。魚山に入門を許されたのはそれから更に数年を待たねばならなかったが、我が人生「まあ、さてあらん」である。なので若くして魚山と縁が持てた彼とは、さまざまに学び得たことを共有できたらと願うのである。
以て、ことSNSでは思うところ全てを語り尽くすことなど到底できない。そしてここに駄文をしたためている、我が心の揺らぎまで表現できない所以でもある。ただ、思考の一端を書き記すのみである。やはり万事につけて、「面授口訣」は必須なのだと思う。彼とは会った時に、またゆっくりと語り合いたいと思う。
秋の夜長に書き記しおわんぬ。

近世初頭における本願寺定衆の役割と位置

2021-09-14

定衆の役割

2021-09-14
釋氏昭彦師
報徳会(2011年11月11日~13日)期間中
http://mikawabetsuin.blogspot.com/2011/11/2011111113_13.html

三河別院では、11月11日(金)~13日(日)まで報徳会法要を厳修いたしました。
本日(13日)は、本山・東本願寺より、定衆の釋氏昭彦師がお越しになり、日中法要をお勤めいたしました。
この報徳会期間中、多くのご門徒のご参詣、ご奉仕をいただきましたこと、御礼申し上げます。

本廟部定衆ということ

2021-09-14
本廟部定衆(出仕) 清澤 悟 師

日常生活で出来ること

彼岸の頃となりました。

2021-09-17
玉日姫伝説の軸装です。
Facebook 阪下 大介さん曰く
仏壇のちりほこりは 胸のけたいより起る 香樹院徳龍

図画は、常陸国(茨城県)稲田の草庵にはるばると都から親鸞聖人を訪ねられた玉日姫を描く。玉日姫とは、鎌倉初期に朝廷の最高権力者であった関白・九条兼実の末娘といわれ、親鸞聖人の内室と信じられてきた伝説の女性。現在、親鸞聖人の内室と言えば、恵信尼(えしんに)文書を残された恵信尼公をさすが、古くは玉日姫こそ聖人の内室であると信じられてきた。現在も、それを物語るように、稲田の草庵(今の西念寺)跡から800メール近く離れて玉日姫の廟があるし、結城市にも立派な玉日姫の廟等がある。
玉日姫と聖人のご結婚については、次のようなエピソードが伝えられている。法然上人(親鸞聖人の先生)の最大の支援者であった上記の九条兼実は、ある日法然上人に次のように話をした。「私は、最近思う事があります。それは、出家の清らかな清僧(戒律をまもり女性を知らぬ僧侶)の称える念仏と俗にまみれた私達のような者が称える念仏とは、その功徳が違うのではないのでしょうか」。これを聞かれた法然上人は「これは九条兼実殿何を言われるか。出家の称える念仏も弥陀回向。在家の称える念仏も弥陀回向。回向の念仏に変わりなし。我賢くて称える念仏ではない。阿弥陀様の本願は、悪人・女人が目当てであります。この法然も愚かな法然になって念仏を称えています」と答えられました。これを聞かれた九条兼実は大変喜ばれました。そして「私は、疑いが晴れましたが、すえの世の人々が私のように迷わぬように、お弟子の一人と私の娘と結婚させていただけないでしょうか」と問いかけられました。これを聞かれた法然上人は「ごもっともなお話」と返事をされましたが、誰をと迷われて、ついに親鸞聖人(当時は、綽空と呼ばれていた)をお招きになり、「綽空よ。貴方は仏を求めるこころが強く、大いなるうつわなり。九条兼実公のムコとなり、弥陀の本願が時期相応の教えであり、在家の人々の先達になれ」とお話になりました。そして、「あなたが今妻帯の身となってくれなけば、すえの人々疑いを晴らすことはできぬ。どうか法然の願いを聞いてくれ」と話され、親鸞聖人は玉日姫と結婚されたという伝説である。ご結婚は、建仁3年(1203年)10月5日。聖人は、31歳。玉日姫は18歳でありましたと伝えられています。 

お盆のお荘厳です。

2021-06-27
切子灯籠、スタンド仕様です。
本堂仕様は、こちらです。

「寺と家族と“私” 800年を繋(つな)ぐ」

2021-06-27

京都市下京区にある浄土真宗の寺、宝蓮寺。一歩足を踏み入れると、そこは多言語が飛び交い、さまざまな文化的背景を持つ人たちが集うにぎやかな空間だ。日本の多くの寺が檀家減少や後継者不足に直面する中、宝蓮寺では今後のお寺のあり方について、家族の間で活発な議論が繰り返されていた。未来を託されたのは、長男で次期住職の師恩(30歳)。婚約者の晴香と長女の阿梨耶らとともに、寺に新風を吹き込もうと模索する日々を追う

真宗大谷派お焼香作法

2021-05-29
真宗大谷派東本願寺【公式】より

お内仏のお荘厳・お給仕

2021-05-11
報恩講・年忌法要等のお荘厳

大谷派のお荘厳について

RSS(別ウィンドウで開きます) 

ギャラリー展「東本願寺の打敷」

2021-07-07
2021-07-07

4月27日から6月14日まで、真宗本廟(東本願寺)参拝接待所ギャラリーにおいて、「東本願寺の打敷(うちしき)」展を開催しています。
 今回は、普段は近くで見ることのできない打敷の写真と実物を展示しています。
 特に、地下1階の展示ケース内には近年ご門徒の方々よりご寄進いただいた打敷を展示し、とても迫力のある内容となっています。
 今回の展示を企画した本廟部担当者は、「御影堂や阿弥陀堂で見る打敷は内陣で使用されているため、近くで見ることがありません。本山で使用される打敷の中には、1つの刺しゅうに3年余りかかり、全体の完成にはもっと多くの時間を要すると聞いています。今回、近くで見ていただくことで、大きさもさることながら、刺しゅうや細工の細かさをぜひご覧いただきたいです。そして、また様々な機会に真宗本廟に足を運んでいただく際に、打敷をはじめとする荘厳にも注目いただければと思います。」と語りました。
 ぜひ、一度足をお運びください。

「東本願寺の打敷」
○ 会  場 東本願寺参拝接待所ギャラリー1F・B1F
○ 開催期間 2016年4月27(水)から6月14日(火)まで
○ 時  間 9時から16時まで
○ 観覧無料
○ お問合先 東本願寺 参拝接待所(京都市下京区烏丸七条上る)
  Tel:075-371-9210

石山合戦配陣図

2021-04-04
和歌山県立博物館

和歌山市
昭和17年/1942年
一幅
和歌山市湊本町3丁目2番地
和歌山市立博物館

石山合戦における本願寺と織田信長との軍勢の配置図。大阪定専坊所蔵の合戦図を昭和17年に写したもの。
画面には「鈴木孫市」など紀州勢の名称も見える。


錦絵 石山本願寺合戦

2021-04-04
和歌山県立博物館
和歌山市
明治16年/1883年
大判三枚続
和歌山市湊本町3丁目2番地
和歌山市立博物館

織田信長と大坂本願寺が戦った石山合戦を描いた錦絵。
合戦は元亀元年(1570)から天正8年(1580)まで続き、紀州の雑賀衆も参戦した。
画面には「鈴木孫一」など紀州勢の名称も見える。
太閤記 石山大合戦之図
楊洲周延 (1838~1912)
ようしゅうちかのぶ
和歌山市
明治時代
大判三枚続
和歌山市湊本町3-2
和歌山市立博物館

