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【大谷派】作法と荘厳

真宗本廟の仏事

「聖徳太子1400年御遠忌」

2021-04-10
叡福寺にて奉納演奏と、コンサート。

Facebook 東儀 秀樹さん曰く

さんいわく
「聖徳太子1400年御遠忌」
叡福寺にて奉納演奏と、コンサート。
我東儀家の先祖は秦河勝なので聖徳太子とは特別の縁がある。
だからこの奉納はとても意義深い。とても気持ちのいい時間だった。

大谷祖廟とは

2021-04-10
真宗門徒である私たちが、宗祖として仰ぐ親鸞聖人の墓所、それが大谷祖廟です。
親鸞聖人が亡くなられて10年後、末娘の覚信尼公が廟堂を建立して、聖人の御影像を安置したのが本願寺のはじまりです。

大谷祖廟です。

2021-04-10
大谷祖廟にて花まつりが開催されました
お釈迦さまに甘茶をかけて参拝する様子

真宗本廟(東本願寺)の飛び地境内である大谷祖廟で、4月1日から8日までの一週間、「大谷祖廟花まつり」が開催されました。
例年、大谷祖廟では親鸞聖人のお誕生日の4月1日から、お釈迦さまのお誕生日の4月8日までの一週間、それぞれのご誕生を祝う仏事として開催しています。

期間中は本堂前の花御堂に、「御廟」へお供えされた仏花を再び荘厳いただき、甘茶をかけて参拝いただきました。

天候にも恵まれ、子どもたちが笑顔で誕生仏に甘茶をかけ、手を合わせている微笑ましい姿を目にすることができました。

【聖徳太子1400年遠忌】聖徳太子たたえ結願 法隆寺

2021-04-08

【ノーカット】聖徳太子1400年遠忌法要「管絃講」 奈良・法隆寺

2021-04-08

真宗大谷派の衣体(ころも)等について

職分の衣体

2021-04-07
堂衆列参詣席側の二方が参衆です。
左奥から堂衆、准堂衆と楽僧です。
本病報恩講、門首着座前です。

職分の衣体

2021-04-07
門首後継後奥は参務、手前は定衆です。 延暦寺での源信僧都年回法要お勤めの図です。
信明院殿鍵役の先導をする本廟堂衆です。

ご門首を付き従う准堂衆

2021-04-14
准堂衆はこんな袴を着けます。

鍵役の衣体

2021-04-07
能慈院殿、ボーイスカウト世界ジャンボリーでの焼香です。
信明院殿、四日市別院での750回御遠忌庭儀の図です。

門首後継の衣体

2021-04-07
能慈院殿、真宗本廟本尊動座式での図です。
延暦寺根本中堂でのお勤めの図です。

作法について

2月21日と22日に真宗本廟・阿弥陀堂では聖徳太子千四百回忌御正当法要が勤まりました

2021-02-25
春の法要期間中の4月3日と4日には、聖徳太子千四百回御忌法要をお勤めいたします。
21日は16時から逮夜法要を勤め、22日は7時からの晨朝法要、10時から日中法要を勤めました。

聖徳太子祥月命日のお荘厳について

2021-02-21
今日は聖徳太子千四百回御忌御正当御祥月の逮夜ですが、『年中諸法要行事』で太子御祥月の荘厳を確認したら、中尊祖師両尊前には打敷は要らないみたい。初めて知りました。

畳の構造 『畳縁(たたみべり)』とは

2021-01-31

葬儀の『木花』(凶事用の仏花)を立てる

2021-01-21
中尊前
祖師前
御代前
南余間
お内仏

葬儀の『木花』(凶事用の仏花)を立てる

2021-01-21
Facebook土田龍樹さんより



「前に生まれん者は後を導き、後に生まれん者は前を訪え、連続無窮にして、願わくは休止せざらしめんと欲す。」『安楽集』
最近、世代的なことですが、周囲の皆さんの親が西帰することが多く、毎年のように葬儀の『木花』(凶事用の仏花)を立てるご縁があります。誰かが引き受けなければ葬儀が勤まらない…たまたま自分にその役割が  巡って来る度に、いずれは自分も誰かに『木花』 立ててもらわなくては自分の葬儀がたち行かなくなる…そう思うと、次世代に教えながら木花を立てることの大切さを思い知ります。何せ急なことなので、縁のある人が集まって一気に立て上げなければならない…しかも、今入手できる限られた材料を駆使しての立て上げ。幸いと言っていいかどうかはわかりませんが、昨年来次世代が木花に携わることが多く、良い経験を積ませていただいています。やはりこれも仏祖そして故人の御冥祐御催促と受け止め、ありがたく思いながら、只今木花の下拵えさせていただいています。
 さて、もう一頑張り
 ナンマンダブ

