迦陵頻伽カレンダー
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   真宗大谷派日豊教区日田組 平野山 願正寺
真宗大谷派日豊教区日田組 平野山 願正寺の画像
  住所
〒  大分県日田市隈2丁目8番29号
豊後国日高郡熊町
  電話
0973-22-2512
  駐車場
境内に15台程度! 大型車は、亀山町側から、お入りください。 お盆・報恩講等の境内混雑の時は、専念寺様ご門前の願正寺門徒駐車場(15台程度)を、ご利用ください。 
  アクセス
高速大分自動車道日田ICで下り交差点を右折、約1kmより国道386号へ左折、「本庄町」交差点右折、寺町通り(日田祇園山鉾会館の方)へと左折、会館手前が願正寺です。
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 今日のことば(迦陵頻伽)
ちょといい言葉・話をピックアップしました。
  親教 Ⅲ
2017年04月18日
今日、世界にはテロや武力紛争、経済格差、地球温暖化、核物質の拡散、差別を含む人権の抑圧など、世界規模での人類の生存に関わる困難な問題が山積していますが、これらの原因の根本は、ありのままの真実に背いて生きる私たちの無明煩悩にあります。もちろん、私たちはこの命を終える瞬間まで、我欲に執(とら)われた煩悩具足(ぼんのうぐそく)の愚かな存在であり、仏さまのような執われのない完全に清らかな行いはできません。しかし、それでも仏法を依りどころとして生きていくことで、私たちは他者の喜びを自らの喜びとし、他者の苦しみを自らの苦しみとするなど、少しでも仏さまのお心にかなう生き方を目指し、精一杯(せいいっぱい)努力させていただく人間になるのです。

 国の内外、あらゆる人びとに阿弥陀如来の智慧(ちえ)と慈悲(じひ)を正しく、わかりやすく伝え、そのお心にかなうよう私たち一人ひとりが行動することにより、自他ともに心豊かに生きていくことのできる社会の実現に努めたいと思います。世界の幸せのため、実践運動の推進を通し、ともに確かな歩みを進めてまいりましょう。

 


『伝灯奉告法要』とは-
宗祖・親鸞聖人があきらかにされた「浄土真宗のみ教え」(法灯※1)が、聖人から数えて第25代となる専如ご門主に伝えられたことを、仏祖の御前に告げられるとともに、お念仏のみ教えが広く伝わることを願い、伝灯※2奉告法要が平成28年秋から29年春にかけて1日1座、80日間勤められます。

 

※1法灯:「念仏の法」と示される、親鸞聖人がひらかれた本願名号の真実の教え、浄土真宗のみ教えのこと。
※2伝灯:宗祖・親鸞聖人が明らかにされた真実の教え「浄土真宗のみ教え」(法灯)を伝承し、受
け継ぐこと。  

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  親教 Ⅱ
2017年04月18日

親鸞聖人(しんらんしょうにん)も煩悩を克服し、さとりを得るために比叡山(ひえいざん)で20年にわたりご修行に励まれました。しかし、どれほど修行に励もうとも、自らの力では断ち切れない煩悩の深さを自覚され、ついに比叡山を下り、法然(ほうねん)聖人のお導きによって阿弥陀如来(あみだにょらい)の救いのはたらきに出遇(あ)われました。阿弥陀如来とは、悩み苦しむすべてのものをそのまま救い、さとりの世界へ導こうと願われ、その願い通りにはたらき続けてくださっている仏さまです。この願いを、本願(ほんがん)といいます。我執(がしゅう)、我欲(がよく)の世界に迷い込み、そこから抜け出せない私を、そのままの姿で救うとはたらき続けていてくださる阿弥陀如来のご本願ほど、有り難いお慈悲(じひ)はありません。しかし、今ここでの救いの中にありながらも、そのお慈悲ひとすじにお任せできない、よろこべない私の愚かさ、煩悩の深さに悲嘆(ひたん)せざるをえません。

 

 私たちは阿弥陀如来のご本願を聞かせていただくことで、自分本位にしか生きられない無明の存在であることに気づかされ、できる限り身を慎(つつし)み、言葉を慎んで、少しずつでも煩悩を克服する生き方へとつくり変えられていくのです。それは例えば、自分自身のあり方としては、欲を少なくして足ることを知る「少欲知足(しょうよくちそく)」であり、他者に対しては、穏やかな顔と優しい言葉で接する「和顔愛語(わげんあいご)」という生き方です。たとえ、それらが仏さまの真似事(まねごと)といわれようとも、ありのままの真実に教え導かれて、そのように志して生きる人間に育てられるのです。このことを親鸞聖人は門弟に宛てたお手紙で、「(あなた方は)今、すべての人びとを救おうという阿弥陀如来のご本願のお心をお聞きし、愚かなる無明の酔いも次第にさめ、むさぼり・いかり・おろかさという三つの毒も少しずつ好まぬようになり、阿弥陀仏の薬をつねに好む身となっておられるのです」とお示しになられています。たいへん重いご教示です。

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  親教 Ⅰ
2017年04月18日

平成28年10月1日(土)
浄土真宗本願寺派 第25代専如門主 伝灯奉告法要
伝灯祝賀のつどい ご親教(法話) 

 

『念仏者の生き方』

...