織田信長と大坂本願寺が戦った石山合戦を描いた錦絵。合戦は元亀元年(1570)から天正8年(1580)まで続き、紀州の雑賀衆も参戦した。

蓮如像

2021-04-04
和歌山県立博物館

江戸時代後期/1823
紙本著色
縦70.0cm,横48.0cm
1幅

 浄土真宗本願寺第8世の蓮如(1415~99)は門弟に、親鸞と蓮如の連座像や自身の寿像を与え、勢力の拡大を図っているが、連座像としては京都・西法寺本や西本願寺本など、単独像としては、大阪・光善寺本や慈願寺本などが知られる。
当館所蔵のこの資料は単独の肖像で、裏書によると、文政6年(1823)に西本願寺第19世・本如(1778~1826)が、真宗興正寺派の末寺であった長門国阿武郡萩(現・萩市)の清光寺に与えたものである。
面容や左手のみに数珠を持つ点など、上述した事例とはやや異なる点がみられる。
教如像
江戸時代前期
紙本墨書
縦95.4cm,横39.5cm
1幅

 浄土真宗大谷派本願寺第12世教如(1558~1614)は、本願寺第11世顕如(1543~92)の長子として生まれた。
天正8年(1580)、石山本願寺と織田信長が戦った石山合戦の和議が成立した際に、顕如が紀州・鷺森(現・和歌山市)に退去したのに対して、教如は石山に籠城して抗戦を続けた。
5か月のちに教如も紀州に退くが、この行動の違いが後の本願寺分裂の遠因となった。
教如の画像としては、大阪・延徳寺本などが知られるが、本図もそれに続く時期のものと思われる。

真宗大谷派の衣体(ころも)等について

葉萌黄八葉牡丹紋五袈裟について

2021-09-19
正銀色地葉萌黄八葉牡丹紋五袈裟(准上座一等以上) 、左の方のそれです。
紫地葉萌黄八葉牡丹紋五袈裟(准上座四等以上)、右の方のそれです。

【2021年交流ギャラリー「糸を紡ぎ 色を織りなす」】

2021-07-09
このたびの展示にあたっては、真宗大谷派大谷婦人会の聞法誌『花すみれ』(2015年5月~2016年3月号)に連載された「のりのころも」をもとに作成し、執筆者の柴田法衣店社長:柴田正次郎氏に協力・監修いただいております。
寺院・僧侶にとって、法衣や織物は儀式を行う上で欠かせないものです。
今回の展示では法衣の歴史をたどるとともに、糸や織の技術を今日まで受け継いでくださった職人の匠の技を感じていただき、ともに学びたいと考えております。
会場では、解説パネルとともに、実際に使用している糸や織物、法衣、打敷(荘厳に使用する織物)、打敷の下絵(墨、カラー)なども展示しています。
是非、ご来館ください。

「糸を紡ぎ 色を織りなす展」

2021-07-09
【しんらん交流館交流ギャラリー企画展】
「糸を紡ぎ 色を織りなすー職人の技と伝承ー」の取材で、株式会社 京都錦襴さんに御協力いただきました。
【しんらん交流館交流ギャラリー企画展】
 2021年7月7日(水)より公開予定の「糸を紡ぎ 色を織りなすー職人の技と伝承ー」の取材で、株式会社 京都錦襴さんに御協力いただきました。
 動画はジャカード織機で打敷を織っている様子になります。
 今回の展示では、法衣と法衣に関わる職人にクローズアップし、その技を紹介します。
 〈展示概要〉
 ●期 間 2021年7月7日(水)から8月23日(月)
      ※観覧時間は平日9時から18月まで、土日祝は17時まで
 ●会 場 しんらん交流館1階交流ギャラリー
 ●内 容 法衣の歴史のパネル展示、染色された絹や織られた裂地などの展示
 ●監 修 株式会社 柴田法衣店 代表取締役社長 柴田正次郎氏
 ●協 力 京法衣事業協同組合

【しんらん交流館交流ギャラリー企画展】
「糸を紡ぎ 色を織りなす―職人の技と伝承―」
記2021年1月10日(日)から2月15日(月)まで開催の「糸を紡ぎ 色を織りなす展」の第2弾として、法衣と法衣に関わる職人にクローズアップし、その技を紹介します。
〈展示概要〉 
●期 間 2021年7月7日(水)から8月23日(月)
        ※観覧時間は平日9時から18時まで、土日祝は17時まで
休館日は毎週火曜日及び8月13日(金)から8月16日(月)
●会 場 しんらん交流館1階交流ギャラリー
●内 容 法衣の歴史のパネル展示、染色された絹や織られた裂地などの展示
●監 修 柴田法衣店代表取締役社長 柴田正次郎氏
●協 力 京法衣事業協同組合

旧櫨色旧葉萌黄八葉牡丹の居並紋

2021-07-05
Facebook Masanori Honjoさん曰く
前々からいつかは、可能な限り復活をさせたいと思っていた五条袈裟が本日仕立て上がりました。
数年間かけて再現する為の資料となる写真や何とか現存している生地を収集していたので、昨年秋頃より各所と相談や希望を伝えながら復活して頂きました。
旧櫨色旧葉萌黄八葉牡丹の居並紋と言います。
現在の櫨色は黄色に近くなり紋の配置も四釜なのですが、今から60年以上前までは、この様なオレンジ色や蜜柑色が本来の櫨色でした。
その各旧色(櫨・正銀・萌黄・紫・長春)の中でも、色んな諸事情で短い期間しか存在しなかった紋配列が違うものが、偶然にも、紋型が織り屋の倉庫にあって、処分対象らしく、もしこれを逃したら、先々、職人も居なくなるし、作りたくても作る事も見る事も世に出る事もそして後々に残す事も出来なくなると思って作りました。
色の歴史は中々難しい事が沢山有りますが、無事に出来上がって良かったです。
ちなみに左の旧櫨色葉萌黄は10年位前に作った物ですが、今回の物と比べて色が少し違います。その時の染め方や織り方で変ってしまいます。
今回、葉萌黄の色も本来の少し青味が強い旧葉萌黄色になりました。
これで、とりあえずは一安心です。
今回は私の為にと、大切な方が生前中に残して下さっていた尊い懇志で作らせて頂きました。
本当に有り難い事です。
これから相続し、そして長く使わせて頂きます。
今は色んな事情により使わなくなってしまった、また廃止された色を復元して残していきたいですが、中々作る為には関係者の協力やそれに関わる色んな方々と制作費が無いと作れないのが現状で。
ただ時間が掛かっても一つでも作れれていければと思ってます。
実は色を知る事は先人が佛に対する大切な思いを伝えているのでも有りますし
ちなみに、今年中なら、この旧櫨色葉萌黄五条袈裟を作る事が出来るそうです。
ただ、別染別織の一両づつしか作れないのと、材料高騰や手間賃高騰で金額は少し高くなってますが