日常生活で出来ること

小威儀の結び方 (肩衣・畳袈裟)

2021-04-01

春の法要2021、北余間に奉懸した御影軸です。

2021-03-25
新門の時代に、お隣の浮羽までは足を運ばれましたが、当地へのご下向は叶いませんでした。
教如様です。
当山の開基住職、釋澤月です。
宣如様へ祖師聖人御影下賜をお願いいたしました。

春の法要2021、北余間のお荘厳です。

2021-03-25
左から、教如聖人御影と御染筆六字名号、開基名号、蓮如上人御染筆の六字名号、開基住職似影
当山に伝わる、三つの六字名号です。
開基名号です。
教如様の御染筆です。
蓮如様の御染筆です。

春の法要2021

2021-03-25
聖徳太子1400回忌のお勤めをいたしました。
3月25日は、蓮如様の祥月命日です。

春の法要2021

2021-03-25
三尊前のお荘厳です。
祖師前と御代前です。

大谷派のお荘厳について

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石山合戦配陣図

2021-04-04
和歌山県立博物館

和歌山市
昭和17年/1942年
一幅
和歌山市湊本町3丁目2番地
和歌山市立博物館

石山合戦における本願寺と織田信長との軍勢の配置図。大阪定専坊所蔵の合戦図を昭和17年に写したもの。
画面には「鈴木孫市」など紀州勢の名称も見える。


錦絵 石山本願寺合戦

2021-04-04
和歌山県立博物館
和歌山市
明治16年/1883年
大判三枚続
和歌山市湊本町3丁目2番地
和歌山市立博物館

織田信長と大坂本願寺が戦った石山合戦を描いた錦絵。
合戦は元亀元年(1570)から天正8年(1580)まで続き、紀州の雑賀衆も参戦した。
画面には「鈴木孫一」など紀州勢の名称も見える。
太閤記 石山大合戦之図
楊洲周延 (1838~1912)
ようしゅうちかのぶ
和歌山市
明治時代
大判三枚続
和歌山市湊本町3-2
和歌山市立博物館

織田信長と大坂本願寺が戦った石山合戦を描いた錦絵。合戦は元亀元年(1570)から天正8年(1580)まで続き、紀州の雑賀衆も参戦した。

蓮如像

2021-04-04
和歌山県立博物館

江戸時代後期/1823
紙本著色
縦70.0cm,横48.0cm
1幅

 浄土真宗本願寺第8世の蓮如(1415~99)は門弟に、親鸞と蓮如の連座像や自身の寿像を与え、勢力の拡大を図っているが、連座像としては京都・西法寺本や西本願寺本など、単独像としては、大阪・光善寺本や慈願寺本などが知られる。
当館所蔵のこの資料は単独の肖像で、裏書によると、文政6年(1823)に西本願寺第19世・本如(1778~1826)が、真宗興正寺派の末寺であった長門国阿武郡萩(現・萩市)の清光寺に与えたものである。
面容や左手のみに数珠を持つ点など、上述した事例とはやや異なる点がみられる。
教如像
江戸時代前期
紙本墨書
縦95.4cm,横39.5cm
1幅

 浄土真宗大谷派本願寺第12世教如(1558~1614)は、本願寺第11世顕如(1543~92)の長子として生まれた。
天正8年(1580)、石山本願寺と織田信長が戦った石山合戦の和議が成立した際に、顕如が紀州・鷺森(現・和歌山市)に退去したのに対して、教如は石山に籠城して抗戦を続けた。
5か月のちに教如も紀州に退くが、この行動の違いが後の本願寺分裂の遠因となった。
教如の画像としては、大阪・延徳寺本などが知られるが、本図もそれに続く時期のものと思われる。

絹本著色親鸞聖人絵伝

2021-04-04
福岡県
江戸/1640
浄喜寺の親鸞聖人絵伝は四幅対の作例で、図様自体は真宗大谷派の四幅対絵伝一般と変わるところはないものの、その絵画的完成度と彩りは群を抜いている。
墨線でおおよその輪郭をとり…
画面法量 縦134.1㎝、横77.9㎝
四幅
福岡県行橋市大字1802
行橋市指定
指定年月日:20180704
宗教法人 浄喜寺
有形文化財(美術工芸品)
浄喜寺は守田山雲龍院と号す真宗大谷派の寺院である。
この親鸞聖人像を所蔵する浄喜寺は守田山雲龍院と号す真宗大谷派の寺院である。
浄喜寺にある寺号書下の裏書によって、明応4年(1495)に村上慶善(良成)が本願寺第九世実如から寺号を得て本願寺の直末寺として創建されたことがわかる。
豊前国を代表する真宗寺院であり、天明6年(1786)の『小倉藩寺院聚録』によれば小倉藩内に三十余の末寺を擁する有力寺院であった。