 仏教は今から約2500年前、釈尊(しゃくそん)がさとりを開いて仏陀(ぶっだ)となられたことに始まります。わが国では、仏教はもともと仏法(ぶっぽう)と呼ばれていました。ここでいう法とは、この世界と私たち人間のありのままの真実ということであり、これは時間と場所を超えた普遍的な真実です。そして、この真実を見抜き、目覚めた人を仏陀といい、私たちに苦悩を超えて生きていく道を教えてくれるのが仏教です。

 

 仏教では、この世界と私たちのありのままの姿を「諸行無常(しょぎょうむじょう)」と「縁起(えんぎ)」という言葉で表します。「諸行無常」とは、この世界のすべての物事は一瞬もとどまることなく移り変わっているということであり、「縁起」とは、その一瞬ごとにすべての物事は、原因や条件が互いに関わりあって存在しているという真実です。したがって、そのような世界のあり方の中には、固定した変化しない私というものは存在しません。

 

 しかし、私たちはこのありのままの真実に気づかず、自分というものを固定した実体と考え、欲望の赴くままに自分にとって損か得か、好きか嫌いかなど、常に自己中心の心で物事を捉えています。その結果、自分の思い通りにならないことで悩み苦しんだり、争いを起こしたりして、苦悩の人生から一歩たりとも自由になれないのです。このように真実に背(そむ)いた自己中心性を仏教では無明煩悩(むみょうぼんのう)といい、この煩悩が私たちを迷いの世界に繋(つな)ぎ止める原因となるのです。なかでも代表的な煩悩は、むさぼり・いかり・おろかさの三つで、これを三毒(さんどく)の煩悩といいます。

 

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  自己をはこびて・・・
2017年04月16日
Facebook一色 順秀 さん投稿
「自己をはこびて万法を修証するを迷とす。万法をすすみて自己を修証するはさとりなり」   正法眼蔵 現成公案

【参考資料】


正法眼蔵現成公案の巻より
http://soto-tokai.net/cgi-bin/kotoba.cgi?page=50&bl=0

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  相田みつを
2017年04月09日
柔道の基本は受身


受身とはころぶ練習


負ける練習、人の前で


恥をさらす練習

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  叔父ちゃんの言葉
2017年04月06日
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  民藝ということ
2017年04月02日
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  卒業おめでとう。
2017年03月28日
私は自分自身が本当に好きな言葉を皆さんに贈って、この式辞を終えたいと思います。
それはドイツの思想家、ニーチェの『ツァラトゥストゥラ』に出てくる言葉です。

きみは、きみ自身の炎のなかで、自分を焼きつくそうと欲しなくてはならない。きみがまず灰になっていなかったら、どうしてきみは新しくなることができよう!

皆さんも、自分自身の燃えさかる炎のなかで、まずは後先考えずに、灰になるまで自分を焼きつくしてください。そしてその後で、灰の中から新しい自分を発見してください。自分を焼きつくすことができない人間は、新しく生まれ変わることもできません。私くらいの年齢になると、炎に身を投じればそのまま灰になって終わりですが、皆さんはまだまだ何度も生まれ変われるはずです。これからどのような道に進むにしても、どうぞ常に自分を燃やし続け、新しい自分と出会い続けてください。
もちろん、いま私が紹介した言葉が本当にニーチェの『ツァラトゥストゥラ』に出てくるのかどうか、必ず自分の目で確かめることもけっして忘れないように。もしかすると、これは私が仕掛けた最後の冗談なのかもしれません。

皆さんの前に、輝かしい未来が開けますように。そして皆さんが教養学部で、この駒場の地で培った教養の力、健全な批判精神に裏打ちされた教養の力が、ますます混迷の度を深めつつあるこの世界に、やがて新しい叡智の光をもたらしますように。
万感の思いを込めて、もう一度申し上げます。皆さん、卒業おめでとう。

平成二十七年三月二十五日

東京大学教養学部長 石井洋二郎

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  「教養」というものの本質
2017年03月28日
あらゆることを疑い、あらゆる情報の真偽を自分の目で確認してみること、必ず一次情報に立ち返って自分の頭と足で検証してみること、この健全な批判精神こそが、文系・理系を問わず、「教養学部」という同じ一つの名前の学部を卒業する皆さんに共通して求められる「教養」というものの本質なのだと、私は思います。
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  帰るということ
2017年03月17日
人生は旅そのもの