正絹、旧正銀色葉萌黄八葉牡丹紋五条

2021-01-24
Facebook真宗 大谷派 本正寺様より
正絹、旧櫨色地葉萌黄八葉牡丹紋五条

大谷派関係学校のページ

2021-04-07
2021年度「入学宣誓式」挙行

2021年度「入学宣誓式」挙行

4月1日(木)本学講堂にて、2021年度入学者を対象として「2021年度入学宣誓式」を挙行しました。
式場となった講堂では混声合唱団の仏教讃歌により開式され、「三帰依文」と「三誓偈」を木越康学長の調声のもと唱和しました。

その後、木越学長による告示では、「大谷大学を象徴するメッセージ「Be Real」には、「現実」という意味、もう一つは仏教でいう「真実」という意味が含まれています。現実というものをしっかりとみつめるその中で、あるべき姿、あるべき方向性を考えていく、こういう態度を示しています。専門の勉強を充分にしてもらいたいと思いますが、それよりも何のために勉強をするのか、どういう自分になっていくのか、どういう社会を築いていくのかということを大事にしてもらいたい。また、どうすれば、異なるもの同士が争うことなく生きていくことができるのか、このことを考える態度を皆さん一人一人の中で養っていただきたい」と述べました。

引き続き、学校法人真宗大谷学園の但馬弘理事長より「新入生のみなさん、今日から新しい環境での学生生活が始まります。コロナ禍という不安の中ではありますが、どうかその不安から逃げ出したり、誤魔化してしまったりするのではなく、本学の学びと学生生活の中で、それぞれの持ち味を存分に光り輝かせていってください」と祝辞が送られました。

新型コロナウイルスによる感染状況に鑑み、式場への入場を入学生と教職員に限定し、また従来の3部制を4部制で実施するなど、感染防止対策を講じて執り行いました。
また、出席を控えていただいた保護者及び在学生に対して、式の様子を大学ホームページでライブ配信いたしました。

ご協力頂きました関係の皆様のおかげで、大きな混乱もなく無事に式を終えることができましたことを、心よりお礼申しあげます。

【総務課】

大谷大学のあゆみ 歴代学長の肖像—明治・大正・昭和

2021-04-07

2021年度春季企画展
大谷大学のあゆみ 歴代学長の肖像—明治・大正・昭和—  開催にあたって

 大谷大学は明治34年(1901)に東京巣鴨で開学した真宗大学にはじまり、大正2年(1913)には京都市小山の地に移転し、現在に至ります。
 本展覧会では、明治・大正・昭和の歴代学長の肖像とその遺品を紹介します。
 学長は、初代学監(学長)清沢満之から現在まで28代を数えます。その肖像は、学恩を受けた人びとの感謝の意と師を懐かしみ顕彰する思いから制作されたものです。いずれも当時交流のあった画家によって描かれており、往時は旧講堂に掛けられていました。
 これらの肖像を通じて、大谷大学の歴史と大学の発展のために力を尽くした方々の思いに触れていただければ幸いです。

大谷大学

2021-02-14
新制大谷大学の今
大学報恩講の荘厳

大谷大学の今

2021-02-14
大谷大学尋源館(大谷大学旧本館)
烏丸北大路交差点の一角に校舎を構える大谷大学は東本願寺の学寮に遡る古い歴史を持つ学校です。

烏丸北大路交差点の一角に校舎を構える大谷大学は東本願寺の学寮に遡る古い歴史を持つ学校です。
この大谷大学には大正期に建てられた煉瓦造りの旧本館が今も残り、現役施設として使われています。

大谷大学 慶聞館(きょうもんかん)

2021-02-14

真宗大谷派の動きについて

臨時職とはいえ女性が宗派の行政職の長を務めるのは史上初となる。

2021-08-27
真宗大谷派 但馬総長が入院 10月臨宗で退任の公算
2021年8月25日 10時14分
真宗大谷派の但馬弘宗務総長(61)が体調不良で24日に入院したことが分かった。25日の宗務所の部次長会で発表された。但馬総長は任期満了に伴う9月の宗議会議員総選挙後に予定される10月中旬の宗会臨時会で退任する公算が大きい。
宗務総長の臨時代理は望月慶子参務(79)が務める。臨時職とはいえ女性が宗派の行政職の長を務めるのは史上初となる。(『中外日報』8月27日付で詳報)

但馬宗務総長の入院加療に伴う宗務総長臨時代理の任命について

2021-08-26
重要なお知らせ 2021.08.25

このたび、当派宗務総長の但馬弘が、入院加療により一定の期間宗務を執り行うことができなくなるため、宗務職制第6条第1項の規定に基づき、下記のとおり宗務総長臨時代理を置くこととなりましたのでお知らせします。

 

任 命:参務 望月慶子
事 由:宗務総長が入院加療により、一定の期間宗務を執り行えないため
就任日:2021年8月25日
退任日:宗務総長の入院加療が終了し、宗務執行が可能となったとき

経典の中の差別語問題 真宗大谷派が謝罪 書き換えられない文言、問われる解決のかたち

2021-09-19
東本願寺の境内(京都市下京区)
2021年9月18日 19:20

真宗大谷派(本山・東本願寺、京都市下京区)の僧侶、門徒でつくる議決機関・宗会が、約100年前から差別語であると批判されてきた経典の文言「是旃陀羅(ぜせんだら)」について、改善を誓う決議を全会一致で行った。文言を解説する際、日本で差別を受けてきた人たちに例えてきた歴史についても謝罪した。だが釈迦(しゃか)の言葉である経典は書き換えられず、時代とともに人権意識が変わる中、難しい決断を迫られている。

 是旃陀羅は、仏教の経典の一つ「観無量寿経(観経)」にある一節。観無量寿経は浄土真宗などで重要な経典とされてきた。旃陀羅は古代インドの被差別民を指し、同派では江戸から昭和初めごろまで日本の被差別身分に例えて説明されていたとみられる。1922年の全国水平社結成以来、差別を助長すると指摘され続け、40年には同社幹部から経典の語句訂正も含めた対応を求められた。

教団内でも「是旃陀羅」を差別語と認識して解説書で手厚く説明したり、学習会を重ねたりして対応してきた。だが経典の文言を変えるわけにはいかず、同派によると現在も年忌法要で「是旃陀羅」を含む観経が読経されることがあるという。

 一方で、2013年には部落解放同盟広島県連が改めて問題を提起。教団内でも2022年に水平社創立100年、23年に浄土真宗の立教開宗800年を控え、抜本的に解決すべきとの声が高まっていた。