鎌倉時代 13~14世紀 絹本 著色 掛幅 描表具

2021-04-04
本紙縦120.2 横81.1 描表具縦148.8 横86.2 1幅 常福寺(京都)旧蔵
文明9年(1477)銘の西本願寺例に次いで古いもので、久宝寺寺内町の中核をなす顕証寺の歴史を考える上で貴重な絵画である。
大阪府
室町後期/1519
礼盤上の畳に法衣を広げて坐し、両手で念珠を執る親鸞を正面から描いた「等身御影」と呼ばれている絵画である。
相貌は顔料の剝落のためほとんど窺うことはできないが、畳の縁に当初…
縦103.5cm×横74.0cm
1幅
大阪府久宝寺四丁目4番3号
八尾市指定
指定年月日:20121212
宗教法人顕証寺 代表役員 近松照俊
有形文化財(美術工芸品)

大谷派関係学校のページ

Facebook 大谷派における学事の潮流

2020-05-05

大谷大学

2021-02-14
1949年 - 新制大谷大学を開設。文学部に仏教学科、哲学科、史文学科を設立。
1665年 - 琢如が東本願寺寺内に寺院子弟教育を目的として学寮を創設する。

2021年度「入学宣誓式」挙行

2021-04-07
新入生/第4部入学宣誓式【15:45~16:25@講堂】
2021-04-07
2021年度「入学宣誓式」挙行

2021年度「入学宣誓式」挙行

4月1日(木)本学講堂にて、2021年度入学者を対象として「2021年度入学宣誓式」を挙行しました。
式場となった講堂では混声合唱団の仏教讃歌により開式され、「三帰依文」と「三誓偈」を木越康学長の調声のもと唱和しました。

その後、木越学長による告示では、「大谷大学を象徴するメッセージ「Be Real」には、「現実」という意味、もう一つは仏教でいう「真実」という意味が含まれています。現実というものをしっかりとみつめるその中で、あるべき姿、あるべき方向性を考えていく、こういう態度を示しています。専門の勉強を充分にしてもらいたいと思いますが、それよりも何のために勉強をするのか、どういう自分になっていくのか、どういう社会を築いていくのかということを大事にしてもらいたい。また、どうすれば、異なるもの同士が争うことなく生きていくことができるのか、このことを考える態度を皆さん一人一人の中で養っていただきたい」と述べました。

引き続き、学校法人真宗大谷学園の但馬弘理事長より「新入生のみなさん、今日から新しい環境での学生生活が始まります。コロナ禍という不安の中ではありますが、どうかその不安から逃げ出したり、誤魔化してしまったりするのではなく、本学の学びと学生生活の中で、それぞれの持ち味を存分に光り輝かせていってください」と祝辞が送られました。

新型コロナウイルスによる感染状況に鑑み、式場への入場を入学生と教職員に限定し、また従来の3部制を4部制で実施するなど、感染防止対策を講じて執り行いました。
また、出席を控えていただいた保護者及び在学生に対して、式の様子を大学ホームページでライブ配信いたしました。

ご協力頂きました関係の皆様のおかげで、大きな混乱もなく無事に式を終えることができましたことを、心よりお礼申しあげます。

【総務課】

大谷大学のあゆみ 歴代学長の肖像—明治・大正・昭和

2021-04-07

2021年度春季企画展
大谷大学のあゆみ 歴代学長の肖像—明治・大正・昭和—  開催にあたって

 大谷大学は明治34年(1901)に東京巣鴨で開学した真宗大学にはじまり、大正2年(1913)には京都市小山の地に移転し、現在に至ります。
 本展覧会では、明治・大正・昭和の歴代学長の肖像とその遺品を紹介します。
 学長は、初代学監(学長)清沢満之から現在まで28代を数えます。その肖像は、学恩を受けた人びとの感謝の意と師を懐かしみ顕彰する思いから制作されたものです。いずれも当時交流のあった画家によって描かれており、往時は旧講堂に掛けられていました。
 これらの肖像を通じて、大谷大学の歴史と大学の発展のために力を尽くした方々の思いに触れていただければ幸いです。

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