旅であるからには

帰る世界を 持たねばならぬ
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  一途一心
2017年03月12日
一途一心
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  幸せ
2017年03月04日
人って、願ってくれる人の愛情があって、幸せになれるのね!   坂東すみれ
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  サミュエル・ウルマンと日比谷
2017年02月13日
名言巡礼

・サミュエル・ウルマン「青春」から 日比谷


http://www.yomiuri.co.jp/stream/?id=05814&ctg=1
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  第一生命稲垣精二社長
2017年02月12日

ウルフマンの詩のように、情熱をもって理想を追い続けることで、我が社も青春期であり続けたい。


連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサー元帥か゜執務室を構えたのは、皇居の目前、日比谷濠に面して立つ「第一生命館」であった。 彼は、オフィスに一編の詩を掲げていたという。

 詩の作者はサミュエル・ウルマン。米国でも知る人の少ない"幻の詩人"だった。

戦後まもなく、米誌が「元帥愛誦の詩」として報じたことを機に翻訳され、日本で広まっていった。

 特に、松下幸之助ら戦後経済の礎を築いた財界人がこの詩を愛し、座右の銘とした。彼らは、失意の中から立ち上がり、無我夢中で走り続けた自分と日本を重ねたのかもしれない。マッカーサーが支配者でありつつ、このような詩を胸に占領政策を進めていたというエピソードも、琴線に触れたであろう。

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  Youth/青春 サミュエル・ウルマン 
2017年02月12日

<青春とは人生のある期間をいうのではなく、心の様相をいうのだ>


<年を重ねただけで人は老いない。 理想を失う時に初めて老いがくる>


<歳月は皮膚のしわを増すが、情熱を失う時に精神はしぼむ>


<人は信念とともに若く、疑惑とともに老ゆる>


<人は自信とともに若く、恐怖とともに老ゆる>


<希望がある限り若く、失望とともに老い朽ちる>

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  本居長世のことば
2017年02月09日
道を歩いていると、電線が五線譜に見えてくる。
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  佐賀枝さんのお話
2017年01月24日
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  お父さんのあいさつ
2017年01月17日
 結婚式に8年ぶりに博と会った大学教授のお父さん(志村喬)、大学教授なんでお高く止まっていると思われていたのですが


父さんのあいさつ(全文)です。



「本来なら新郎の親としてのお礼の言葉を申さねばならんところでございますが、わたしも、そのような資格のない親でございます。しかし、こんな親でも、何と言いますか、親の気持ちには変わりがないのでございまして、実は今日私は8年ぶりに倅の顔を、みなさんの温かい友情とさくらさんの優しい愛情に包まれた倅の顔を見ながら、親として私はいたたまれないような恥かしさを
いったい私は親として倅に何をしてやれたのだろうか。
なんという私は無力な親だったか

隣におります、私の家内も同じだったと思います。
この8年間は
私ども2人にとって長い長い冬でした。
そして、今ようやく、みなさまのお陰で春を迎えられます。
みなさん、ありがとうございました。
さくらさん
、博をよろしくお願いいたします。」


映画「男はつらいよ」第一作


博とさくらの結婚式シーンでのセリフです。

 
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  遺書
2017年01月01日

東條英機元首相公的遺書全文


遺書

開戦当時の責任者として敗戦の跡をみると実に断腸の思いがする。...
今回の刑死は個人的には慰められておるが、
国内的の自らの責任は死を以って贖えるものでは無い。

しかし国際的の犯罪としては無罪を主張した。
今も同感である。
ただ力の前に屈服した。
自分としては国民に対する責任を負って満足して刑場に行く。
ただこれにつき同僚に責任を及ぼした事、
又下級者にまで刑が及んだ事は実に残念である。

天皇陛下に対し、
又国民に対しても申し訳ない事で深く謝罪する。

元来日本の軍隊は、
陛下の仁慈の御志に依り行動すべきものであったが、
一部過ちを犯し世界の誤解を受けたのは遺憾であった。
此度の戦争に従事して倒れた人及び此等の人々の遺家族に対しては、
実に相済まぬと思って居る。
心から陳謝する。
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  ラストシーン
2016年12月19日
信之を大坂から自らの領地・玉縄(相模国)へ連れてきた正信は「戦と同じ。人の心を読むのが肝要で。領民には無理をさせず、というて、楽もさせず、年貢だけはきっちりと取る。その上で、領主たるものは決して贅沢をしてはならん。これでござりまするよ」と“統治論”を説く。領民たちが正信を慕う様子を見た信之は「国づくりの根本を教わりました」と感服。そこへ大坂城落城の知らせが届く。
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・5月12日に、「五月の法要」を、お勤めいたします。 ・記念講演に、仙台市の海楽寺住職 大友雄一郎さんを迎えます。 震災から7年、どんなことを語ってくれるのでしょうか?
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