 そこで僧侶でつくる宗議会と、門徒で構成する参議会(各65人)は今年6月に決議を提案し、それぞれ全会一致で可決した。

 決議文では「その言葉を耐えがたいと感じる人がいることに思いが至らず、読誦(どくじゅ)を繰り返してきた」と謝罪。「人間解放という人類共通の願いに向けた具体的な一歩を踏み出すべきである」とし、差別のない社会に向けて努力し続けることを誓った。

 ただ、決議について宗会議員の中には「長年の課題解決に向け、ようやくスタート地点につけた」との声がある半面、「具体的な解決策まで示しきれなかった」との指摘もある。

 一部の僧侶からは法要で「是旃陀羅」の文言を読まないことが解決策として提案されている。だが「経典を読み飛ばすことは、書き換えることと変わらない」、「ただ読まないだけでは問題を見えなくするだけで、根本的な解決とはいえない」との意見も根強く、解決に向けた道筋はまだ見えていない。

 執行部にあたる大谷派の内局は、決議を受けて「水平社100周年を迎える来年3月までに一定の見解を示したい」と説明。問題意識を共有するための冊子作りや全国25教区での意見集約を進めつつ、具体的な対応策の検討を進めているという。

▽「是旃陀羅」問題に取り組む部落解放同盟広島県連の岡田英治委員長の話

 初めて決議されたのは大きな前進で、過去をざんげしていることも評価したい。ただ、具体的な対応も決議してほしかった。最低でも不読にし、時間がかかっても教えと整合性がとれるように何らかの変更をするのが大事だと思う。経典には女性差別や障害者差別もある。同じ問題は他宗派にもあり、さらに考えてほしい。

「是旃陀羅」問題に関する決議

2021-07-07

2021年6月30日更新

「「是旃陀羅」問題に関する決議」を宗議会及び参議会において全会一致で可決

このたび、弊派の最高議決機関である宗議会(僧侶議員で構成)及び参議会(門徒議員で構成)において、「「是旃陀羅」問題に関する決議」が全会一致で可決されましたので、お知らせします。

「是旃陀羅」問題に関する決議

 私たちは、近年、部落解放を願う人々から、教団の根幹である教学・教化・儀式に直結する厳しい提起を受けてきました。『仏説観無量寿経』序分にある「是旃陀羅(ぜせんだら)」という言葉にかかわる問題です。
 このインドにおけるアウトカーストの人々を表す「旃陀羅」という言葉は、人間の尊厳を否定する根源的な差別語として機能してきました。私たちは、その言葉を聞くことで心が痛い、耐え難いと感じる人がいることに思いが至らず、法要儀式で読誦を繰り返し、またその言葉に「穢多」・「非人」という言葉を当てて教化してきた歴史がありました。私たちは、あらためて差別される痛みや苦しみを感じてこられたすべての人々に対し、深く謝罪いたします。
 また、私たちは、全国水平社創立以来、「親鸞に帰れ」という願いのもとに発せられる悲痛な叫びに、真に向き合うことができませんでした。信心の問題と差別によって人間が否定されるという問題を切り離してしまうなど、教学・教化・儀式の課題として受け止めきれなかったと言わねばなりません。それは、カーストの克服を大きな課題とした釈尊の教えや、「みな、いし・かわら・つぶてのごとくなるわれらなり」と吐露(とろ)した宗祖親鸞聖人の教えに違(たが)うものであり、念仏の僧伽(さんが)を求める同朋会運動の精神に対して、自ら背を向けるものであったと深く慚愧(ざんき)いたします。
 私たちが、是旃陀羅の問題をはじめ、聖教(しょうぎょう)における女性差別、また障がい者差別等、すべての差別問題における課題を共有することは、同時に、教えを通して我が身の差別性が自覚させられていくことであります。
 全国水平社創立百年、立教開宗八百年を目前にした今、私たちは、差別を受けてきた人々に二度と同じ苦しみを与えることがないよう、また、差別をし、見過ごし気づけなかった過ちを繰り返すことのないように、あらためて、「人間解放」という人類共通の願いに向けた具体的な一歩を踏み出すべきであると考えます。
 私たちは、宗憲前文の「同朋社会の顕現」という使命を果たすために、国家・宗教・民族・性別などのあらゆる差異(ちがい)を超えて差別のない社会を求め、継続的な努力と歩みを重ねていくことをここに誓います。
以上、決議いたします。

   2021年6月28日
                  真宗大谷派 宗議会議員一同 
   2021年6月30日
                  真宗大谷派 参議会議員一同

2021年6月21日更新 HP東本願寺 6月21日、第70回宗議会(常会)が招集されました。

2021-06-21
2021年 宗会(常会)宗務総長演説(要旨)1~6頁
本日、ここに宗会常会を招集いたしましたところ、議員各位におかれまして は、全国各地からご参集賜わり、誠にご苦労さまでございます。 平素より、宗門護持のためにご尽力をいただいておりますことに、厚く御礼 申し上げます。 さて、当初5月下旬より予定いたしておりました宗会(常会)でしたが、新型 コロナウイルス感染症の感染拡大による緊急事態宣言の延長等を受け、招集期 日を延期し、本日からの開催となりました。宗参両会の議長をはじめ、関係各位 のご尽力により、年度内での議会日程をお組みいただきましたことに、先ず心よ りの敬意と感謝を申し上げます。 当局といたしましては、でき得る限りの感染防止対策を講じて、議会運営に資 してまいりたいと存じますので、議員各位におかれましても格段のご理解とご 協力をお願い申し上げます。 【新型コロナウイルス感染症の感染拡大】 さて、いまだ終息が見えず予断を許さない状況下の新型コロナウイルス感染 症については、全国の各都道府県に緊急事態宣言や、まん延防止等重点措置の発 出が相次ぐ中、ワクチンの接種が順次開始されておりますが、すべての方々に行 き届くにはまだ時間を要する模様であります。 感染症によってお亡くなりになられた方々とそのご家族に、衷心よりお悔や み申し上げるとともに、療養中の方々の一日も早いご回復を念じ申し上げるも のであります。 また、このような中、一年以上の長きにわたり、人命と生活を守るためにご尽 力くださっているすべての皆さまに、心よりの敬意と感謝を申し上げます。 この感染症によって、各ご寺院での法務・教化活動をはじめ、宗門運営にとり ましても大変厳しい事態が続いております。そのような中にもかかわらず、厳修 まで二年を切った宗祖親鸞聖人御誕生八百五十年・立教開宗八百年慶讃法要に 向け、さまざまな工夫を重ね、法義相続・本廟護持にご尽力いただいている宗門 各位に、あらためて深甚の謝意を表させていただきます。 
【震災を忘れない】 
私たちは、東日本大震災から10年、熊本地震から5年の年を迎えました。両 災害において、今もなお苦難の生活を送られている方々、深い悲しみの中におら れる方々が多数おられることを忘れることはできません。中でも東日本大震災 に伴う東京電力福島第一原子力発電所の事故では、深刻な放射能汚染のため、多 くの方々のかけがえのない故郷が失われました。 被災されたすべての方々に対して、あらためてお見舞い申し上げるととも に、「忘れないでほしい」「現実を見てほしい」という被災者の方々の声や願い に耳を澄ませ、その苦しみや不安に心を寄せ続けてまいります。 宗派では、「原子力発電に依存しない社会の実現」を目指し、これまで政府 への要望書提出をはじめ、声明や見解を表明してまいりました。 一方、国では、地球温暖化対策として、2030年までに温室効果ガスの排 出を半減させ、2050年には脱炭素社会の実現を目指すことが表明されてい ます。しかし、これを実現させるための必要なエネルギー源として、再び原発 への依存を強めていく動きが露わになってきています。 宗派といたしましては、今なお続く事故の厳しい現実から目をそらすことな く、原子力発電に依存しない社会の実現に向けて提言を続けてまいりたいと思 うことであります。 
【転換期にある時代と宗門】 
さて、昨年以来、新型コロナウイルスによって、あらゆる面で行動が制限され、 人と人との交わりにもさまざまな制約を受けるなど、社会全体が元に戻れない ほどに、根底から大きく変わる転換期を迎えています。 このことによる、デジタルトランスフォーメーション(DX)の急速な普及は、 時代の必然とも言えますが、物事の選択・決断を、成功と失敗の中で育くまれて きた人間の経験値によるものから、人工知能であるAIに安易に委ねていく潮 流が急加速していることには、危惧を抱かざるを得ません。倫理の問題はもとよ り、「人間とは何か」「何に依って生きていくのか」という、宗教の原点とすべき 「生きる方向性」が問われる時代が到来しています。 宗門においても、変容する時代の大波の中で、従来の教化事業や仏事執行など、 宗門活動のすべてに、これまでにない工夫や変革が求められる時代に突入して います。しかしながら、このように価値観が根底から揺さぶられる時代であるか らこそ、何よりも私たちが忘れてならないのは、これまでの度重なる宗門の危機 の中にあっても、教えに出遇ってこられた先達の方々の歓喜と謝念によって伝 統されてきた、「立教開宗の精神」と「宗門存立の本義」であります。 このような転換期にある中、宗門では、昨年11月に門首継承式を、本年4月 に慶讃法要に向けた真宗本廟お待ち受け大会・本廟創立七百五十年記念大会を 執り行ったことであります。 
【門首継承】
 第26代門首に就任された大谷暢裕門首は、門首継承式の表白において、宗門 人の願いが結実した宗憲を遵守し、真宗の教法を聞信し、仏祖崇敬の任にあた り、同朋社会の実現を期すことを宗祖御真影の御前において誓われました。 そして、お待ち受け大会においては、新型コロナウイルスの感染拡大等による 現在の危機的状況を、正法弘通の転機と受け止め、慶讃法要に向けて「南無阿弥 陀仏 人と生まれたことの意味をたずねていこう」というテーマのもと、本願念 仏のみ教えに、「人と生まれたことの意味」を丁寧にたずねていくいとなみを、 世界中の人々と共にしたいと表明されました。 今後、門首及び新門におかれては、慶讃法要に向けて各教区のお待ち受け大会 等に出向いただき、全国の皆さまとの交わりを深めていただくことであります。 当局といたしましては、さらに世界中に南無阿弥陀仏の教えをお伝えしていく ためにも、宗門各位とともに歩みを進めていただけるよう務めてまいります。 退任された大谷暢顯前門におかれましては、本廟留守職の伝統に立ち、重責を 果たしてこられた24年間のご尽力に、あらためて心から深く感謝を申し上げ るものであります。 
【宗憲改正40周年】 
さて、私たちは、本年6月11日をもちまして、現真宗大谷派宗憲が、教団問 題という宗門の存亡が問われる危機の中、先達方が心血を注がれて改正されて から40周年を迎えました。 先達方は、いかなる時も「同朋の総意に基づくこの宗憲に則り、立教開宗の精 神と宗門存立の本義を現代に顕現し、宗門が荷負する大いなる使命を果すこと を誓う」と、宗憲前文に顕かにしてくださっています。そして、第2条の目的に おいて、「立教開宗の精神に則り」「同朋社会の実現」を期すことをもって時代 社会に応えていくことを、真宗大谷派が存立する根拠と見定めてくださってい ます。 現宗憲の制定から40年を経た今、いつのまにか私たちは、この宗憲が制定さ れた苦難の歴史を忘れ、宗憲を当たり前にあるものとしてはいないでしょうか。 「自信教人信の誠を尽くし、同朋社会の顕現に努める」という宗門に属する者の 使命、宗祖親鸞聖人の立教開宗の本義をあらためて確かめる中でなされた先達 の苦闘の歩みに、あらためて私どもの現在を省みる必要があると思うのであり ます。 
【私にとっての慶讃法要 -慶喜奉讃に起つ-】 
4月に開催した真宗本廟お待ち受け大会・本廟創立七百五十年記念大会の記 念法話において、池田勇諦先生は、「慶讃」という言葉の原点である「慶喜奉讃」 について、「慶喜」は「本願の呼び掛けに呼び覚まされた知恩の感動を表し」、「奉 讃」は「知恩の感動に必然する報徳の歩みを表す」と押さえられました。そして、宗祖の御誕生と立教開宗の私たちにとっての意義を、「知らしめられた恩徳を、 遇わせていただいた教えを、次の世代に確かに手渡していかねばならんという 使命感に立ち上がること」とお示しくださいました。 また、本廟の創立ということとも関連づけられ、来る慶讃法要を「本廟創立の 精神に立ち返って、本願念仏の僧伽の伝統に召される慶びとともに、背負う責任 を確認するご法要」であると、慶讃法要をお待ち受けする覚悟が、私たち一人ひ とりに問われていることを述べられました。 本廟創立の精神とは、宗憲前文に述べられている精神そのものであります。そ して、その精神によって、本願の歴史の中にかたじけなくも、私一人に開かれる のが僧伽たる同朋社会であります。にもかかわらず、私どもには日々、差別社会 をつくりだしているという現実があります。池田先生には、差別をつくりだす現 実と切り結ぶ「同朋社会を呼吸圏とする生き方」を歩むことこそが、「顕現」の 証であるとの大切なご示唆をいただきました。 私どもは、『教行信証』の草稿が成ったとされる元仁元年(1224年)を立 教開宗の年と定めております。宗祖はその「総序」の文の結びに、「ここに愚禿 釈の親鸞、慶ばしいかな、西蕃・月支の聖典、東夏・日域の師釈、遇いがたく して今遇うことを得たり。聞きがたくしてすでに聞くことを得たり。真宗の教 行証を敬信して、特に如来の恩徳の深きことを知りぬ。ここをもって、聞くと ころを慶び、獲るところを嘆ずるなりと。」と記されました。まさに親鸞聖人に あっては、よき人・法然上人を通して、三経七祖に伝統される真実の教えに出 遇われた慶びにもよおされ、その御恩に応えんとして、『教行信証』を著された と受け止めさせていただきます。 教えに出遇われた宗祖が、その後の生涯を報恩のいとなみとして尽くされた ように、私という自我を超えて届けられた本願の名号、南無阿弥陀仏に出遇うこ とで、人と生まれたことの意味をたずねる道に起つ慶びをいただいた者として、 「知らしめられた恩徳を生きる身となる」ことこそが、慶喜奉讃の内実でありま す。そして、はからずもかけられている大いなる願いに起ち上がることは、せず におられぬという意欲として、次世代に教えを受け渡していくいとなみに、自ら 参画していくことにつながるのであります。 現代という時代は、科学技術の発達が、本来の目的であった利便性の向上や生 活の充足の域を超え、人間の欲望の飽くなき膨張が、自然環境の破壊のみならず、 格差の増大や差別の深刻化をもたらし、人間存在そのものの破壊の域にまで達 しようとしております。そのような混迷の只中において、私たちが取るべき道を、 池田先生は「回帰」であると述べられました。 私たちは関係を生きています。あらゆる存在は一体としての同一のいのちを 生きております。人間破壊の域にまで達した現代に対し、勇気を持って「退一歩」 し、あらゆる存在が南無阿弥陀仏によってつながっている「根源的連帯」に回帰 することこそ、現代にあって願われている喫緊の課題であり、このたびの慶讃テ ーマがその道標となることを押さえていただきました。 新型コロナウイルスによって、先行きが見通せない現代であるからこそ、南無 阿弥陀仏によって、一人ひとりがあらためて立ち位置を確かめ、慶讃法要を真の 勝縁として、「慶喜奉讃」「知恩報徳」に生きる時節を賜ったことであります。 
【ポストコロナを「利他」の視座で】 
真宗本廟お待ち受け大会前日の記念講演会及びシンポジウムにおいて、京都 大学前総長の山極寿一氏は、急速な発展を遂げているデジタル社会において、知 識情報の蔓延により人間があたかも機械化し、本来備わっていた直感力や情緒 的感覚が失われていることを挙げ、個と個がバラバラになり、袋小路に入って苦 しんでいる時代の闇を提起されました。 また、「他人に迷惑をかけてはならない」と教育によって教えこまれてきた価 値観よりも、むしろ「迷惑をかけなくては生きては行けない」現実に気づかされ ることで、人間はつながりを回復できるのであり、その人間の弱さを認め合うと ころに責任が芽生えてくるという旨を述べられました。さらに、「文化と科学が 共鳴し合う新たな環境倫理をつくる」必要性と、独りではけっして得られない安 心や共感、人生の不条理の苦悩といった、医学や科学が解明できない分野で、宗 教が果たす役割を示してくださいました。 関連して世界に目を向けますと、新型コロナウイルスの感染拡大が深刻化し て以降、さまざまな立場の有識者より、「利他」という語が発せられています。 教学委員として参画いただいた東京工業大学の中島岳志氏は、学内の「未来の 人類研究センター」に「利他プロジェクト」を設置されております。そこでは、 意図的に利他を行おうとする作為によって、むしろ利他は遠ざけられるもので あり、無為の中にこそ利他の本質があり、自我を超えて促されるものとして、自 と他が一つになることで利他が生まれると、真宗の教えに学ばれた視座で利他 の研究をしておられます。 一般に流布している西洋由来の利益を優先する利他主義と、真宗における利 他とは、『歎異抄』に宗祖の言葉として「慈悲に聖道・浄土のかわりめあり」と 示されているとおり、一線を画します。しかし、現代社会において世界的に「利 他」という言葉が現れ出ている根底に、真宗において説かれる「利他」とけっし て無関係に捉えてはならないと感じるのであります。 金子大榮先生もまた、50年前の慶讃法要に寄せて、「還相回向ということは つまり利他教化で、自分のよろこぶことを人にも知らせたいということであり ます。この利他教化ということが念仏者にとっての自然の感情でしょう」と述べ ておられます。(『真宗』1973年1月号) 仏教の永い伝統の中、如来の本願力回向として、数限りない念仏者の歩みが続 けられてまいりました。今、世界に求められているポストコロナにおける「利他」 の視座は、先に述べた門首の「世界中の人々と共に念仏にたずねる」という願い、 池田先生の「南無阿弥陀仏を根とする根源的連帯」、山極氏の「文化と科学が共 鳴し合う新たな環境倫理」といった提起と、根底に相通ずる願いがございます。 このことは、混迷する時代社会の大転換期にあって、人間の根源的願いが表出し てきた証しとも言えるのではないのでしょうか。今、時代は、かけられた願いに、 原点に立ち返る時にあるということであります。 このような時代にあって、同朋社会の顕現に努めることをその使命と見出し た宗門として、世に応えていく歩みを、宗門を挙げての課題とし続けてまいりた いと、心より願うものであります。今こそ、念仏申す私たちの、凡夫の身を離れ ない生活者としての生き方が問われています。 
2021年 宗会(常会)宗務総長演説(要旨)6~12頁
【宗務改革】 
新型コロナウイルスの感染拡大により、ますます喫緊の課題となった宗務改 革もまた、次世代に教えを受け渡していく宗門の使命を果たすべく、「慶喜奉讃」 「知恩報徳」のいとなみとして、衆知を集め、実行可能なところから後戻りする ことなく着実に進めて行かねばなりません。 宗務改革の推進は、教区改編・門徒戸数調査・財政改革を主として進めてま いりましたが、2021年度より行財政改革を包含して積極的に取り組むこと であります。 この行財政改革は、時代社会に対応し、次世代に教えをつないでいくため、 持続可能な基盤整備を行うべく、3つの柱をもって取り組んでまいります。 1点目は、教区・組の特性を大切にしながら1ヵ寺の活性化を願い、すべて の宗門の機能を「人の誕生と場の創造」に収斂してまいります。2点目に、I T活用等による徹底的な事務効率化を進め、「教学振興と教化推進に注力でき る機構への再構築」を図ります。そして3点目として、厳しい社会状況を見据 えて、「組織機構の縮充化」を図るものであります。 この改革における財務方針等の詳細については、財務長演説に委ねますが、 組織機構・教化・財務における主な取り組みを述べさせていただきます。 まず組織機構の面では、特に教区改編について、九州教区における教区寺院 活性化支援室の実働や、岐阜高山教区における別院を中心としたエリア教化の 実働等、着実な歩みが進められております。 また、奥羽・仙台・山形の東北3教区においては、2022年7月に新教区 が発足いたします。さらに、富山・高岡及び小松・大聖寺教区においては既に 合意書が取り交わされ、三条・高田教区においても今月末に合意書が取り交わされる予定であり、いずれも2023年7月に新教区として発足することであ ります。 そして、能登・金沢、長浜・京都及び山陽・四国教区においても、改編に関 する協議が鋭意なされております。 各教区において、新教区発足後の歩みや、改編に向けて、真摯に且つ丁寧な 協議を重ねていただいていることに、深謝申し上げます。 その他、機構面においては、中央宗務機関の局制への改編、教化拠点として の教務所の役割の見直し、総合的な人事計画といった、宗務機構の最適化を企 図しております。 次に教化の面では、特に本山・教区・別院・組の明確な役割分担と、それに 基づく教化研修計画の策定について、慶讃法要に向けた中期教化研修計画にお ける3期9ヵ年度の取り組みが2022年度に区切りを迎えることから、新型 コロナウイルスの影響による計画の変更も見越し、2021・2022年度の 2ヵ年度を一体化した計画といたします。加えて、教化委員の任期3ヵ年度を 1スパンとして計画を立案・実施している教区の実情に鑑み、慶讃法要後の教 化研修計画は、2023年度から始まる教区教化委員の任期に合わせ、以降3 ヵ年度を一体化した計画を恒常化させ、本山・教区・組の教化研修計画に、連 動性や一体感をもたらすことを期するものであります。これに関連して、既に 教区や組と重複していた本山主催研修会は、廃止する方向性をもって、予算編 成においても、その方向に舵を切っていることであります。詳細については、 教化研修計画をご覧ください。 その他、教化面においては、本山教学研究機関と教区機関との連携、各種関 係団体との関係性の見直しといった、1ヵ寺の更なる活性化に寄与し、未来へ 教えをつなぐ、教学振興と教化推進に向けた環境整備を企図しております。 次に財務の面では、特に2022年2月に実施する第4回全国門徒戸数調査 について、調査結果の数値を経常費御依頼の基準として、これまで以上に反映 させるべく、御依頼割当基準策定委員会を設置して取り組んでまいります。 その他、財務面においては、予算規模の明確化、歳入構造の変成と交付金制 度の見直し、財政調整基金(仮称)の新設、一般会計と特別会計の統合による 宗派会計の再編成、新たな宗派財源の確保といった時代状況に応じた予算規模 を目指し、公平で透明な財政制度の構築を企図しております。 これらの改革は、2023年の慶讃法要を待つことなく、当局の責任におい て、実行可能なものから順次進めてまいります。そのために、本年3月には行 財政改革推進準備室を設置いたしました。今議会においては、行財政改革をあ らためて宗務改革の重要な柱の一つと位置づけ、一体のものとして推進してい くために、宗務改革推進本部の設置を提案するものであります。また、然るべき時期に内局巡回等を実施し、行財政改革の目的を明確化し、 宗門内での共有を図り、持続可能な宗務機構への変革に向けて、信頼感を醸成 していく予定であります。 かつて宮城顗先生は、「教団の組織における中央というものは、要するに、 地方が地方として活きた歩みをすすめてゆくための場・パイプだと私は思って います。中央と地方をつなぐパイプではなく、地方が活きた地方となるための パイプとしての働きをすることのほかに、中央としての存在意味はないのでし ょう」と述べておられました。(『教化研究』第75号) このたびの行財政改革の推進は、本山という中央機構のあり方を変えていく ことのみならず、教区・別院・組が特性を発揮するために、どこまでも1ヵ寺 が聞法の道場として活性化していくことを願い、成し遂げなければならない転 換です。 
【共創環境の充実と新たな教化体制の構築】
 昨年9月に全国の組長寺院を対象として実施した「新型コロナウイルス感染 症の影響下における寺院の教化活動の工夫に関する調査」の分析では、以前か ら指摘されていた仏事の簡略化、門徒との関係性の希薄化や寺離れが顕著に現 実のものとなった一方、「お寺にお参りしたい」という声が多く寄せられてい たことであります。感染症の影響下にある不安や孤独から、人と会することの 日常の尊さといった、寄り合って生きる人間の原点に回帰していける場が、寺 院であるということを再確認したことであります。 僧侶と門徒が対話を重ね、感染対策を施して聞法の場を再開してきた寺院 や、寺報などの文書伝道を始められた寺院が多くあります。むしろ感染症の拡 大によって、あったものがなくなった状況において、悩み迷うことを通して、 寺院の存在意義や共創環境は増したように思うのです。社会や門徒の声を聞 き、寺院が潜在的に持つ共創力を活かして、継続可能な聞法の場づくりを、僧 侶と門徒が共に創る環境にあるということが、寺院の強みであります。 また、1ヵ寺の活性化を目指していく取り組みにおいては、「一人の人、一 つの寺を大切に支える宗門」として、教区寺院活性化支援室の設置等によっ て、1ヵ寺を支える体制づくりを進めてまいります。 その意味において、昨今の特徴を挙げますと、組で推進員教習等の共同教化 に資する教化事業が行われてきましたが、寺院に同朋の会が出来ていかないと いった長年の課題に応えていくため、複数の教区において、教区教化委員会内 に「寺院運営相談室」や「組教化の推進に関する機関」の設置が検討され、当 該機関が「教区寺院活性化支援室」の役割を担っていく傾向にあります。組や 寺院の意見等を汲み上げていく機関を設置される傾向にあることは、「組を基軸とした教化」、「1ヵ寺の活性化」の具体として、非常に的を得た取り組みで あります。 また、新型コロナウイルスの影響により、急速に普及したオンライン化によ って、教化事業の情報が教区を超えて流通し、共有される時代になりました。 これにより、教区を超えた教化事業の開催が可能となり、これまで過多の傾向 にあった事業を、連区内や教区間の持ち回りで開催していくことが検討されて います。教区に伝統されてきた事業を大切にしながらも、事業の「選択と集 中」を、「連携と共有」という方法をもって具体化されようとしていること は、学びの機会や場を共有することを通して、人の出会いが拡がり、全体の質 的向上にも大きく寄与するものとして期待されることであります。 これらの動きは、教区改編や、教区寺院活性化支援室の設置によって、1ヵ 寺の活性化に向けた教化拠点としての教務所機能の充実を期する、行財政改革 と軌を一にするものであります。大きな行政単位にあっても、きめ細やかな教 化支援をしていける体制づくりを、各現場がその役割と特性を発揮して進めら れていることであります。 
【慶讃事業の推進】 
慶讃事業は、「宗門の基盤づくり-新たな教化体制の構築-」、「本願念仏に 生きる人の誕生と場の創造」、「あらゆる人びとに向けた真宗の教えの発信」と いう方針のもとに、5つの重点教化施策を4ヵ年度に亘って推進していること であります。しかしながら、新型コロナウイルスの影響により、当初の計画通 りに事業を進めることが難しい状況にあるため、事業実施の可否を慎重に見定 めて再編成したことであります。 まず、青少幼年教化については、子ども会をはじめとする仏事の場が、ひと りの青少幼年と出あう場となるよう、現場に応じた教化支援となることを期し て、各種の講習会や支援事業、教化教材の作製や改訂等を進めてまいります。 また、全教区から推薦された方々と、青少幼年教化の基本姿勢を学ぶ学習会 を開催し、人の養成に取り組みます。 次に、教師養成については、より実践的な学びを導入するべく、「教化学」 にグリーフケアの学びを導入する取り組みを進めております。新型コロナウイ ルスの影響で1年延期していた、養成校の教員を対象とする「真宗とグリーフ に学ぶ研修会」を本年5月から開始しました。研修会終了後には、具体的な実 施に向けたフォローアップの取り組みを進めてまいります。 また、通信教育制度については、養成校を交えた会議を設置し、教師資格取 得後の研修制度についても、教区と連動した制度構築を目指して協議を開始い たします。 次に、寺院活性化については、新型コロナウイルスの影響により、「元気な お寺づくり講座」や現場に赴いての各種支援が困難な状況にあるため、各種支 援員の基礎・専門講習といった、人の養成に注力していくとともに、先述の 「新型コロナウイルス感染症の影響下における寺院の教化活動の工夫に関する 調査」の分析結果から見られる、寺報作成などのニーズに合わせたオンライン での教化支援に取り組んでおります。今後も支援員の養成に取り組むととも に、現場の要望に応じた教化支援を継続してまいります。 また、2020年度に設置された九州教区の寺院活性化支援室は、2021 年度から取り組みが本格始動し、教務支所に配属されている教化相談員も支援 員講習を受講していくことになっております。 本年7月には、大垣教区においても支援室が設置され、その他の教区におい ても、支援室の設置について検討が始まっております。教区の特性に応じた支 援室のあり方を、教区の方々とともに検討し、取り組みを進めてまいります。 次に、真宗の仏事の回復についてであります。報恩講をはじめ、朝夕のお勤 めや通夜・葬儀・法事など、あらゆる仏事の簡素化が進んでおります。真宗の 仏事の基本は、御本尊を中心とした生活と仏法聴聞の場にあります。次世代に 御本尊のある生活を伝えるべく、パンフレットや『正信偈書写本』等を活用し て、自身にとって「仏事」を確かめる場の創出を働きかけてまいります。 また、御本尊の手渡しをはじめとする、真宗の仏事の回復に向けた教区事業 への助成を継続し、地域の特性を活かした施策が展開されていくことを願うも のであります。 次に、真宗本廟奉仕上山促進については、奉仕施設独自の感染予防ガイドラ インに基づき、定員を減じた上で、検温・消毒等の対策を徹底し、すべての上 山団体を「慶讃法要お待ち受け奉仕団」として受け入れてまいります。 また、慶讃法要に向けたテーマ別の本廟奉仕や、法要・讃仰期間中における 本廟奉仕の充実に向けた取り組みを進めてまいります。 なお、慶讃法要の団体参拝に関しては、2021年度に団体参拝受入センタ ーを本廟部内に設置し、参拝計画を確定させ、教区ごとの参拝席抽選会へと進 めてまいります。 
【是旃陀羅‐念仏者としての課題‐】 
念仏者として自身が問われ続ける重要な課題として、『仏説観無量寿経』「禁母 縁」における「是旃陀羅」の課題があります。2019年度の宗会において、2 022年3月の水平社創立100周年までに一定の見解を示せるよう、議論を 深めていくことを表明いたしました。 現在、是旃陀羅に関する手引書の作成に資する取り組みとして、教学研究所と 解放運動推進本部の合同で、「『観無量寿経』に聞く研究会」を定期的に開催しております。 また、2020年度開催の「部落差別問題等に関する協議会」では、是旃陀羅 問題に関する各教区からの意見を整理し、協議会における議論の方向性を定め るため、協議会参加者から選出した「企画会議」を設け、意見をまとめていく予 定であります。 いずれにいたしましても、念仏者たらんとする宗門の一人ひとりに、是旃陀羅 の問題が「私の課題」として共有される取り組みを進めてまいります。 
【都市教化】 
都市教化は、これまで首都圏教化推進本部を中心として、「親鸞フォーラ ム」等の教化事業、離郷門徒や潜在門徒との更なる関係構築を目指した仏事代 行執行制度などに取り組み、近年では、これまでの知見を活かし、大都市圏を 抱える大阪や九州教区との連携を進めてまいりました。 そのような中、殊に九州教区における教区改編の歩みの中では、福岡市に離 郷門徒の方々への教化拠点の設置が切望され、この5月からは、福岡教務支所 「東本願寺 仏事サポートセンター福岡」が市内中心部に設置されたことであ ります。 首都圏や福岡・大阪に限らず、全国的な過疎過密の問題も視野に入れなが ら、引き続き、都市教化の課題に対する総合的な議論を進めつつ、首都圏にお いては、全国各都市部のモデルとなるような先駆的な事業の策定と情報発信に 努めてまいります。 【男女共同参画】 宗門運営に女性の参画を推進することを願い、2015年に制定した「男女共 同参画推進に向けた組門徒会員選定に関する特別措置条例」をもとに、本年3月 に制定から3回目となる組門徒会員の改選が行われ、5,531人、率にして3 2.9%の女性門徒会員が誕生しました。男女両性で形づくる教団の実現に向け て一歩前進したことになります。今後とも1ヵ寺の現場をはじめ、組・教区全体 で、男女共同参画の具現化に向けて取り組みを進めてまいります。 なお、宗務の現場では、慶讃事業と軌を一にする「男女共同参画実施計画」が 実働しております。変化する社会情勢に対応し、性別に関わりなくその個性と能 力を十分に発揮できる教団形成が求められる中、引き続き、宗門の将来像を創造 する重要な取り組みと位置づけ、積極的に推進してまいります。 以上、宗門の将来にとって重大な岐路となる2021年度の宗務執行方針に ついて申し述べてまいりました。
この6月に没後50年を迎えた曽我量深先生は、逆縁が仏教を興すことを、 「逆縁教興」という言葉で表現されました。 宗門運営は、極めて困難な時代に突入しておりますが、我が宗門には、世の苦 悩を自らの苦悩として受け止め、それに応えんがために動き続け、表現し続けて きた、私にまで連なってきた先達の尊い歩みがあります。 宗祖が『教行信証』の最後に、「前に生まれん者は後を導き、後に生まれん者 は前を訪らえ、連続無窮にして、願わくは休止せざらしめんと欲す。無辺の生死 海を尽くさんがためのゆえなり」と、『安楽集』の文を引かれた精神の具現こそ が我が宗門であります。いつの時代も「人の連続性」が途絶えることなく、同朋 会運動によって時代に応え、同朋社会の顕現に努めることを使命としてきたこ とこそが、我が宗門のいのちであります。 新型コロナウイルスの感染拡大によって今、念仏者として問われる課題と迫 られるさまざまな変革は、いずれも避けることができないものであります。しか し、それは同時に、新しい宗門の形を創造していく機会を、今を生きる私たちが いただいたということであります。正に「逆縁教興」であります。 幾多の変遷を重ねてきた宗門の長い歴史において、今、この時節に巡り合えた ことに、深い縁を感ずるとともに、それに真向かって宗務を執行していく重い責 任を感じるのであります。 次世代に過つことなく教えを手渡していくため、この宗門に属し、この時に出 あえた慶びと覚悟を共感・共有し、ともに果敢に歩みを進めて行こうではありま せんか。 
議員各位におかれましては、提案いたしました全案件について、慎重に審議 を重ねていただき、全会一致をもってご可決賜わりますようお願い申し上げま す。 以 上     
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